第264話 F級の僕は、どうしてこうなった?


6月6日 土曜日18



扉を開けた僕は、一瞬固まった。

右手に大きめの荷物を抱えた関谷さんと……ヤンキー少女?


「関谷さん、その……隣の人は、関谷さんの知り合い?」


僕の問い掛けに、関谷さんが意外そうな顔になった。


「えっ? 中村君の知り合いじゃないの?」

「僕の?」

「ええ。彼女……」


関谷さんが、自分の右隣に立つヤンキー少女に目を向けた。


「2階の階段上がった所で座り込んでいて、私が中村君の部屋の呼び鈴押したら、こうして私の隣にやってきたんだけど……」

「おい」


つい3時間ほど前に脅しつけて追い返したはずのヤンキー少女が、その時のままの格好で、野球帽の下から僕を睨んできた。


「ツラ貸せや」


どうしようか?

関谷さんが見ている前で、見た目年下っぽい少女相手にすごむのは、ちょっと、いや、だいぶ躊躇ためらわれる。

仕方ない……


僕は作り笑いをしながら、ヤンキー少女に話しかけた。


「部屋でも間違った?」

「間違ってねぇよ! お前、中村だろ?」


ダメだ。

ただでもややこしい状況になっているのに、こいつとここで不毛な会話を続けたくない。


僕は関谷さんの荷物を手に取り、彼女の手を引いて玄関に引き込むと、思いっきり扉を閉めた。

そして扉の横、外に面したキッチンの窓を開けて、ヤンキー少女に呼びかけた。


「誰だか知らないけれど、帰ってくれるかな? でないと……」


僕はスマホを取り出した。


「警察か均衡調整課に連絡するよ?」

「チッ」


ヤンキー少女が舌打ちするのが聞こえたけれど、彼女の返事を待たずに、僕は窓を閉めた。

玄関口の関谷さんが、心配そうに話しかけて来た。


「中村君、彼女……もしかして元カノさんとか?」

「違います!」


思わず全力否定してしまった。


「あいつ、夕方も僕を待ち伏せしていてね。ほら今朝、法連寺第八に呼び出されたって話したでしょ? どうもあの時いたD級達の一人だったみたいなんだ」

「そうなんだ」


関谷さんが少しホッとしたような顔になった。


「ごめんね。ヘンな事に巻き込んじゃって」

「ううん、いいの。それより、上がってもいいかな?」

「あ、どうぞどうぞ……」


関谷さんを部屋の奥に案内しようとして、光学迷彩で姿を隠しているティーナさんが、にやにやしながら僕等の様子を眺めているのに気が付いた。


まずい!

玄関口で夕食のおすそ分け受け取ったら、帰ってもらう予定だったのに、不測の事態発生で、関谷さんをついつい部屋に上げてしまった。

タイミング見計らって、早目に帰って貰わないと、理由不明に僕のメンタルがゴリゴリ削れていく。


ティーナさんの存在に全く気付いていない様子の関谷さんは、キッチンのテーブルの上に持ってきた荷物を置くと、僕を見ながら少し不思議そうな顔になった。


「ところで中村君、その格好……」


格好?

そう言えば、富士第一から帰ってきて、バタバタしていたからまだ着替えていなかった。

今僕は、エレンの衣を身に付け、腰にはヴェノムの小剣を差している。


「あ、ああ、これね? 明日に備えて、装備品の確認、しとこうかと思って」

「そうだったんだ。中村君って、仕事熱心なんだね」

「あはは……」


関谷さんは、僕と話しながら、持ってきた荷物の中から、ラップにくるまれた料理と食器類を取り出した。


「ちょっとキッチン借りてもいい? 持ってきた料理、冷えちゃってるのもあると思うから、温め直したくて」

「そんなの悪いから、適当にその辺、置いといて! 僕、料理が冷えていても全然大丈夫な人だから!」

「あ、でも……」


関谷さんが少し悲しそうな表情になった。

う~ん、せっかく料理持って来てくれたのに、早く帰れ感出し過ぎた?


「……じゃあ、せっかくだから、温め直してもらおうかな~」

「うん。すぐ準備するから、中村君は着替えて待っていて」


機嫌良さそうにキッチンに立つ関谷さんの背中を見ながら、僕は万年床が敷かれている隣の部屋に移動した。


「関谷さん、着替えるからちょっと扉閉めとくね。何か分からない事有ったら呼んで」

「分かったわ」


関谷さんの声を背に扉を閉めた僕に、ティーナさんが囁きかけてきた。


「ふ~ん、Takashiって、ああいう優しそうなコが好みなんだ」

「だから、関谷さんはそんなんじゃ無いって。今日だって、食材買い過ぎたからって、夕食のおすそ分け持って来てくれてるだけだし」

「それ、本気で言ってる?」

「本気も何も、関谷さん自身がそう言ってたよ?」


ティーナさんはまじまじと僕の顔を見た後、溜息をついた。


「What an insensitive guy !」

「何?」

「ねえ、私って、あなたのgirlfriendよね?」


ガールフレンド……女性の友達の事だ。

ティーナさんとは最近、とてもいい感じで協力関係築けているし、そういう意味では友達と言ってつかえないはず。

それに加えて彼女は、僕等の世界地球で唯一、イスディフイの話を共有出来る相棒のような特別な存在。

でもなぜこのタイミングでそんな事、確認しようとするのだろうか?

ともかく出来るだけ、ティーナさんの機嫌をこれ以上損ねないような言い方は……


「それはもちろん。それに君は僕にとって特別な存在だって思っているよ」


僕の言葉を聞いたティーナさんの顔が見る見るうちに、真っ赤に染まっていく……って、あれ?


「も、もう……Takashiはずるいわ。日本人って、そういう事、あんまり直接言ってくれないって聞いてたのに」


一体、何の話?


「ま、Takashiの言葉に免じて、今回は赦してあげる」


赦すって、何を?


色々確認したい所だけど、なぜかティーナさんの機嫌が回復傾向の今、藪蛇つつきたくないから、スルーしよう……


「そうだ。ついでにいい事教えてあげる」


ティーナさんが、悪戯っぽい表情になった。


「Sekiya-san、少なくともTakashiの事、友達以上に好きよ? もしかしたら、愛しちゃってるかも?」

「はい!?」

「何か呼んだ?」


僕が思わず出してしまった大きな声に、キッチンにいる関谷さんが反応した。


「な、何でもないよ。ちょっと着替えてたら変な所に足ぶつけちゃって」

「大丈夫?」


扉の向こうから掛けられる関谷さんの心配そうな声。


「大丈夫! 着替えたらそっち行くから」

「分かったわ」


関谷さんが再びキッチンで何かの作業に戻る物音を確認した僕は、ティーナさんに小声で話しかけた。


「いきなり何言い出すんだよ?」

「何って、鈍感系のstatus値が天井突き破っちゃってる感じの誰かさんに、現状をちゃんと認識して貰おうと思って」

「現状認識って……関谷さんが僕なんかに好意を持ったりするわけ無いだろ?」

「私からすれば、どうしてそんな認識になるのかの方が、理解に苦しむけど?」


扉の向こうから関谷さんが声を掛けて来た。


「中村君、出来たよ」

「ちょっと待ってて。すぐ行くから」


僕は、ティーナさんに囁いた。


「納得したなら、今夜は帰って貰っていいかな? 僕も着替えたいし」

「Duh……」


ティーナさんの目が細くなった。


「あなたは、Sekiya-sanがあなたに好意以上の気持ちをいだいているって聞いた上で、私に帰れ、と言ってる訳ね?」

「だから、僕はそうは思ってないし」

「ほら、着替えるんでしょ? 待たせると悪いわよ?」


……どうあってもまだ帰る気は無いらしい。

仕方ない。


「じゃあ、せめて向こう向いといて」

「あら? 恥ずかしいの? 私とあなたの仲なのに」

「それはもういいから」


強引にティーナさんに背中を向けさせた僕は、自分もティーナさんに背中を向けて手早く着替えを済ませた。


もうティーナさんはいないものとして行動しよう。

途中でバレて困るのは、ティーナさんの方(のはず)だし。


僕は扉を開けてキッチンに一歩入って……驚いた。


肉料理に、サラダ、みそ汁、豆ごはん……

丁寧に盛りつけられ、テーブルの上に並べられたそれらの料理は、どれもとても美味しそうに見えた。


「関谷さんって、料理得意なんだね」


関谷さんが恥ずかしそうに頬を染めた。


「ううん、そんな事無いよ。それよりせっかく温めたし、冷えない内に食べて」

「ありがとう」


椅子に腰を下ろした僕の向かい側に、関谷さんも腰かけた。

彼女の前にも、自分用なのだろう。

僕の前に並んでいるのと同じ料理が並んでいる。

背中、万年床が敷かれている部屋の方から、刺すような視線を感じるけれど、僕はそれをあえて無視して肉料理を一口頬張った。


美味おいしい!」


蒸した牛肉で温野菜を巻いた感じのその料理は、お世辞抜きでとても美味しかった。

僕の食べる様子をじっと見つめていた関谷さんが微笑んだ。


「よかった」


彼女の柔らかい笑顔に一瞬ドキっとなった瞬間、右耳に装着している『ティーナの無線機』を通して、囁き声が届いた。


『う・わ・き・も・の』

「ぶふぉっ!」

「な、中村君!?」


思わず口の中の食べ物を盛大に吹き出してしまった僕に、関谷さんが慌ててお茶を差し出してくれた。


……それはともかく、どうしてこうなった?


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