第253話 F級の僕は、すっかり忘れていたあの人から電話を貰う


6月6日 土曜日7



エレンとの念話を終えた僕は、エレンとノエミちゃんの状況について皆に説明した。

クリスさんが口を開いた。


「二人の無事も確認できたし、そろそろ今夜はお開きにしないかい? 明日……って言っても、日付とっくに変わってるから、今晩になるのかな? とにかくまた来るから、状況に変化があったら、皆で相談しよう」

「分かりました。それじゃあ、僕も向こう地球が心配なので、一旦戻って、今晩又来ます」



皆に別れを告げ、無事地球のボロアパートに【異世界転移】で戻ってきた時、時刻は既に午前4時を回っていた。

既に白みかけている空を窓越しに見上げた僕は、手早くシャワーを浴びると布団に潜り込んだ。


…………

……

……ロピロン ピロピロピロン♪


ん?

何の音だろう……?

夢見心地ゆめみこごちの中、どこかから妙に規則正しい機械音が響いて……


あれ?

この音……


意識がはっきりしてくると、どうやらそれが、昨晩充電器に繋いでおいた僕のスマホの呼び出し音である事に気が付いた。


誰だろう?

こんな朝っぱらから……


まだ眠い目をこすりながらスマホに手を伸ばした僕は、寝転んだ姿勢のままスマホを手に取った。

画面には、N市均衡調整課が発信者として表示されている。

僕は画面をタップして電話に出た。


「……もしもし?」

『あ、中村さん? おはようございます。四方木です』

「おはようございます」

『ん? なんだか眠そうですね? 昨夜は遅かったんですか?』


遅いも何も寝たの、今朝の4時過ぎだし……

そんな事を考えながら、僕は机の上の目覚まし時計をチラッと見た。

時刻は、午前8時30分。

まだ4時間しか寝ていない……


「すみません、ちょっと色々用事を済ませてたら、ついつい寝るのが遅くなってしまいまして」


嘘は言ってない。


『中村さん、規則正しい生活を心掛けて、健康を管理していくのも仕事の一環ですよ?』

「いえ、ですから……」


……正式にはまだ均衡調整課の職員じゃ無いですよね?

言いかけて僕は苦笑した。

なんだかデジャブな会話だ。

それはともかく……


「朝からお電話頂くって事は、何かありました?」

『そうなんですよ。実は先週の『七宗罪QZZがらみの事件第187話について、なんですけどね』


眠気が一気に吹き飛んだ。


『……あの件で中国側も動いてましてね。向こうの情報機関のトップが昨日から日本に来てるんですが、その彼が中村さん達から直接話を聞きたいって言ってるんですよ』


七宗罪QZZ』を率いているのは、確か孫浩然スンハオランという名の中国人。

彼は、中国政府からも名指しでテロリスト扱いされてるんだったっけ?

まあ、その話をしてくれたティーナさんは、孫浩然スンハオランが裏で中国政府かその関係者と繋がっているのでは? と推測しているみたいだったけれど。


「そうなんですね。それで、僕はどうすればいいですか?」

『お手数ですけど、午後1時半に均衡調整課までお越し頂いても構いませんか?』


……クリスさん達との約束は今晩だし、今日は大学の講義も無いし、別段断る理由も見つからない。


「分かりました。それでは午後1時半前に受付に顔を出せばいいですか?」

『何言ってるんですか。中村さん、ウチの職員なんだから、裏の通用口から入ってきてもらって大丈夫ですよ』


まだ職員じゃ無いですよね?

という言葉は飲み込んで、僕は電話を切った。

直後、再び僕のスマホが鳴り出した。



―――ピロピロピロン♪ ピロピロピロン♪ ……



ん?

四方木さん、僕に伝え忘れてた事でもあったのかな?


慌てて電話に出た僕の耳に、良く知っている、しかし、四方木さんではない声が飛び込んできた。


『おい! お前、なんでずっとシカトこいてるんだよ!?』


この声の主は間違いなく僕の元同級生、鈴木亮太。

おかしいな?

あの時第116話散々脅したのに、なぜ今になってこんな高圧的な電話、掛けてきてるんだ?


「何か用?」

『何か用? じゃねぇよ! メッセージ全部無視しやがって、お前、何様のつもりだ?』


メッセージ?


言われて僕は思い出した。


―――『この前の斎原さんの件で話がある。連絡くれ』


確か、5月29日 21:27にチャットアプリに届いていた第175話メッセージ。

その後も何件かメッセージ届いていた気がしたけれど、全部読まずにスルーしてたっけ?


「均衡調整課の仕事を手伝うようになって、忙しくてチャットアプリ確認してなかったんだよ」

『F級のお前が? 均衡調整課で仕事? 見え透いた嘘つくんじゃねぇよ!』


僕は心の中で嘆息した。


「悪いけど、もう連絡してこないでくれるかな? あんまりしつこいと、この前程度で終われなくなるよ?」

『なんだと? F級のくせに脅してんのか? この前は焦ったけど、もうお前の手品のタネは割れてるんだ。諦めてさっさと来い!』


手品?

何の話をしてるんだろう?


「手品って?」

『とぼけるつもりか? お前のこの前のアレ、実は斎原さんのスキルだろ?』

「はっ?」

『はっ? じゃねぇよ! とにかくさっさと来い! お前が来ないとダンジョン潜れねぇだろうがよ!』


電話は一方的に切られてしまった。


―――この前のアレ、実は斎原さんのスキルだろ?


いや、文末に疑問符クエスチョンマークついてるけれど、僕の頭の上に浮かんでる疑問符クエスチョンマークの方が、より巨大なわけで……


僕はスマホのチャットアプリを立ち上げた。

そして、鈴木からの未読メッセージの履歴を確認した。

すると……


『斎原さんとどういう関係なんだ?』

『金か? それとも幼馴染的な何かで呼んできたのか?』

『さもお前が呼び出したように見せてたあの黒いの、実は隠れてた斎原さんのスキルだって事はもうバレてるんだ』

『F級のくせに俺等をコケにしやがって』

『バレたからってダンマリか?』

『次から報酬無しで荷物持ち決定な。とりあえず、6月6日朝9時、法連寺第八』

…………

……


大体分かった。

それにしても、えらく自分に都合のいい解釈をする奴だ。

まあ常識的に考えれば、全てのステータスが“1”(のはず)のF級に、D級の自分が手も足も出なかったって方が、信じられないのだろうけれど。

どうしよう?

とりあえず直接会って、もう一度、脅し直しとくか……


僕は準備を済ませると、スクーターにまたがった。



法連寺第八は、N市中心街近くの空き地にその出入口があるD級ダンジョンだ。

僕も以前、何度か鈴木達に呼び出されて、荷物持ち奴隷として潜った事が有る。

中の構造も至ってシンプルで、出現モンスターも、少なくとも今の僕なら、素手でも倒せそうなのばかりだったはず。

走る事20分程で、法連寺第八入り口ゲート脇に整備された駐車場が見えてきた。

駐車場には、既に10人程の男女が集まっていた。

向こうも僕に気付いたらしく、僕の方を指さして何か話している。

そのまま駐車場の隅にスクーターを停めた僕の方に、彼等の中から何人かが近付いて来た。


「おい中村! この前はよくもナメた真似してくれたよなぁ?」


山本栄作。

D級。

この前、鈴木と一緒に僕を待ち伏せていた奴だ。


「ダンジョン潜る前に、まずは土下座して貰おうか」


友永勇一。

D級。

同上。


そして……



―――ガシャン!



無言で僕のスクーターを蹴り倒してくれたのは、鈴木亮太。

って、普通、いきなり人のスクーター、蹴り倒すか?

カウル割れたし。


僕がスクーターを起こすためにしゃがみ込んだタイミングで、鈴木が僕に掴みかかってきた。

しかし、次の瞬間……



―――バチン!



鈴木は弾き飛ばされ、地面に尻もちをついた。

山本と友永が、慌てたような声を上げた。


「おい、鈴木、どうした?」


鈴木は少しキョトンとした感じであったが、すぐに顔を真っ赤にしながら立ち上がった。


「ちょっと足滑らせちまったんだよ!」


実際はもちろん、白黒縞々の長袖Tシャツの下、右腕に嵌めてる『エレンの腕輪』が仕事自動防御をしてくれたんだけど。

しかし、そんな事を知る由も無い鈴木は、再び僕に掴みかかってきた。

そしてまたも弾き飛ばされ、盛大に尻もちをついた。

さすがに二度目ともなると、鈴木が単に“足を滑らせた”わけでは無いと気が付いたのだろう。

鈴木が顔を歪ませながら再度立ち上がる中、山本と友永が不安そうに周囲を見回した。

そんな彼等にスクーターを引き起こしながら僕は語り掛けた。


「悪いけど、斎原さんとかそういう関係の人、探してもいないから」


って、本当に来てないよね?

来てたら来てたで、彼等の“勘違い”を補強する材料にしかならないし。

僕も少し不安になって辺りを見回したのは、ここだけの話だ。


鈴木が、僕に探るような視線を向けて来た。


「……どういう事だ、お前? F級じゃ無かったのかよ?」

「さあね。試してみる?」

「なんだと?」

「今から10分上げるよ。あっちで待ってるお仲間も合わせて、皆で全力で僕を攻撃してきなよ。僕のHP、1でも削れたら、土下座して、一生タダで荷物持ちしてあげるからさ」


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