第263話 F級の僕は、ティーナさんの機嫌を損ねてしまう


6月6日 土曜日17



僕が話している間中、ティーナさんはただじっと耳を傾けるだけで、一言も口を挟んでこなかった。


「……そんなわけで今、神樹の間ではエレンとノエミちゃん光の巫女が、イスディフイと僕等の世界双方を救うため、闘っている最中なんだ」


僕が話し終えても、ティーナさんは黙り込んだまま、何かをじっと考え込んでいる。


「ティーナ?」


僕の呼びかけに、彼女はハッとしたように顔を上げ、すぐはにかむような笑顔になった。


「あ、ごめんね」

「それはいいんだけど、何か気になる事でも?」

「ううん。ただ、今までに私が得ている私達の世界に関する知見と、今Takashiから聞いた話とを総合的に解釈しようとすると、いくつかの仮説が成り立つわ。それをちょっと頭の中で整理していただけよ」

「仮説……例えば?」


ティーナさんは、う~ん、と少し上を向いた後、言葉を返してきた。


「もう少しまとまった考えになったら話すわ。それより……」


ティーナさんがおどけた口調で言葉を続けた。


「私のboyfriendが異世界の勇者様だったなんてね~」

「だからそれは、向こうが勝手にそう呼んでるだけで」

「でも、あっちisdifuiの神様からもそう呼ばれた第144話んでしょ?」

「それは……でも、あの双翼の女性がイシュタル創世神かどうか結局、まだ分からないし」

「ま、これで少なくとも敵の名前ははっきりしたわ」

「うん」

「それと、私達の同盟候補者達が、向こうの世界isdifuiにいる事も」


アリア、エレン、ノエミちゃん、クリスさん、それにターリ・ナハ……

彼女達の顔が脳裏をよぎった。

僕達は、

イスディフイと地球、二つの世界の人々は、

いつの日か、手を取り合って、共通の敵、魔王エレシュキガルに……


感慨にふけっていると、ティーナさんから声を掛けられた。


「今夜は、富士第一に関しても多くの知見が得られたわね」


僕は頷いた。


まずゲートキーパー達がコミュニケーション可能である事。

94層、そして95層のゲートキーパー達は、ティーナさんを“異世界人”と認識していた事。

少なくとも、95層のゲートキーパーの目には、僕は“イスディフイ人”に見えた事。

少なくとも、95層のゲートキーパーは、自分が護る階層を“神樹”第95層だと認識していた事。

少なくとも、95層のゲートキーパーは、ティーナさんが、“世界を渡って”イスディフイの神樹にやってきた、と認識していた事……


「改めて聞くけれど、私の外見的特徴、isdifui人……いわゆるhumanと呼ばれる多数派種族と異なる点ってあるのかしら?」


ティーナさんの外見的特徴。


肩にかかる位のゆるくウェーブがかかった綺麗なブロンドヘア

蒼く澄んだ目

鼻筋がすっきりとした整った顔立ち

すらっと伸びた手足、均整の取れた女性らしいプロポーション……


「外見だけだったら、見たまんま東洋人な僕なんかより、むしろティーナさんの方が、アリアやノエミちゃんっぽい感じだけどね」

「それなら、なぜ私の事を“異世界人”と認識できたのかしら? 魔力の質か、身体の内部的構造の違いか……」


ティーナさんが、なぜか僕の全身を舐め回すように視線を動かしながらつぶやき始めた。


「TakashiがEreshkigalに呼ばれた時、身体構造その他を改変された可能性も……try to scan by CT and MRI……but if impossible……dissect in order to analyze……careful about residual quantity of HP……」


後半、よく意味が分からないけれど、なぜか猛烈に嫌な予感が……


「ちょ、ちょっと、ティーナさん?」


ティーナさんがふと我に返ったような表情になった。


「あ、気にしないで。私が大事なTakashiを解剖して調べてみようとか、本当にそんな事する訳ないでしょ? あとまたTina“さん”になってるわよ?」


……解剖して調べてみようかな、と考えはしたんだ。


「一応聞いておくけど、心臓が三つになったとか、食事無しでも全然平気になったとか、首飛ばされても死ななくなったとか、自覚症状ってある?」

「いや、無いから」


でも、最後の首飛ばされても……は、【エレンの祝福】の効果、即死無効が働けば、死なないかもしれないけれど。


それはともかく、結構話し込んでしまった。

確か関谷さん、夜7時頃に夕食のおすそ分け持って来てくれるって話してたっけ。

来る前に電話して欲しいって伝えてあるから、僕が居なくて外で待ちぼうけって事態にはなってないと思うけど。


「ティーナ、今何時かな?」


ティーナさんは、右手首のアナログ時計に視線を向けた。


「午後11時50分だから……日本時間だと午後6時50分ってとこね」


時間的にはちょうどいい頃合いだ。


「それじゃあ、今夜はこの辺にしとこう」

「じゃあ、Takashiのアパートにwormhole開くわね」



ティーナさんと一緒にワームホールを潜り抜け、アパートに帰って来ると、ちょうど充電器に繋いだスマホの呼び出し音が鳴っている事に気が付いた。


「ごめん、電話だ」


ティーナさんに一声かけてから、僕はスマホをタップした。


「もしもし」

『中村君? 今から行っても大丈夫?』


やはり関谷さんからだ。

僕はティーナさんにチラッと視線を向けた。


「大丈夫だと思うけど、何分後位かな?」

『実は近くまで来てるんだ。5分もあれば、行けると思うんだけど』

「了解。じゃあ待ってるから気を付けて」

『うん。また後でね』


電話を切った僕に、ティーナさんが声を掛けてきた。


「今から誰か来るの?」

「知り合いが、食材余らせちゃってるみたいで、夕ご飯のおすそ分け、持って来てくれるんだ。だからティーナもそろそろ……」


……今日の戦利品ドロップアイテム渡すから、ハワイに帰って。


言い終わる前に、ティーナさんがたずねてきた。


「もしかして、来るのは女性?」

「うん。って言っても関谷さんだけどね。ほら、田町第十で『七宗罪QZZ』に襲われた時第185話、僕と一緒にいた」


ティーナさんの目が細くなった。


「ああ、あのC級のhealerのコね?」

「そうそう」

「笹山第五dungeonで熱中症になっていた所をあなたに助けてもらって、黒田第八dungeonでUndead Centipedeに殺されかかった所をあなたに救われて、田町第十dungeonでHiyamaに殺されそうになった所をあなたに救われて、この前のQZZ絡みの事件の時も、“私達に続いて必ず中村君もここから脱出するって約束して”って、真剣な眼差しであなたに詰め寄っていた第186話あのSekiya-sanね」


ティーナさん、言い方になんだかとてもけんが有る。


「……QZZの件はともかく、なんでそれ以前の事まで詳しく知ってるの?」

「もちろん、Takashiの記憶を覗いたからに決まってるじゃない。あ、もう謝った第224話んだから、今更そこ責めるのは無しよ?」

「別に責めたりしないよ。ただ、もうすぐ関谷さん来るから……ティーナは姿見られたらまずいでしょ?」

「別にまずくないわよ? 私はこうやって……」


ティーナさんの姿がゆらゆら揺れながら空中に溶け込むように消えていった。

どうやら身に付けている戦闘服の光学迷彩機能を使用したようだ。


「……姿を隠せるし」

「いや、そういう問題じゃ無いでしょ?」


話しながら僕は【看破】のスキルを使用した。

これでティーナさんの姿を視認出来るけれど……

なんだろ?

ティーナさん、理由不明に急激に機嫌が悪くなっている。

こうやって姿隠して居座ろうとしているのも、いつものようにからかい半分というより、駄々をこねているだけのように感じられる。


「なんか気にさわる事、言った?」

「別に。ただ、Takashiって、意外と大胆なんだなって」

「大胆?」

「私の目の前で、別の女の子、家に連れ込もうとしてるでしょ? どんな顔で連れ込むのか見届けてあげる」

「連れ込むって……夕食のおすそ分け、持って来てくれるだけだよ?」

「Sekiya-sanって、近所に住んでるの?」

「近所では無いかな。車で20分位かかるし」

「つまりTakashiに、い~~っぱい助けてもらった女の子が、胸をきゅんきゅんさせながら、わざわざ車で20分もかけて、愛情た~~っぷりの手料理を届けに来る……ってわけね」


だから、言い方!


と、呼び鈴が鳴った。



―――ピンポ~ン♪



「こんばんは」


関谷さんだ!


僕はティーナさんに囁いた。


「ティーナ、とにかく今日の所は帰って」


ティーナさんが、なぜか上目遣いで、ジト目で睨んできた。


「どうしてもって言うなら、実力で排除しなさい」


だめだ。

理由不明に完全に依怙地えこじになっている。

まあ、玄関口で夕食のおすそ分け受け取って、関谷さんには早々にお引き取り頂こう。

関谷さんさえ帰れば、ティーナさんも帰るだろうし。


「お待たせ」



―――ガチャッ



扉を開くと、関谷さんと……午後、僕に絡んできていたあのD級のヤンキー少女が並んで立っていた。


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