第266話 F級の僕は、再び富士第一93層を訪れる


6月7日 日曜日1



―――ジリリリリリ!


けたたましく鳴り響く目覚まし時計が、僕を時間通りに叩き起こしてくれた。

まだ昨日の疲れが若干残る中、布団から這い出した僕は顔を洗い、歯を磨くと荷物を持ってアパートを後にした。

空は曇ってはいるものの、既に明るくなっている。

早朝独特の凛とした空気の中、僕は均衡調整課へとスクーターを走らせた。



「中村さん、おはようございます」


均衡調整課では、四方木さんと更科さんが、僕を出迎えてくれた。


「おはようございます。今日は宜しくお願いします」


挨拶を返す僕に、四方木さんがつつっと近寄ってくると、小声で話しかけて来た。


「中村さん、今日のゲートキーパー討伐戦、あんまり“本気”出さなくてもいいですよ」

「本気を出さない……と言うのは?」

「斎原様が今日、中村さんを支援要請にかこつけて連れて行こうとしているのは、中村さんの能力を実際、ご自身の目で確認したいっていうのが主要な動機のはずです。中村さん、将来的に斎原様と組んで何かしようとか……そういう予定は無いんですよね?」


僕は頷いた。

こっち地球でもあっちイスディフイでも色々忙しくなってきている今、これ以上、ややこしい事には巻き込まれたくないっていうのが本音だ。


「だったら自分の能力、小出しにしておくに限ります。相手に全部把握されちゃってたら、何かあった時、相当不利になりますからね」


それはその通りだろう。

僕自身、そういうのが嫌で、僕のレベルを低く見せかけてくれる効果を持つ『欺瞞のネックレス』を、今も首に掛けている。


「御忠告、ありがとうございます」

「ま、中村さんが本気出さなくても、斎原様のトコロクラン蜃気楼なら、単独でゲートキーパー斃せると思いますよ。……そうだ!」


四方木さんが、何かを思いついたような顔になった。


「魔導電磁投射銃、お貸ししましょうか? アレだったら、遠くからバンバン撃ってればいいだけですし」


魔導電磁投射銃。

込めたMPの値 × 知恵のステータス値分の無属性の魔法攻撃を射出できる武器だ。

僕も以前、富士第一調査の際に借り受け第132話て、結果的に、500年前の世界ではとても重宝させて貰った。

けれど……


「そうですね……」


話しながら、僕は少し考えてみた。

前に借り受けた魔導電磁投射銃、色々あって、返す前に、魔石をこっそり入れ替え第168話てしまった。

魔石の調整方法、分からなかったし、N市均衡調整課が何丁持っているのか分からないけれど、同じ銃を借り受けて、もし使えませんでしたってなったら、後々面倒な事になりかねない。


「今回は結構です。四方木さんのアドバイス通り、斎原さんの影に隠れて、ほどほどに戦う事にしますから」


そもそも、93層のゲートキーパーは、一昨日、僕とティーナさんで斃してしまっている。

それに斎原さんは昨日、今日はゲートキーパーと戦うまでは、車の中で寝ていてもいいと言ってくれていた。

つまり今日、僕は少なくとも、富士第一93層でモンスターと戦う瞬間は来ないはずだ。


富士第一へは、前回の伝田さん達のゲートキーパー討伐戦時と同様、更科さんが同行してくれた。

僕等を乗せたUH-60JK多用途ヘリコプターは、午前6時前にN市均衡調整課が入る総合庁舎屋上のヘリポートを飛び立った後、午前8時過ぎには、富士ドームに設置されたヘリポートに着陸した。

ヘリから降り立った僕等の方に、斎原さんが数人の男女と一緒に近付いて来た。


「中村君、おはよう。昨日はしっかり眠れた?」

「斎原さん、おはようございます。一応、睡眠時間的には問題ないと思います」

「良かった。それじゃあ、行きましょうか?」


斎原さんが僕の手を取った。

チラッと更科さんに視線を向けると、彼女が頭を下げて来た。


「それでは中村さん、斎原様、ご武運お祈りしております」



斎原さんは、僕を富士ドームの中、富士第一ダンジョン1層目に続くゲートの前へと案内してくれた。

そこには既に完全武装した大勢の人々が集まっていた。

斎原さんの姿を見た彼等が、一斉に姿勢を正した。


「クラン『蜃気楼ミラージュ』所属のA級達よ。今日は全員参加だから、総勢30名ってところね」


斎原さんは、彼等についてそう説明すると、A級達に声を掛けた。


「みんな、今日は均衡調整課から強力な助っ人が参加するわ」


皆の視線が僕に集まる中、斎原さんが囁いた。


「中村君、彼等に自己紹介してあげて」

「初めまして。N市均衡調整課から来ました。中村隆です。今日は宜しくお願いします」


自己紹介を終えた僕のもとに、クラン『蜃気楼ミラージュ』のA級達が、次々に“挨拶”しにやってきた。


「中村さん、初めまして。仙田良平です。ヒーラーやってます」

「中村さん、聞きましたよ? あの伝田さんや田中さん、まとめて圧倒されたそうですね? 今日は色々ご教示下さい。あ、私は富永萌です。中村さんと同じ、近接アタッカーやってます」


どうやら、斎原さんが事前に僕の事を色々話していたようだ。

話しかけて来るA級達からは、僕に対する明確な敬意が感じられる。

つい一ヶ月前までは、最低ランクの魔石を得るために、蹴られ、あざけられ、地面を這いつくばっていたF級だったはずなのに……


そんな事を思い出している内に、どうやら自然に顔が強張っていたらしい。

A級の一人が、心配そうに声を掛けて来た。


「中村さん、どうされました?」

「えっ? 何の話ですか?」

「いえ、怖い顔されていたので……何か具合悪い事あったら、なんでもおっしゃって下さい」

「大丈夫ですよ。それより皆さん、僕なんかに敬語、使わないで下さい」

「中村さん、意外と意地悪ですね? 日本で4人目のS級、しかも斎原様直々にお招きしたお客人に、タメ口なんか無理に決まってるじゃないですか」


S級……

確かにステータス値だけ見れば、そうかもしれない。

だけど、僕という中身は以前と今で何も変わってない訳で……

世界がこんな風に変えられる前、

変えられた世界でF級と判明した後、

そしてS級を凌駕するまでにステータスが成長した今、

僕と言う中身は全く変わっていないのに、能力の等級が変化するだけで、こうも扱いに差が出る世界……


……落ち着こう。

別にこのA級が悪いわけじゃない。


僕はそのA級に笑顔を向けた。


「とにかく、今日は僕の方こそ、宜しくお願いします」



午前8時40分、準備を整えたクラン『蜃気楼ミラージュ』の面々が、次々とゲートを潜り、富士第一1層目へと進入を開始した。

僕も斎原さんとともにゲートを潜り抜けた。

93層は、“公式”にはゲートキーパーが存在しており、転移の魔法陣エレベーターによる直接転移は“不可能”と言う事になっている。

そのため僕等は1層目の転移の魔法陣エレベーターを経由してまず92層へと転移、その後92層の元ゲートキーパーの間に存在するゲートを経由して93層へと向かう事になった。



92層に転移すると、転移の魔法陣エレベーターのすぐ脇、開けた場所に、銀色に輝く複数の車両が停められているのが目に飛び込んできた。

大きな荷台を備えたトラックのような車両が1台。

そして装甲車のように頑丈そうな車両が1台。

いずれも車輪の部分が、無限軌道キャタピラーになっている。

他に小型のバギーが10台程。

こちらの方は、形に見覚えがある。

この前第139話の富士第一で、ティーナさんに“拉致”された僕の為に駆け付けてくれた斎原さんが乗っていたのが、同じ形のバギーだった。


斎原さんが説明してくれた。


「これ全部、斎原製作所独自の特別仕様の車両よ。魔石から動力を得る魔力駆動エンジンを搭載しているから、ダンジョン内でも走行可能なの。今の所、こうした車両を製作する技術は日本ではウチ斎原製作所だけ。世界でも数社しか保持していないわ」


さすがは日本最大の財閥、斎原グループといった所だ。

だけど小型のバギーはともかく、トラックと装甲車は、どうやって運び込んだのだろうか?


「ふふふ。この車両、全て転移の魔法陣エレベーターを通過出来る大きさの部品に分解できるの。組み立ても分解も、専用の魔力強化された工具と50名程の技術者が居れば、半日もあれば終了するわ。伝田や田中は、歩きでゲートキーパーの間に向かったでしょ? だけどウチクラン『蜃気楼』は、90層以降、つまりフィールドタイプのダンジョン全てで車両を投入して攻略を進める事が出来るの。これもウチクラン『蜃気楼』の強みの一つね」


斎原さんのクラン『蜃気楼ミラージュ』が、他の二つのクラン――伝田さんのクラン『白き邦アルビオン』と田中さんのクラン『百人隊ケントゥリア』――を圧倒しつつあるのは、その辺にも理由が有るようだ。


斎原さんの指示で、トラックの荷台には、魔法系と遠距離物理攻撃系のA級達が乗り込んだ。

小型のバギーには、近接物理攻撃系のA級達がまたがっている。


「私と中村君はこっちよ」


斎原さんに促され、僕等が装甲車に乗り込んだところで、車列は92層の元ゲートキーパーの間を目指して動き出した。


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