第258話 F級の僕は、関谷さんの車でアパートに送ってもらう


6月6日 土曜日12



斎原さんが、四方木さんの方を見た。


「あら? 四方木、おたくの“職員”のはずの中村君から断られちゃったわよ?」


四方木さんが少し焦ったような表情になった。


「斎原様、少し席を外して頂けないですか? ちょっと中村さんと話をしますので……」

「その必要は無いわ」


斎原さんは、僕に笑顔を向けて来た。


「中村君、もしあなたが“均衡調整課の職員”だとしたら、この支援要請、基本的には断れないの。だって、そのための協定ですもの。だけど……」


彼女は試すような視線を向けてきた。


「実は、均衡調整課と何の関係も無い、“ただのS級”でしたっていうのなら、全然、断って貰って構わないのよ?」


なんだか雲行きが怪しくなってきた。

まさか斎原さん、この支援要請を受けるかどうかで、僕に踏み絵を踏まそうとしている?


僕はチラッと四方木さんの顔を見た。

四方木さんの顔に、“頼むから、均衡調整課の職員として、この支援要請を受けてくれ”と書いてあるのがはっきりと見える……ような気がする。

仕方ない……

あんまりここで固辞したら、実際、ボティスが謎の消滅って判明した時、僕が関与を疑われるかもしれないし。

って、実際、関与はしているんだけど。


「……分かりました。明日の予定は動かします」


……元々、予定なんか無かったし。

僕の言葉を聞いた四方木さんが、露骨にホッとした表情になった。

そして、斎原さんも……


「さすがは均衡調課期待の“新人嘱託職員”ね。明日は宜しく。それで、今からの予定なんだけど……」


彼女がにこやかに“今からの予定”について語り始めた。


「中村君には、最高のコンディションでゲートキーパーとの戦いに臨んで欲しいの。午後、ウチ斎原財閥の自家用ヘリで私と一緒に、富士ドームに向かいましょ。今夜は、ウチのクランハウスの特別室に泊って貰うわ。明日は車両を出すから、中村君は、ゲートキーパーの間に着くまで車内で寝ていて貰っても構わないわよ」


さすがは日本最大最強のクランと言った所か。

何台用意できるのか分からないけれど、とにかくクラン『蜃気楼ミラージュ』は、93層での移動に車両を投入できるらしい。

それはともかく……


「すみません。富士第一、明日の朝、均衡調整課のヘリでってわけにはいかないですか?」


今日は午後、ティーナさんとの約束がある。

それに、夜は一度、イスディフイの方にも顔を出す予定だ。

なにより、あんまり斎原さんの世話になってしまうと、彼女に取り込まれそうで怖い。


斎原さんが少し残念そうな顔になった。


「中村君、今日の夕方、何か用事でもあるの?」

「明日の予定を動かすので、ちょっと今日中に済ませたい仕事がありまして……」


話しながら、助け舟を求めるつもりで、四方木さんの方に視線を向けた。

僕と目が合った四方木さんが口を開いた。


「そうそう、中村さんには午後、“均衡調整課の職員”として、いくつか仕事をしてもらう予定なんですよ。あ、もちろん、明朝8時半までには、均衡調整課として責任をもって、“職員”の中村さんを富士ドームに送り届けますよ?」

「“職員”としての仕事、ね……」


斎原さんは四方木さんにやや冷ややかな視線を向けた後、話題を変えてきた。


「ま、いいわ。そう言えば、中国のS級達が来ているみたいだけど?」

「はい。中国の国家安全部の方々が、我々との情報交換の為に来庁されているんですよ」

「情報交換……もしかして、例の『七宗罪QZZ』絡みの事件?」


四方木さんの目が細くなった。


「さすがは斎原様、お耳が早い」

「ふふふ、そうでも無いわ。それで彼等は何て?」

「いや~斎原様もお人が悪い。そんなの話せるわけないじゃないですか?」

「それもそうね。じゃあ、あなた以外の人から教えて貰う事にするわ」

「斎原様にわざわざそんな話を教えて下さる親切なお方、良ければそのお名前、私にもご教示頂ければ」

「あら? 気になるの?」

「そりゃあもう」

「ふふふ」

「ははは」


なんだかお互い、笑顔で会話しているが、その笑顔が怖い……


ひとしきり、四方木さんと腹の探り合いのような会話を交わした後、斎原さんが立ち上がった。


「それじゃあね、中村君。明日は楽しみにしているわ」



結局、明日は午前6時に均衡調整課に出向き、ヘリで富士ドームへと送ってもらう事になった。



ようやく色んなものから解放された僕は、裏の職員通用口から外に出た。


帰り、どうしよう?

とりあえずバスに乗るかな。

帰ったら、バイク屋に電話して……


そんな事を考えていると、ふいに声を掛けられた。


「中村君! お疲れ様」


声の方に視線を向けると、関谷さんがにこにこしながら立っていた。


「関谷さん? もう帰ったかと」

「中村君、帰りのアシ、無いでしょ? 『Sel D’orセル・ドール』でのランチに誘ったの、私だし、車で送らせて」


関谷さん、もしかして僕の事、わざわざ待っていてくれた?

それはともかく、送ってもらえるならありがたい話だ。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


僕は関谷さんに連れられて、均衡調整課の入る総合庁舎の駐車場へと向かった。


「茨木さんと井上さんは?」

「二人とも先に帰ったわ」

「そうなんだ」


茨木さんはともかく、井上さんまで帰っちゃったっていうのは意外だ。

明日は日曜日だし、井上さんと関谷さん、一緒に、夕ご飯食べたりするのかなって思っていたけど。


駐車場で関谷さんの車の助手席に座り、スマホを取り出した僕は、チャットアプリに新着メッセージが届いている事に気が付いた。


井上さんからだ。


『お疲れ。しおりんの事、よろしく』


なんか、グッドラックを表すっぽいスタンプも添えられているけれど、具体的にどうよろしくなのかは、今一つ不明だ。


関谷さんの運転で動き出した車内で、僕が井上さんへ返信メッセージを送ろうとスマホを操作していると、関谷さんが話しかけて来た。


「中村君って、チャットアプリで定期的にチャットしてるコとかいるの?」


今、スマホ操作してたからかな?


「残念ながら、そんな人はいないかな。今は、井上さんのメッセージに返信しようとしていたところだよ。井上さん、関谷さんをよろしく、だってさ」

「そっか。美亜ちゃん、やっぱり気を使ってくれたんだ」

「井上さん、絶対、僕等の事、誤解してるよね?」

「誤解?」

「うん。だって、今日も先に帰っちゃったのは、気を使ったから、でしょ? それに、僕の所にも関谷さんをよろしく、とか送ってきてるし」

「誤解……か」

「ん? 何か言った?」

「ううん、何でもない。それより、均衡調整課で事情聴取終わった後、中村君だけ残ってって言われたの、やっぱり、中国の情報機関の人達が、もう少し中村君の話、聞きたかったから?」

「僕もそう思ったんだけどね。なんと、斎原さんが突然現れてね……」


僕は明日、急遽、富士第一93層のゲートキーパー討伐を手伝う事になった経緯を説明した。


「そうなんだ。じゃあ明日、早いね」

「また5時起きかな。今夜は早く寝ないと」


そこでなんとなく会話が途切れてしまったので、僕は窓の外に視線を向けた。

外の風景は、あと5分も走れば僕のアパートである事を教えてくれていた。

そのまま外を眺めていると、関谷さんから話しかけられた。


「中村君、夕食はどうするの?」

「どうしようかな……スクーターのカウル割れちゃってるから、乗って外へ食べに行くのは少し恥ずかしいし、家で食べると思うよ。カップ麺の買い置きが確かいくつか残ってたはず」


午前中、鈴木達に呼び出された話は、お昼ご飯を食べながら、関谷さん含め、皆には披露済みだ。


「じゃあさ……夕食……作って持って行ってあげようか?」

「えっ? 関谷さんが?」

「あ、ほら、食材買い過ぎちゃって、早く使い切らないと賞味期限あるし、美亜ちゃんも今日は用事があるとかで帰っちゃってるし、中村君も夜、カップ麺だけだと、明日の富士第一、きついかもしれないし、元々料理作るの好きだし……」


関谷さん、いつになく、妙に多弁、かつ早口だ。

それはともかく、夜は向こうイスディフイに行って、多分、夕食、アリア達と食べる事になるよな……


「ありがとう。だけど大丈夫だよ。わざわざ持ってきて貰うのも面倒だろうし」

「そっか……そうだよね……」


あれ?

なんか、猛烈に落ち込んでる?

もしかして、本当に食材余らせて困ってるとか?


「あ、でも、やっぱりカップ麺だけだと、お腹すくかもしれないな~」

「えっ?」

「関谷さんが夕ご飯、作り過ぎちゃって困ってたら、おすそ分けして貰おうかな~」

「ホントに?」


関谷さんの口調が、一気に明るさを取り戻した。


「じゃあ、夜7時位に持って行ってもいい?」

「ありがとう。夜、散歩に出ちゃってる時あるからさ。来る前、電話で確認してもらえるとありがたいかな」

「分かったわ」


話している内に、車はアパートの前に到着した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る