第259話 F級の僕は、妙な少女に絡まれる


6月6日 土曜日13



関谷さんの車を見送った僕は、アパートの自分の部屋に向かおうとして、ふと足が止まった。


駐輪場、僕のスクーターによりかかるようにして、小柄な少女が一人立っていた。

上は白地に英語のロゴが入った半袖Tシャツ、下は紺色の綿パンをはいたその少女は、野球帽を目深に被ってうつむいており、その表情はよく分からない。


誰かと待ち合わせでもしているのかもしれないけれど、人のスクーターに寄りかかるっていうのは、どうなんだろう?


ちらっとそんな事を考えたけれど、関わるのも面倒だったので、僕はそのまま歩き出した。

そして、2階の僕の部屋に続く階段を上ろうとしたところで……

背後から声が聞こえた。


「ねえ、あんた、F級じゃ無かったの?」


振り返ると、あの少女がつかつかと僕の方に近付いて来るのが見えた。

野球帽の下からこちらに向けられている少女の顔に、見覚えは無い。

それにしても随分、目つきが悪い。

帽子からはみ出してる髪も真っ黄色に染められてるし。

見た目完全ヤンキー少女が、再び口を開いた。


「あんた、中村でしょ?」

「そうだけど」

「F級じゃ無かったの? それとも、皆が言ってた通り、ステータス、隠蔽してた?」

「何の話?」

「今朝」

「今朝?」

「ああもう! わかれよ!」


勝手にいらついてるけれど、本当に何の話だ?

待てよ。

今朝って事は……


「もしかして、法連寺第八?」

「そうだよ!」

「もしかして、あの場にいた?」

「だからそう言ってんじゃん!」


いや、そんな話、一言もしてなかったよね?

それはともかく、どうやらこの少女、今朝のD級達10人の内の一人らしい。

だとしたら、何しに来たのかは知らないけれど、僕としては、選択肢はただ一つ。


「あの時言ったよね?」


そう口にしながら、僕は【影】を3体呼び出した。


「ひっ!?」


僕の【影】を見た少女の顔に、怯えの表情が浮かんだ。


見た目、僕より年下の少女に、こういうのは大人げないかもしれないけれど……


僕の指示を受けた【影】3体が、少女を取り囲んだ。


「僕に関わるなって。もしかして、忘れちゃった?」

「まっ、ちがっ」


少女は思いの外、慌てふためいている。

……これじゃあ、僕が少女をいじめているみたいだ。


僕は嘆息して【影分身】の発動を停止した。

【影】3体は、滑るように僕の影の中に戻っていく。

そのまま僕は回れ右をして、階段を上り出そうとした。

と、服の裾を後ろから引っ張られた。


「待てって言ってんじゃん!」


振り返ると、少女が切羽詰まったような表情で僕を見上げている。


「何? 忙しいからさ。帰ってくれないかな? でないと、容赦しないよ?」

「だぁかぁらぁ、人の話、聞けよ!」


なんなんだ?

もしかして、物凄くややこしい奴に絡まれてる?

僕は、出来るだけ低い声で凄みながら、少女を睨みつけた。


「なんで僕が君の話を聞かなきゃいけないんだ? いい加減にしろよ? さもないと……」

「ひっ!?」


少女は僕の服の裾を離すと後退あとずさった。

僕はそのまま階段を上り、自分の部屋へと向かって行った。



一旦、部屋に戻って来た僕は、近所のバイク屋に電話して、カウルの修理を依頼した。

カウルは、部品の取り寄せに2~3日かかるという事で、納品したら連絡をくれる事になった。

時刻は、午後3時半。

そろそろティーナさんに連絡をしよう。

僕は、インベントリから『ティーナの無線機』を取り出すと、右耳に装着した。


「ティーナさん」


僕の呼びかけに、すぐに反応があった。


『Takashi! 今からそっちに行ってもいい?』

「どうぞ」


途端に部屋の隅の空間が歪み始めた。

そして見慣れたワームホールが生成されると、そこからティーナさんが姿を現した。

彼女は、光学迷彩の施された銀色の戦闘服を身に付けていた。


「おかえり」


僕の挨拶にティーナさんが笑顔になった。


「朝、話していたお昼の用事って終わったの?」

「はい。無事終了です。とりあえず、今晩7時頃までは……」

「こら!」


ティーナさんが、僕の話の腰を折ってきた。


「なんですか?」

「敬語禁止! あと、さっき、Tina“さん”って呼んでた」


ん?

あ!

確か午前中、二人の関係性――きずなの事かな?――を強めるために、お互い話し方をもっとフランクにしよう、みたいな話をしてたっけ?

因みに、僕が使っているのは敬語じゃ無くて、丁寧語だから。


「でもいきなり呼び方変えたり、話し方変えるのって、意外と難しいよ?」

「別にいきなりhoneyと呼んでって言ってるわけじゃ無いし、hurdleは低いはずだけど?」


honeyって……恋人同士でもないのに、そんな呼び方、しないですよ?

という言葉をぐっと飲みこんで、僕は話を続けた。


「ところで、ティーナは、劉刻雷って人、知ってる?」


ティーナさんの目が細くなった。


「もちろん。中華人民共和国国家安全部第二十一局局長にして、最強classのS級の一人よ。でも、なぜ彼の名を?」

「実は……」


僕はティーナさんに、今日の昼、均衡調整課で中国の情報機関による事情聴取に臨んだ話を説明した。


「なるほど……劉刻雷も曹悠然も中国でTop 5に入るS級達よ。彼等が、ただの事情聴取のためだけに地方の均衡調整課を訪れるとは思えない。多分、今回はTakashiを直接値踏みするのが目的だったに違いないわ。いずれ向こうから、もっと違った形で接触があると思うけれど、気を付けて」


言われてみれば、劉刻雷さんは、僕と個人的にもっと話したいような口振りだった。

けれど……


「気を付けてって?」


相手は情報機関の人間とはいえ、犯罪者じゃ無いだろうし。


「中国も私達USA同様、チベットで発生したStampede制圧に失敗して、複数のS級を失った。彼等はその補充を目的として、各国のS級達と密かに接触を繰り返している形跡が有るの。既に小国のS級達数名が、中国に引き抜かれているわ。だから、そういう意味での気を付けてって事」

「そうなんだ」

「そうだ! 中国に引き抜かれる位なら、いっそ、私の国USAに来ない? それなら一緒に暮らせるし、色々もっと便利になるわよ?」

「中国にもアメリカにも、今の所移住するつもり無いから」

「それは残念……ってまあ、私の国USAにっていうのは、冗談だからね? 同盟国のS級引き抜いたら、私が怒られそうだし」


……相変わらずティーナさん、どこまでが本気で、どこからが冗談かよく分からない。

それはともかく。


「あと明日、斎原さん達が富士第一93層のゲートキーパー討伐戦を行うんだけど、その手伝いをする事になったよ」

「富士第一93層って……」


ティーナさんが噴き出しそうな顔になった。


「……まあ、ティーナの言いたい事は分かるよ?」

「それで? どうするの?」

「どうするって言われても……ついて行くしか無いというか」

「じゃあ、私も明日はこっそり富士第一93層のgatekeeperの間で待ってようかな? Ms. Saibaraの面白い顔、見れそうだし」

「それは勘弁して」


話が一段落した所で、ティーナさんが切り出した。


「そろそろ行く?」

「そうだね……」

「どうしたの?」

「実は94層以降のゲートキーパー達に関しては、全く情報を持ってないんだ。ほら、前に話した通り、エレンは元々僕が地球でゲートキーパー達と戦う事、賛成してないし、多分、聞いても何も教えてくれないと思うんだよね~」

「いいんじゃない? ちょっと軽く戦ってみて、難しそうだったら、私のwormholeで帰って来ればいいし」

「それもそうだね。じゃあ、ちょっと見に行ってみようか」


ティーナさんが、僕の部屋に設置したワームホールに右手をかざした。

途端に、向こうに見えていたティーナさんの部屋の景色が、渦を巻きながら、富士第一94層と思われる大平原の景色へと切り替わった。


ワームホールを抜けた先は、少し西に傾いた太陽に照らし出されて白く輝くドーム状の構造物――94層ゲートキーパーの間――のすぐ脇の場所であった。

周囲を見渡すと、とてもここがダンジョンの中とは思えない大平原が、地平線の彼方まで広がっている。

思わずその景色に見とれていると、ティーナさんがそっと身を寄せてきて、僕の右腕に自分の腕を絡めて来た。


「ちょ、ちょっと、ティーナさん?」

「またTina“さん”になってる……」


甘えた声で僕を見上げてくるティーナさん。

彼女の澄んだ蒼い瞳には、僕の顔が大きく映り込んでいて……


「……いや、そうじゃなくて!」


僕は慌てて、絡められた腕を外そうとした。

しかし、ティーナさんが身をよじるので、上手くいかない。


「え~と、僕達って、ゲートキーパー斃しに来たんだよね?」

「少し位いいじゃない? せっかくこんなに美しい異世界の風景が目の前に広がっているんだし」

「時間、もったいないよ?」


ティーナさんは、渋々と言った感じで僕の腕を解放してくれた。


「ま、いっか。少しずつ慣らしていけば」


慣らすって、何を?

と聞き返す勇気を当然ながら持ち合わせていない僕は、ティーナさんを促して、ゲートキーパーの間の入り口へと向かって歩き始めた。


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