第260話 F級の僕は、富士第一94層でゲートキーパーと語り合う


6月6日 土曜日14



富士第一94層、ゲートキーパーの間。

昨日の93層のゲートキーパーの間のコピーのような空間で、昨日とは明らかに異なるゲートキーパーが、僕等を待ち受けていた。

銀色の甲冑に身を固め、深紅のマントを羽織った身長2m程の戦士。

右手に両刃剣を携えたゲートキーパーが、名乗りを上げた。


「我が名はゼパル。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


と、僕の隣に立つティーナさんが口を開いた。


「我が名はティーナ。ゼパル、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


ん?

今のは?


「ティーナさん?」


ティーナさんが、僕の方を見てにやりと笑った。


「彼から少しlessonを受けてみようと思って。あと、またTina“さん”になってるわよ?」


すると今のは、彼女がゼパルの口調を真似て、『イスディフイ語?』を発声してみた、と言う事だろうか?

そんな事を考えていると、ゼパルがやや驚いたような声を上げた。


「異世界人の女よ……お前はなぜ、我等の言葉を話せるのだ?」


!?

ゲートキーパーが、名乗り以外の意味のある言葉を発した?


戸惑う僕に、ティーナさんが囁きかけて来た。


「もしかして、今のもisdifuiの言語?」

「それはどうか分からないけれど、僕には理解できたよ。『異世界人の女よ……お前はなぜ、我等の言葉を話せるのだ?』って」


ティーナさんの目がきらりと光った。


「“異世界人”の女……Takashi、戦闘に入る前に、可能な限り、Zeparと会話してみて」

「? 分かった。やってみるよ」


僕はゼパルに声を掛けた。


「ゼパル、お前はゲートキーパーなのか?」

「さよう。我こそはここ、第94層の護りを任されしゲートキーパー、ゼパルである」


会話が成立している!


ゲートキーパーがコミュニケーション可能な存在である事は、僕にとっては新たな発見であった。

ティーナさんが、再び僕に囁いて来た。


「Zeparに、なぜ私の事を“異世界人”と呼んだのか、聞いてみて」


うなずいた僕は、再びゼパルに話しかけた。


「お前はさっき、僕の仲間に、異世界人の女、と呼びかけたけれど、それはなぜだ?」

「なぜ? 質問の意味が分からぬ。イスディフイの者でなければ、異世界人と呼ぶしか無かろう」


イスディフイ!

予想はしていたけれど、“地球の”富士第一ダンジョンのゲートキーパーの口から、明確にその単語を聞くのは、やはり衝撃的だ。


「お前は、イスディフイから転移してきたのか?」

「先程から訳の分からぬ事ばかり並べ立ておって……さては命が惜しくなり、時間稼ぎを狙っておるな?」


ゼパルが何かの詠唱を開始した。

とたんに、彼の周囲に、黒い靄のような何かが、次々と生成されて行く。

ティーナさんが囁いて来た。


「どうやら今日のlessonは終了みたいね。蟲の群れのようなmonsterを召喚しているわ。Zeparを縛るから、攻撃、任せたわよ?」

「了解」


僕はヴェノムの小剣(風)を手に、ゼパルへと迫った。

ゼパルの召喚した蟲の群れが次々と襲い掛かって来たが、それらは全て『エレンの腕輪』による自動防御で、僕まで届かない。

そのままゼパルに肉薄した僕はヴェノムの小剣を突き出した。

しかし、次の瞬間!


「きゃあぁあ!?」

「ティ、ティーナ!?」


いきなりゼパルの姿が、ティーナさんへと変化していた。

そして、僕の突き出したヴェノムの小剣は、彼女の脇腹をえぐっていた。

慌てて引き抜くと、大きく開いた傷口から、おびただしい量の鮮血がこぼれ出て来る。


「い、痛い……」


ティーナさんが脇腹を押さえたまま地面にうずくまってしまった。

そして僕の後方、ティーナさんがいたはずの場所からゼパルの声が聞こえてきた。


「愚かなニンゲンどもよ、仲間同士殺し合うが良い」


まさか、ゼパルが【置換】を使用した!?

慌ててうずくまるティーナさんに、神樹の雫HP全快ポーションを差し出した。


「ティーナ、これ飲んで」


しかし、ティーナさんは、苦痛に顔を歪めながら囁いた。


「無理……みたい……力が入らないの……」


どうしよう?

ともかく、早く飲ませないと。


僕は神樹の雫が入ったアンプルの首を折った。

そして、その飲み口をティーナさんの口元に近付けた。

再び彼女が囁いた。


「お願い……口移しで……」

「く、口移し!?」


彼女が力なくうなずいた。


「一人では……飲めそうに無いから……愛するあなたに……」


僕は立ち上がると、スキルを発動した。


「【看破】……」


途端にうずくまっていたティーナさんの姿は消え去った。

そして少し向こうで、ゼパルが微動だにせず棒立ちになっている事に気が付いた。

ゼパルの召喚した蟲の大群が、『エレンの腕輪』により自動的に発動する障壁シールドの外で、五月蠅うるさい位に羽音を鳴り響かせている。

右耳に装着している『ティーナの無線機』を通して、ティーナさんの怪訝そうな声が聞こえて来た。


『Takashi? そんな所で何してるの?』


ティーナさんから見れば、ゼパル目掛けて突撃したはずの僕が、途中で立ち止まり、意味不明に立ったり座ったりしていた……って事だろう。


僕は苦笑しながら言葉を返した。


「ちょっと休憩」

『……まさかと思うけれど、幻惑か何かに引っ掛かってた?』


すみません、そのまさかです。

でも思い込みって怖い。

なまじ、【置換】を知っている分、幻惑の檻に閉じ込められている事に気付くのが遅れてしまった。

それはともかく、ゼパルは一つだけ大きなミスを犯した。

本物のティーナさんは、僕に向かって“愛する~”なんて、決して口にはしない……はず。


僕は再びゼパル目掛けて駆け出しながら、ティーナさんに問いかけた。


「ティーナ、ゼパルを縛り続けるのって、時間制限有り?」

『そうね……Zepar、少しstatus高目だから、3時間ってとこかな』


……うん、ティーナさんの規格外な能力の一端、しっかり確認させて貰いました。

3時間も行動不能になっているのなら、【影】呼び出さずに攻撃してみようかな?


僕はそのままゼパルに斬りかかった。



―――ズシャシャシャ……



鎧が砕け、青い血が飛び散るが、それら全ては、地面に落ちる前に、光の粒子となってキラキラ輝きながら消え去っていく。

蟲の大群が、懸命にゼパルを救おうと僕に襲い掛かってくるけれど、それらは全て自動発動する障壁シールドに阻まれて、僕まで届かない。

ひたすらゼパルを切り刻み続けて20分……

ゼパルが光の粒子となって消え去る中、すっかり見慣れてしまったポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪



ゼパルを倒しました。

経験値3,172,676,770,279,380,000を獲得しました。

Sランクの魔石が1個ドロップしました。

ゼパルのマントが1個ドロップしました。



僕は、Sランクの魔石と深紅のマントを拾い上げるとインベントリに放り込んだ。


さて、ティーナさんは……


周囲を見回した僕は、ゲートキーパーの間の奥、本来ならば次の階層へのゲートが存在するであろう場所に、彼女の姿を見付けた。

彼女は昨日と同じく、あらかじめ持ち込んでいたらしいDID次元干渉装置を操作していた。

そして昨日と同じく、彼女とDIDのすぐ傍らに、新しいゲートが生成されるのが見えた。

そのまま歩いて近付いていくと、僕に気付いたティーナさんが、顔を上げた。


「お疲れ様」

「ありがとう。今回もティーナのお陰で楽に勝たせて貰ったよ」


ティーナさんの顔に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。


「ねえ、途中のあれって、絶対、幻惑に引っ掛かってたでしょ? どんな幻、見せられてたの?」


どんな幻って……

ティーナさんを間違って刺してしまって、“愛するあなたから口移しでポーションを飲ませて欲しい”と囁かれてました~なんて、口が裂けても言えない。


「別に……すぐに【看破】で見破ったし。それより、あのゲート」


僕は、すぐ傍で銀色に揺らめく空間の歪みを指差した。


「向こう側は95層って事でいいのかな?」

「さては、恥ずかしい幻見せられた?」


ティーナさん、人が頑張って話らそうとしているんだから、空気読んで欲しい。

いや、彼女の事だから、わざとか?


「ふふふ。いいわ。今回は誤魔化されてあげる。そうね、向こう側は95層よ。どうする? 95層のgatekeeperにも“会いに”行く?」


どうしようか?


「今、何時位かな?」


ティーナさんが、右手首に巻いているアナログ時計に目をやった。


「午後9時半だから……日本時間だと、午後4時半ね」


夜7時までは、まだまだ時間的余裕がありそうだ。


「じゃあ、行くだけ行ってみようか?」

「ちょっと待って。すぐ片付けるから」



DIDを手際よく片付け終えたティーナさんと一緒に、僕は95層へと続くゲートを潜り抜けた。


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