第252話 F級の僕は、500年前のあの世界に想いを馳せる


6月6日 土曜日6



アリアとの話が一区切りついた所で、僕は改めてクリスさんに問いかけた。


「ところでさっき転移の直前、エレンとノエミちゃんは大丈夫だって言ってましたよね? あの白い光の柱の中で何が起こっているのか、クリスさんには分かるんですか?」

「近付いてちょっと調べてみたけど、結界の中の様子まではさすがに分からなかったよ。でもあの結界、内側から張られていたからね。だとしたら、術者のはずのエレンってあの魔族の子と、光の巫女は無事なはずでしょ? それより……」


クリスさんが、少し探るような視線を向けて来た。


「アリアの話だと、最初から危険だって分かっていて神樹の間を訪れたみたいだけど、理由、聞いてもいいかな?」

「直接的には、霧の山脈での黒い結晶体の出現阻止が目的だったんですが……」


どうしよう?

どこから話そうか?

そして、“どこまで”話そうか?

クリスさんは既に僕が地球とイスディフイとを行き来できる“異世界人”だと言う事を知っている。

しかし、ターリ・ナハは多分、僕のそういった事情を知らないはずだ。

そこから話始めようか?

それで、どこまで話すか、だけど……

クリスさんもターリ・ナハも、アリアがどう説明したかは分からないけれど、危険だと分かっていて、それでも助けに駆け付けてくれた。

彼女達にも全てを話すべきだろう。


僕は改めて自分がこの世界の人間では無い事、

10日程前に、500年前の世界に召喚されて、魔王エレシュキガルを封印した事、

この世界に戻って来た後、僕等の世界地球に黒い結晶体とかつて魔王宮を護る結界の要であった4体の強大なモンスター達の内、3体までが出現した事、

この世界イスディフイにも黒い結晶体が出現している事、

それらに封印されているはずの魔王エレシュキガルが関わっているらしい事、

ノエミちゃんは、魔王エレシュキガルの力を削ぎ、霧の山脈での黒い結晶体出現阻止のため、神樹の間に籠って祈りを捧げたいと語った事、

そして今夜、ノエミちゃんがノエル様やノルン様達と対決するに至った事を詳細に語った。


話を聞き終えたクリスさんがポツリと呟いた。


「そうか……あれは君だったんだな。君がバハムートを……」


バハムート?

そう言えば……


「クリスさん、あの時第147話……臥竜山にいました?」


クリスさんは黙って頷くと目を閉じた。

やはり、あの時の白髪の人物はクリスさん!


「リーガス、メイサ、ロルム、デロン……皆、いいやつだった。僕が……」


クリスさんが震える声で、かつての仲間達と思われる名前を上げ始めた。

僕の脳裏に、バハムートに最後の突撃を行い、虫けらのように踏みつぶされた第146話あの冒険者の姿が蘇ってきた。

今クリスさんが口にした中に、きっと彼の名前もあるに違いない。

クリスさんの閉じられた切れ長の目尻に一瞬、光が灯った。

しかしそれはクリスさんが次に目を開いた時には消えていた。


すっかり湿っぽくなってしまった雰囲気を変えたくて、僕はターリ・ナハに話しかけた。


「そうそう、ターリ・ナハのご先祖様に、ボレ・ナークさんって名前の人、いないかな?」


ボレ・ナークさんは、500年前のあの時代、【黄金の牙アウルム・コルヌ】の族長を務めていた。


「もちろん知ってます。ボレ・ナークは、私から見て20代前、魔王エレシュキガルが世界を焼き尽くさんとする苦難の時代に一族を率いた偉大な族長でした。彼の時代に我等【黄金の牙アウルム・コルヌ】は、アールヴ神樹王国と初めて盟約を結ぶことになりました。タカシさんが、盟約の仲介をして下さったのですね。改めてお礼を申し上げます」

「お礼を言われる程大層な事はしてないよ。盟約を結ぶって決断を下したのは、ボレ・ナークさんとノーマ女王様だったし……」


ってあれ?

アク・イールは、盟約を結んでいたからこそ、ノルン様の命に従い、ノエミちゃんをさらったわけで……

少し暗い方向に思考が発展しそうになった僕は、慌ててインベントリを呼び出した。

そして、その中に収めていた一本の刀を取り出した。


無銘刀。

漆黒に輝き、まだ見ぬ真の主と出会える日を待ち続けているという刀。


僕はその刀をターリ・ナハに差し出した。


「これ、“返す”よ」


ターリ・ナハが怪訝そうな顔になった。


「この刀は?」

「この刀、500年前のあの世界で、ボレ・ナークさんからお礼にって貰ったんだ。確か、カルク・モレっていう獣人の始祖英雄が使っていたとかで、資格ある者が手にすれば、真の力を発揮するそうだよ。残念ながら僕はこの刀の真の力を引き出せないみたいだし、獣人の始祖英雄の刀だったら、やっぱり、未来の【黄金の牙アウルム・コルヌ】族長が持っているべきだと思うんだ」


ターリ・ナハがおずおずとその刀に手を伸ばした。

そして僕からその刀を受け取った彼女は、刀身をそっと鞘から引き抜いた。

刀身に刻まれた刀文はもんが、妖しくきらめいている。


僕は、魅入られたように刀文を見つめるターリ・ナハに、半ば期待を込めて声を掛けた。


「もしかして、真の力とか引き出せた?」


僕の言葉にハッとしたように顔を上げた彼女は、しかしすぐにはにかむような笑顔になった。


「いえ、この刀、私が装備しても攻撃力は1しか上がらないみたいです」

「そっか」


もしかしたらって思ったんだけどな~


「でもまあ、刀に主と認めてもらうには、何か条件があるかもしれないしねってあれ?」

「? どうされました?」


今の言葉、ボレ・ナークさんが僕に言った言葉第157話とほぼ同じだ。

僕は苦笑しながら言葉を返した。


「なんでもないよ。気にしないで」

「でも良い刀です。ありがとうございます。大切にします」



話が一段落したところで、僕は皆に話しかけた。


「ちょっとエレンと連絡が取れるか、試してみます」


そして目を閉じると、エレンに心の中で呼びかけた。


『エレン……』

『タカシ!』

『!』


念話が!

通じた!


『今、どこにいるの? ノエル様が、エレンとノエミちゃんは、エレンが精霊の力を借りて発動させた結界の中に居るって言ってたけど』

『その通り。今、神樹の間中心部に居る。すぐ傍で、光の巫女は祈りを捧げている。あなたこそ、今どこ? 王女ノエルの名前を出しているけれど、もしかして、アールヴに捕らえられた?』

『大丈夫! あれからすぐ、アリアがクリスさんとターリ・ナハを連れて助けに来てくれてね。今、皆でルーメルの『暴れる巨人亭』に戻って来たところだよ』

『良かった……私達の方は心配しないで。結界は精霊達が維持してくれている。アールヴは恐らくこの結界を破れない。終わったらまた連絡する』

『分かった。それとエレン……』

『何?』


ノルン様は、エレンに、エレンの宿る肉体が魔王エレシュキガルその人である、と告げた。

そして、エレンが自ら命を絶てば、魔王エレシュキガルも共に滅びるのだ、とも。

ノエミちゃんは、否定してくれたけれども……


突如、僕の心の中に、エレンに対する想いが、洪水のように溢れ出してきた。

彼女がかつて僕に語ってくれた“来歴”。

だけどそれが本当に彼女自身が体験したモノなのか、

或いはかつてノエミちゃんがそうではないかと推測し、恐らくノルン様もそう推測しているであろう、魔王エレシュキガルに与えられた偽りの記憶なのか……

そしてエレンが“普通の魔族の女の子”としてこの世界に生を受けた存在なのか、

或いは魔王エレシュキガルが、自身の道具として創り出した偽りの人格に過ぎない存在なのか……


僕には分からない。


だけど……

だけど、エレンがあの時苦しみ、絶望していたのを、あの時彼女をうちに宿し、感覚を共有していた僕は、僕だけは本当の意味で知っている。

そして僕なんかが示した生きる道を信じて、一人ぼっちで……恐らく本当にたった一人ぼっちで500年間も生き抜いてきて……そして……


だめだ。

かける言葉が見つからない。


『ありがとう』


エレンから暖かい思念が僕へと伝わってきた。


『こんな私の為にそこまで考えてくれるのは、この世界であなただけ』

『ごめん。僕は結局、君の為にまだ何も……』

『そんな事は無い。あなたは私にかけがえのないものをたくさん与えてくれた。生きる事、向き合う事、立ち向かう事、そして……人を愛する事。だから私は大丈夫。しばらく私はあなたを直接手助け出来ないけれど、無理だけはしないで』

『エレンも……それとノエミちゃんにも、あんまり無理しないよう伝えて』

『分かった。それじゃ』

『うん、それじゃあまた』



―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―



拙作【そして僕等は彼に出会う】に、クリスさん側から見たサイドストーリー書いてたりしますので、ご興味ありましたら、お読み下さい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る