第250話 F級の僕は、ノエミちゃんがエレンについて語るのを聞く


6月6日 土曜日4



ノエミちゃんは、エレンに語り掛けた。


「正直に告白すると、実は少し前まで、私もあなたが自ら命を絶てば、魔王エレシュキガルが消滅すると考えておりました」

「やはり私は……」

「けれどタカシ様から500年前、何があったのかその詳細をお聞かせ頂いた時、それが誤った考えであったと気付きました」


ノエミちゃんは、ノルン様とノエル様の方に向き直った。

そして毅然とした態度で言い放った。


「エレンが命を絶っても魔王エレシュキガルは消滅しません。つまり、世界は決して救われない」


ノルン様の表情が険しくなった。


「愚かな……何を根拠にそのような世迷言を口走っているのですか?」

「世迷言ではございません。もちろん、一時の感情に流されて口にしているのでもありません。れっきとした根拠がございます。それを今からご説明します。お母さまはご存知なかったかもしれませんが、タカシ様は、{封神の雷}という魔法を使用して魔王エレシュキガルを封印しました。いかなる存在をも封印してしまえるというその魔法、代償はHPの全損……」」


そうですよね?

ノエミちゃんが向けて来た視線に、僕は黙って頷き返した。


「ところがタカシ様は当初、その魔法を使用出来なかった。使用可能になったのは、ある条件を満たした時でした」


ノエミちゃんが、エレンに優しい眼差しを向けた。


「それはタカシ様が、エレンの来歴を知り、エレンの苦悩を知り、彼女の全てを受け入れると決意された瞬間でした。その瞬間、タカシ様に即死無効の効果を与える『エレンの祝福』が付与されました。そしてタカシ様は、{封神の雷}を使用可能となられたのです」


ノルン様が驚いたような声を上げた。


「エレンの“祝福”? 即死無効!? 有り得ません。“祝福”を授ける事が出来るのは、創世神イシュタル様のみ。魔王エレシュキガルはおろか、その道具に過ぎないそこの魔族の女にそのような力があるとは、到底信じられません」

「ですが現実に、タカシ様のステータスには、『エレンの祝福』が表示されています。『エレンの祝福』がタカシ様を護ったからこそ、タカシ様は{封神の雷}を使用してなお、お命を落とされる事無く、この世界に無事帰還なさったのです」


ノエル様が僕に呼びかけた。


「タカシ様、今のお話、真実でしょうか?」

「はい。なんでしたら僕のステータス、今お見せしましょうか?」


とは言ったものの、実際にステータスを見せるには、少し距離が有り過ぎるのだが。

それもあってか、ノエル様、或いはノルン様は、僕にステータスを実際に見せろとは言ってこなかった。

ノエミちゃんが言葉を続けた。


「『エレンの祝福』に関しましては、私に個人的な解釈がございます。{封神の雷}も『エレンの祝福』も、恐らく創世神イシュタル様の御意思が働いた結果と考えております」

「ノエミ、いくら我が娘でも口にして良い事と悪い事があります。あなたのげんに従えば、創世神イシュタル様が、そこの魔族の女を通じてタカシ様に“祝福”を授けられた、と聞こえますよ?」

「聞こえるも何も、私はそう申し上げております。ですから、エレンは魔王エレシュキガルとは全く異なる存在だ、とも」

「それは……何かの間違い、或いはあなたの思い込みです」

「つまり、エレンが創世神イシュタル様の光の御業みわざの伝達者になり得るはずがない、と?」

「そうです。有り得ない事です。それは本来、光の巫女にのみ許された役割……」

「では、エレンが魔王エレシュキガルだとすれば説明のつかない他の根拠もお示ししましょう」


ノエミちゃんは、ノエル様に話しかけた。


「お姉さまは既にご存知かもしれませんが、神樹第81層以降のゲートキーパー達を斃したのはタカシ様です。アールヴにいなかったはずのタカシ様が、いかにして神樹を昇ることが出来たのか? それは、エレンがタカシ様を神樹内部へと転移で導き、ゲートキーパー達を斃すのを手伝ったからです」


ノエル様の目が大きく見開かれた。


「闇を統べる者が、ゲートキーパー討伐を手伝った……? いえ、その前に、本当にそこの闇を統べる者が、神樹内部へと直接転移出来たというのですか?」

「そうでなければ、タカシ様は一体、いかようにして神樹を昇られたとお考えですか?」


ノルン様が険しい表情のまま、口を開いた。


「ノエミ……あなたが、神樹内部に何か細工を施したのではないですか?」

「お母さま、西の塔に閉じ込められていた私にそのような事、不可能なのは、お母さまが一番よくご存じのはず」


僕はそっとノエミちゃんに話しかけた。


「神樹内部にエレンが直接転移出来るのって、何かおかしな事なの?」


ノエミちゃんが微笑んだ。


「神樹は元々、創世神イシュタル様の御座所。闇の眷属モンスター達が徘徊するようになった後も、闇に属する者が内部に直接転移する事は、本来ならば不可能なはずなのです」


言われてみれば、初めて一緒にエレンの転移で神樹内部のダンジョンを訪れた時、ノエミちゃんはひどく驚いてた第47話っけ?


それはともかく……

ノエミちゃんの言葉通りなら、エレンはどうしていとも簡単に神樹内部へ転移出来るのだろうか?

それに今更だけど、エレンは、神樹内部に詳しすぎないか?

解放されていないはずの階層の構造、ゲートキーパー、出現モンスター達……

エレンはいつも自分の庭を行くかの如く、僕等を案内し、モンスターやそのドロップアイテムについて解説してくれていたけれど……?


ノエミちゃんが再びノルン様に視線を向けた。


「さらに、これは私も驚いた事ですが、エレンは精霊と交信する事が出来ます。つまり、精霊の姿を見て、声を聞き、対話をする事が出来るのです」

「精霊と交信!? それこそ有り得ません! 闇に属する者が、どのようにして精霊と心を通わすことが出来ると言うのですか?」


精霊……本来は、光の種族であるエルフの中でも一握りの一族――恐らく、アールヴの王族の事だろう――のみが心を通わせる事の出来る存在。

僕はかつてエレンが語っていた言葉第163話を思い出した。


「お母さま、ターリ・ナハを覚えてらっしゃいますか?」


ノルン様は答えない。

ノエミちゃんも最初から答えを期待していなかったのか、そのまま言葉を続けた。


「タカシ様が巡回する精霊を回避し、誰にも悟られる事無くターリ・ナハを解放出来たのは、エレンの協力があったからこそです」


ノエミちゃんがエレンに微笑みかけた。


「エレン、ここにいる皆さんに、あなたの『精霊のうた』を聞かせてあげて下さい」


しかし、エレンは力なく首を振った。


「それは無理……ここは光の力が強すぎる。私は……」

「本当にそうですか?」


エレンの顔に怪訝そうな表情が浮かんだ。


「何を言って……?」

「本当にこの場所の光は、あなたの力を抑制していますか?」


ノエミちゃんがエレンに手を差し伸べた。

エレンは少し逡巡する素振りを見せた後、その手を取った。

二人を中心として、何か暖かい波動のようなものがゆっくりと溢れ出していく。

そして、エレンがゆっくりと立ち上がった。

その姿を目にしたノルン様の顔に明らかな動揺の色が表れた。


「この光の中で、なぜあなたは立ち上がれるのです!?」


そんなノルン様に、ノエミちゃんが声を掛けた。


「お母さま、そろそろ私は、本来のお勤めに戻らせて頂きます」


そしてノエミちゃんは僕にも語り掛けた。


「タカシ様、随分時間をロスしてしまいましたが、これより光の巫女としての責務に戻ります。私の事は、エレンが護ってくれると思いますので、その間、外の世界の事、宜しくお願いします」

「え? ノエミちゃん、どうするつもり?」


ノエミちゃんはそれには答えず、エレンを促した。


「さあ、歌って下さい」


やや戸惑った雰囲気であったエレンは、しかしすぐに目を閉じた。

彼女の口から美しい調しらべがつむぎ出され始めた。

それを耳にしたノルン様、ノエル様、それに後方で詠唱を行っていた宮廷魔導士達の間にも、はっきりと分かる動揺の波が広がっていく。


「これは……『精霊の詩』!?」

「馬鹿な、なぜ魔族が『精霊の詩』を歌えるのだ?」


エレンの歌声に呼応するかの如く、金色の光が彼女の周りに集まってきた。

それを目にしたノルン様が叫んだ。


「結界を張ろうとしています! 詠唱を続けなさい!」


そして、ノルン様もまた、歌うように何かの詠唱を開始した。

突然、凄まじい光の奔流が僕の視界を埋め尽くした。

次の瞬間……



―――ドォォン!



轟音が響き、僕は吹き飛ばされてしまった。


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