第265話 F級の僕は、アリア達と情報交換する


6月6日 土曜日19



こうして甘く居心地の悪い夕食の時間が過ぎて行った。

ティーナさんは、途中でこっそりキッチンの方に移動してきた。

そして大胆にも、僕と関谷さんが座っている場所と丁度直角に交差するテーブルのヘリに、腕と顎を乗せてにやにやしながら僕等の様子を眺め出した。

もちろん光学迷彩機能を使用しているティーナさんの姿は、関谷さんには視認できないわけだけど。

ティーナさんから聞かされた、関谷さんが僕に好意を持っている、なんて話とあいまって、途中から料理の味はよく分からなくなるわ、関谷さん相手に明らかに意識した会話になるわで、散々な目に合った。


1時間後……


「中村君、明日は頑張って」

「ありがとう。関谷さんも帰り、気を付けて」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ」


……疲れた。


笑顔で去って行く関谷さんを玄関口で見送った僕は、改めて隣に立つティーナさんに視線を向けた。


「関谷さん、帰ったよ?」

「ふふふ、今夜は久し振りに楽しかったわ」


……いやそれ、君限定で、だからね?


という言葉を飲み込みながら、僕はティーナさんに声を掛けた。


「ちょっとあっちイスディフイに顔出してくるからさ」

「分かったわ。私もそろそろ帰って寝ないと」


僕はインベントリから富士第一95層で手に入れた、『炎の石』以外の戦利品ドロップアイテムを取り出し、床に並べた。


「これはあげるから、適当に持って帰って」

「ねえ」


【異世界転移】しようとした僕は、ティーナさんに袖を引かれた。


「……怒ってる?」


見ると、ティーナさんが、なぜか少し不安そうな表情で僕を見上げて来た。


「別に怒ってはいないけど……急にどうしたの?」

「ちょっと反省してるところ。嫉妬も過ぎると嫌われるって言うでしょ?」

「嫉妬って……ティーナが?」

「他に誰がいるのよ?」


ティーナさんが嫉妬?

それって関谷さんに対して?

って事は……?


心臓の鼓動が次第に早くなるのを感じた僕は、ティーナさんからそっと視線を外した。


「ま、まあ、これからは空気読んで貰えるとありがたいかな~なんてね」

「安心して。もうちょっと物分かりのいい女になるから。だからTakashiも私の気持ち、試すようなことはあんまりしないで……」


ティーナさんが、囁きながら身を寄せて来た。

そして上目遣いで僕を見上げて来た。

彼女の綺麗な髪の甘いほのかな香りが僕の鼻孔をくすぐる。

心臓が壊れた馬車みたいにばくばく言うのを感じながら、僕は慌ててティーナさんの肩を掴んで、僕から引き離した。


「明日早いからさ。さっさと向こうイスディフイ行って帰って来て寝ないといけないし」

「ふふ、分かったわ。今夜はこれで勘弁してあげる。その代わりこれ……」


ティーナさんが左手を伸ばし、僕の右耳に装着された『ティーナの無線機』にそっと触れながら言葉を続けた。


「inventoryにしまいこんだりせず、いつもこうやってちゃんと身に着けておいて。そうすれば寂しくなった時、お互いすぐに相手の声を聞くことが出来るでしょ?」

「そ、そうだね」



完全にペースを乱されてしまった僕が、【異世界転移】で『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋に転移してきた時、時刻は既に夜の8時半を回っていた。

すぐにインベントリから『二人の想い(右)』を取り出した僕は、『ティーナの無線機』と入れ替える形でそれを右耳に装着すると、アリアに呼びかけた。


『アリア、今どこ?』

『タカシ! 今、下でご飯食べてるよ』

『じゃあ、下りて行くよ』


アリアと念話での会話を終えた僕は、階下へと向かった。

1階ロビーは、ちょうど今日のクエストを終えて戻って来たらしい冒険者達で、結構賑わっていた。

その一角、宿泊者向けの飲食スペースで、クリスさんと向かい合って食事をしているアリアが、僕に気付いて手を振ってきた。

席に着いた僕に、アリアが話しかけて来た。


「タカシも食べるでしょ? 何か持って来てもらおうか?」

向こう地球で食べてきたから、もうお腹いっぱいなんだ。それより、あれから何か変わった事無かった?」

「実は夕方、クリスさんと一緒に、霧の山脈に行って来たんだ」


霧の山脈。

かつて僕がフェニックスを斃した場所だ。


「もしかして、黒い結晶体?」


僕の言葉に、クリスさんが答えてくれた。


「霧の山脈全域、転移して調べてみたけれど、君達の言う黒い結晶体は、出現していなかったよ」

「そうですか……」


神樹の間でまだ“闘っている”であろう、エレンとノエミちゃんへと自然に想いが馳せて行く。


「ちょっとエレンに状況、聞いてみるよ」


二人にそう告げた僕は、心の中でエレンに呼びかけた。


『エレン……』

『タカシ。そっちはどう?』

『こっちはどうもないよ。少なくとも今日の夕方の時点では、霧の山脈に黒い結晶体は出現していない。それに僕等の世界にもフェニックスは出現していない。エレンとノエミちゃんが頑張ってくれているお陰だよ。エレン達こそ、大丈夫?』

『私達の方も問題ない。アールヴは昨日から断続的に結界に干渉を試みているようだけど、精霊達が維持してくれているこの結界、容易に破る事は出来ないはず』

『そっか……』


二人は昨日から、エレンが精霊の助けを得て発動した結界の中に留まり続けている……と言う事は?


『エレンとノエミちゃんは、食事とかどうしてるの?』

『私は魔族。元々数日に一度の食事で事足りる。光の巫女は……祈りに集中しているからよく分からないけれど、エルフであれば、精霊達の加護が有れば、数日の絶飲食はそう問題が起こらないはず』

『分かった。でも無理しないで。何かあったら、すぐに撤退して』

『タカシの方こそ、地球でゲートキーパーと戦ったりとか、私が手助け出来ない状況下で無謀な事には挑戦しないで』


……富士第一であれから2体――94層のゼパルと95層のエリゴス――のゲートキーパー達を斃した話は持ち出せなくなった。


『うん、無理はしないよ』

『……ゲートキーパーとまた戦った?』

『え? どうしてそう思うの?』

『動揺してるから』

『動揺? してないよ』


多分。


『私とあなたはパスで繋がっている。あなたの心の動きは、直ちに伝わってくる。ゲートキーパーと戦ったかどうかまでは分からなくても、私の言葉に動揺しているのはすぐ分かる』


分かり易すぎる自分の心の動きが少々恨めしい。


『危険な事には挑戦してないから。その点は安心して』

『本当に約束して。でないと私……』


エレンの考えがアブない方向に発展しかかる予兆を感じた僕は、慌ててフォローを試みた。


『約束する。それに、毎日こうやって定期的に連絡も取るし。そうすれば、エレンも安心できるでしょ?』


エレンとの念話を終えた僕は、アリアとクリスさんに状況を説明した。


「それじゃあ、状況に何か変化が無ければ、これからも毎晩こうして情報交換する事にしようか」


クリスさんの言葉に、僕とアリアは頷いた。



アリア達に別れを告げ、再び【異世界転移】で地球のアパートの部屋に戻って来た僕は、シャワーを浴びて手早く明日の準備を済ませると、布団に潜り込んだ。

時刻は午後10時。

今日も色々あった。

明日は5時起きで、クラン『蜃気楼ミラージュ』の富士第一93層ゲートキーパー討伐戦に参加しないといけない。

と言っても、93層のゲートキーパーの間を護っていたはずのボティスは、既に昨日、僕とティーナさんとで斃しちゃってるんだけど。

そうだ、寝る前に関谷さんに今日のお礼のメッセージ送っておこう。

食事中は、誰かさんのせいで会話がぎくしゃくしてたし。


僕は充電器に繋いだままのスマホに手を伸ばした。

立ち上げてみると、関谷さんから新着メッセージが届いている事に気が付いた。


『明日頑張ってね。おやすみなさい』


短いけれど、その文面から関谷さんの優しい気持ちが伝わってくる気がする。


―――『夕ご飯、ありがとう。とても美味しかったよ。おやすみなさい』


メッセージを送信した僕は、再び布団に潜り込んだ。

そしてすぐに、夢の世界へといざなわれて行った。


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