第257話 F級の僕は、均衡調整課での事情聴取に臨む


6月6日 土曜日11



「中村君、おはよう」


アパートの部屋を出た僕は、迎えに来てくれた関谷さんの案内で、アパートのすぐ傍に停められた彼女の車へと向かった。

関谷さんの車、ベージュ色をした軽のワゴンの傍らには、井上さんがスマホをいじりながら立っていた。

彼女は、僕等に気付くと笑顔になった。


「おっはよ~」

「おはよう、井上さん……って、あれ? 茨木さんは?」

「茨木さん、自分の車で一足先に行ってるよ」

「そうなんだ」

「じゃあ、行きましょうか」


…………

……


4人で昼食を楽しんだ後、僕等が、N市均衡調整課に到着したのは、午後1時20分。

受付で来意を告げると、すぐに四方木さんがやってきた。


「皆さんお揃いで。ささ、どうぞこちらへ」


四方木さんは、僕等を2階の第二小会議室へと案内してくれた。


「適当に掛けて待っていて下さい。」


四方木さんが一旦部屋から出て行き、更科さんが入れてくれたお茶を飲みながら待つ事5分……

部屋の扉が開き、四方木さんが真田さんと見知らぬ二人の人物を連れて戻って来た。

四方木さんが、彼等を紹介してくれた。


「こちら、中国国家安全部第二十一局、局長の劉刻雷リウコォライさんと、局員の曹悠然ツァオヨウランさんです」


劉刻雷と紹介されたのは、30前後に見える、眼光の鋭い痩せぎすの男性。

そして、曹悠然と紹介されたのは、僕と同い年位に見える、黒髪を肩口で切り揃えた女性。

二人とも、ぱりっとした仕立ての良さそうな黒系統のスーツに身を包んでいる。

二人は僕等に軽く会釈すると、僕等から見て、テーブルを挟んだ向こう側へと腰を下ろした。


四方木さんと真田さん同席のもと、“事情聴取”が始まった。

劉刻雷さんが、口を開いた。


「想立刻询问话(シエンリコォスンウエンフア)……」


彼の言葉に続けて、曹悠然さんも話し始めた。

それは少し訛りがあるものの、かなり流暢な日本語だった。


「早速お話、お聞かせ頂きたいのですが……」


どうやら曹悠然さんは、通訳も兼ねて同席しているらしい。

こうして、劉刻雷さんが中国語で何かを質問し、それを曹悠然さんが逐次通訳しながらメモっていくような形式で、“事情聴取”は進められていった。

質問内容自体は、至ってありきたりな内容だった。

僕等は均衡調整課に対して行ったのとほぼ同じ内容を彼等に伝えた。


関谷さん、続いて茨木さんが彼等に襲撃され、人質にされた事。

僕と井上さんが、田町第十最奥の広間で、『七宗罪QZZ』の構成員達と交戦した事。

“特殊スキル”で皆を脱出させた後、僕が――実際はもちろん、ティーナさんの助けを得て、だけど――孫浩然のアバター以下、構成員達を拘束した事……


話が終盤に差し掛かったところで、扉がノックされた。

入って来たのは更科さんだった。

彼女は、四方木さんに近寄ると、耳元で何かを囁いた。

途端に、四方木さんの表情が険しくなった。


ん?

なんだろ?


四方木さんが、立ち上がった。


「すみません、ちょっと席を外しますね。真田君、あとよろしく」


そう告げると、四方木さんはなんだか少し慌てた雰囲気で部屋を出て行った。

それを横目で見送った劉刻雷さんが、僕に話しかけてきた。


「在这之后能做时间吗(ツァイヂョーヂホウノンヅオシジエンマ)?……」


曹悠然さんが、通訳してくれた。


「この後、少し時間を頂けないですか? あなたと個人的にもう少し話をしたい」


僕は真田さんに視線を向けた。

真田さんが口を開いた。


「すみません、彼はウチの職員でして。もし何か話があるのでしたら、この場でお願いします」


曹悠然さんが、劉刻雷さんに、何か中国語で話しかけた。

劉刻雷さんがニヤリと笑った。


「明白了(ミンパイラ)……」


こうして1時間程で、中国国家安全部第二十一局による“事情聴取”は無事終了した。

真田さんは、僕等にしばらくその場で待っていて欲しいと告げた後、劉刻雷さんと曹悠然さんを連れて退室していった。

僕、関谷さん、井上さん、茨木さんの4人だけになると、“事情聴取”の間、緊張していたらしい茨木さんが、大きく息をついた。


「なんとか終わったな」

「そうですね」

「でも四方木さん、途中で慌てて出て行っちゃったけど、何かあったのかしら?」


話していると、扉が開いて、四方木さんと真田さんが戻って来た。

四方木さんが僕等に声を掛けてきた。


「皆さんお疲れさまでした。もうお帰り頂いて結構ですよ。あ、中村さんだけはちょっと残って下さい」


何だろう?

チラッとさっきの劉刻雷さんの言葉が脳裏をよぎった。



―――この後、少し時間を頂けないですか? あなたと個人的にもう少し話をしたい。



僕以外の3人が退席した所で、四方木さんが頭を下げてきた。


「中村さん、すみません。また少しお手をわずらわせることになりそうです」

「え~と、何か不測の事態でも発生しましたか?」


と、ふいに廊下が騒がしくなった。


「お待ち下さい、すぐにご案内しますので」

「あら? すぐに案内して貰えるなら、待つ必要、あるのかしら?」


そしてやおら扉が開かれた。


「中村君、久し振り。元気にしてた?」

「斎原さん?」


満面の笑みを浮かべ、腰まで届きそうな亜麻色の髪の毛を揺らしながら、更科さんと共に部屋に入って来たのは、クラン『蜃気楼ミラージュ』の総裁、S級の斎原涼子さん。

他に、いつぞやも見たボディーガード風のサングラスを掛けた屈強な黒服の男達約二名が、彼女に付き従っている。

しかし、なぜ彼女がここへ?


戸惑う僕に、四方木さんが申し訳無さそうな口調で説明してくれた。


「実はつい先程、斎原様から、協定第24項に基づく支援要請がありまして……」


協定第24項。

そこには、均衡調整課、及び各クランは、お互い、出された支援要請を基本的には拒否出来ない、と記されているそうだ。

1週間前、伝田さん達が92層のゲートキーパー、バティン討伐を行う際、僕もこの条項に従う形で、荷物持ちポーターとして富士第一に派遣された。


「明日、斎原様はじめ、クラン『蜃気楼ミラージュ』の方々が、富士第一93層のゲートキーパー討伐戦を企画されてらっしゃいまして、それに是非中村さんのお力を借りたい、と申し入れがあったんですよ」

「つまり、また荷物持ちポーター、ですか?」


すると斎原さんが、即座に僕の言葉を否定した。


「ふふっ、あなたに荷物持ちをさせるなんて、そんな贅沢な戦力の使い方、するわけないでしょ?」

「では、ゲートキーパーとの戦いに直接参加して欲しいって事でしょうか?」

「そうよ。あなた程の能力者が手伝ってくれるなら、私達も安心して戦いに臨めるわ」


S級率いるクランのゲートキーパー戦に直接参加。

これは、S級である斎原さんの戦い方を直接この目で見る絶好の機会ではないだろうか?

明日は日曜日。

今のところ、特に予定も入っていない。


「それでは……」


……宜しくお願いします。


言いかけて僕は固まった。

待てよ?

93層のゲートキーパー?

それって……


「え~と、93層のゲートキーパーってどんな奴ですか?」


斎原さんの顔が明るくなった。


「じゃあ、手伝ってくれるのね?」

「あ、一応、まずどんな相手か教えて貰えればな~と」

「それは当然の要求ね」


93層の探索を続けていたクラン『蜃気楼ミラージュ』は、一昨日、ついに93層のゲートキーパーの間に辿りついた。

そしてその時の攻略メンバー、A級15人で偵察戦を行った結果、93層のゲートキーパー、ボティスについて、以下の知見が得られたのだという。


1.ボティスは、開戦早々、36体の眷属を召喚してくる。

2.眷属達は、いずれもS級モンスター並の能力を持ち、特に物理攻撃に対し、80%を超える耐性を備えている。

3.ボティス自身は、物理耐性は低いものの、魔法耐性は80%を超えている。

4.ボティスは、眷属達を盾にして背後に陣取り、様々な魔法でこちらを攻撃してくる。


「私の能力はどちらかというと魔法系よりなの。で、中村君は強力な近接物理アタッカーでしょ? だから、私達が支援に回って、中村君のスキルでボティス本体を攻撃して貰えれば、より安全にゲートキーパーを打倒できると思うの」


そうか、ボティス、物理耐性低かったんだ。

だから昨日、僕のスキル【影分身】で割りと楽に斃せたんだな。

それに言われてみれば、あの眷属達、結構、頑丈だったな。

結局、僕の【影】達に斃された眷属、いなかったみたいだし。

……って感慨に浸っている場合じゃない。

どうしよう?

93層のゲートキーパー、もう斃しちゃったし、明日、斎原さん達について行っても、特に面白い物は見れそうにない。

ならば、僕の答えは一つなわけで……


「すみません、明日はどうしても外せない用事がありまして……参加、辞退させて頂くわけにはいかないですか?」


僕の言葉を聞いた斎原さんの目が細くなった。


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