第262話 F級の僕は、『炎の石』を使ってみる


6月6日 土曜日16



準備を終えた僕とティーナさんは、95層のゲートキーパーの間内部へと続く扉を押し開けた。

ティーナさんが囁いた。


「さっきみたいに、最初にgatekeeperに出来るだけ喋らせて」

「了解」


燐光で照らし出された広間の中央やや奥に、馬にまたがり、全身黒い甲冑に身を固めた一人の騎士――と言っても、身の丈5mを超えてはいるけれど――の姿が見えた。

騎士は僕等に気付くと、こちらに騎乗する馬を進めながら、名乗りを上げた。


「我が名はエリゴス。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


それに応じるかのように、ティーナさんもまた“名乗り”を上げた。


「我が名はティーナ。エリゴス、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


エリゴスの動きが止まった。


「ほう……異世界人の女よ。汝は我等の言葉を解するか?」


エリゴスの言葉を聞いたティーナさんが、僕の方に視線を向けて来た。

僕は彼女に囁いた。


「『異世界人の女よ。汝は我等の言葉を解するか?』だってさ」


ティーナさんが囁き返してきた。


「Eligosに、ここがどこなのか聞いてみて」

「どこって……富士第一って答える……あっ!」


言いかけて、僕はティーナさんの質問の意図に気が付いた。


「なら、もっと直接的に聞いてみるよ」


僕はエリゴスに話しかけた。


「お前はゲートキーパーだな? お前が護っているこの場所は、神樹第95層か?」

「何を分かり切った事を。それより我も問おう。イスディフイの冒険者よ、なぜ汝の隣に異世界人が立っておるのだ? そこの異世界人は、一体、どのような手段を以って、世界を渡ったのだ?」


世界を渡った……

いや待て、こいつはその前に、もっと奇妙な事を口にした。


「エリゴス、お前にとって僕は“イスディフイの冒険者”なのか?」

「そうでなければ何者だと言うのだ? それより我の問いに答えよ。なぜ異世界人がそこにいる?」

「僕も彼女もイスディフイの人間じゃ無い……と言ったらどうする?」

「訳の分からぬ事を。お前はどう見てもイスディフイの者であろう。そしてそこの女はどう見てもイスディフイの者ではない」


僕は自然と顔が強張って来るのを感じた。

ティーナさんが囁いた。


「Eligosは、どうして私だけを“異世界人”と認識しているのかしら? 身体的特徴? 魔力の質? それとも他の要因? Eligosに聞いてみて」


僕は頷くと、エリゴスに問いかけた。


「お前はなぜ僕の仲間だけが異世界人だと思ったのだ?」

「我が問いに答えず、同じ質問を繰り返すか? 汝とこれ以上益の無い会話は無用」


エリゴスが右手を高々と掲げた。

途端に、エリゴスを囲むように、次々と兵士達が出現し始めた。

総数50を超えてそうな彼等もまた、主のエリゴス同様、黒い甲冑に身を固めている。


「残念ながら、lesson終了ね。Eligosを縛るから、任せたわよ?」

「了解」


エリゴスの召喚した兵士達の内、半数ほどが、槍を小脇に抱えて僕等の方に突撃してきた。

そして半数ほどは、エリゴスの周囲に留まり、何かの詠唱を開始した。

エリゴスの周囲の兵士達の前面に次々と魔法陣が展開されていく。

僕はエリゴスの背後に立つ兵士目掛けてスキルを発動した。


「【置換】……」


瞬間的に僕とその兵士との位置が入れ替わった。

ティーナさんもエリゴスに対し、何らかのスキルを使用したのだろう。

エリゴスは僕に背中を向けたまま固まっている。

周囲に陣取っていた兵士達は、いきなり背後に出現した僕に気付いて、少し慌てた様子を見せている。


兵士達大勢いるし、ちょっと『炎の石』の威力、確認してみよう。

確か、威力は知恵の数値に依存ってあったから……


僕はインベントリから『技能の小瓶』を取り出した。

『技能の小瓶』は、イスディフイの偉大な錬金術師、カロンの遺産の一つだ。

飲むとHPとMPを除く全ステータスを一時的に+100してくれるポーション、『技能の秘薬』を一瞬で創り出してくれる優れもの。

握り締めると、内部が直ちに緑色の液体で満たされた。


因みに、周囲の兵士達はその間も、僕目掛けて物理、魔法、あらゆる攻撃を加えてきているようだけど、それら全ては、自動的に発動される障壁シールドに阻まれて、僕には届かない。


そんな障壁シールド外の様子をチラっと確認した後、僕は小瓶の内容物を一気に飲み干した。

そして、ステータスウインドウを呼び出してみた。



―――ピロン♪



Lv.105

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+104、+52、+100)

知恵 1 (+104、+52、+100)

耐久 1 (+104、+52、+100)

魔防 0 (+104、+52、+100)

会心 0 (+104、+52、+100)

回避 0 (+104、+52、+100)

HP 10 (+1040、+520)

MP 0 (+104、+52、+10)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】

装備 ヴェノムの小剣 (風)(攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   ステータス常に50%上昇 (エレンの祝福)

   即死無効 (エレンの祝福)

   MP10%上昇 (月の指輪)

   全ステータス+100(技能の小瓶、残り99分15秒)



これで僕の知恵のステータス値は、257。

この状態で『炎の石』、果たしてどれ程の威力を見せてくれるのだろうか?


僕は障壁シールド外に群がる兵士達にもう一度視線を向けた後、『炎の石』を握り締めて念じてみた。


「エクスプロージョン……」



―――ドゴオオオォォォォン……



障壁シールドの外で閃光が走るのとほぼ同時に、凄まじい轟音が、周囲全てをなぎ倒すのが見えた。

見渡すと、エリゴスは変わらず棒立ちのまま健在だったけれど、どうやら黒い兵士達は半減しているようであった。

黒い兵士のHPや耐性が不明だけど、『炎の石』を僕が使用すれば、相当強力なモンスターでも、複数同時に始末できるようだ。

幸い『炎の石』は、今回の使用では破壊されずに僕の手の中に残っていた。

僕は『炎の石』をインベントリに放り込むと、改めてスキルを発動した。


「【影分身】……」


呼び出した【影】10体とともに、動かない目標を切り刻み続ける事、10分後。



―――ピロン♪



エリゴスを倒しました。

経験値3,172,676,770,279,380,000を獲得しました。

Sランクの魔石が1個ドロップしました。

エリゴスの槍が1個ドロップしました。



ティーナさんは、いつの間にか広間の奥、次の階層へのゲートが出現するであろう場所でDID次元干渉装置を操作していた。

そして予想通り、ティーナさんのすぐ傍で、ゲートが生成した。

アイテムを回収してティーナさんの所まで歩いて行くと、僕に気付いた彼女が笑顔になった。


「お疲れ様。さっきのは『炎の石』、使ったの?」

「うん。まあ、試し撃ちって感じになったけど」

「結構な威力じゃない。それ、大量に集めて流通させたら、dungeonでの戦いを根本から変えてしまうわね」


それは同感だ。

『炎の石』を使えば、丸腰のF級でも、E級、或いはD級程度のモンスターなら斃せてしまえるかもしれない。


と、ティーナさんが思案顔になった。


「あ、でもめといた方がいいわ」

「イスディフイのアイテムを僕等の世界で大量に流通させるって話?」

「ええ」

「理由、聞いてもいいかな?」

「確証は無いけれど、私達の世界をこんな風に変えた何者かが、新しいruleを押し付けてくるかもしれないから」

「新しいルール……」

「ねえ、そう言えば聞きそびれていたんだけど」


ティーナさんが、僕に探るような視線を向けてきた。


前にも話した第170話通り、私達の世界をこんな風に変えた何者かは、Brane-1649c、つまりisdifuiに由来する存在だ、と私は確信しているの。Takashiはisdifuiでそうした存在に心当たりって無いかしら?」


心当たりは……ある。


魔王エレシュキガル


F級だった僕に【異世界転移】のスキル書を与え、あの500年前の世界に呼んだと語った存在。

そして恐らく……


チベットに出現した黒い結晶体とベヒモス

ミッドウェイに出現した黒い結晶体とバハムート

北極海に出現した黒い結晶体とレヴィアタン


それら全てにほぼ確実に関与しているはずの存在。

ちょうど良い機会だ。

ティーナさんには伝えておくべきだろう。


僕はティーナさんをうながして、並んで床に腰を下ろした。


「魔王エレシュキガル」

「魔王Ereshkigal?」

「イスディフイをかつて滅ぼそうとした存在。そして恐らく、僕等の世界をこんな風に変えた存在……」


僕はティーナさんに、魔王エレシュキガルについて僕が知る全てを語って聞かせる事にした。


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