第248話 F級の僕は、神樹の間にて意外な人物と再会する


6月6日 土曜日2



アリアはついさっきまで、僕等と一緒に神樹の間に行く気満々だったはず。

急に心変わりしたとは思えないのだが……


戸惑う僕に、ノエミちゃんが頭を下げてきた。


「申し訳ございません。アリアさんの前では、さも危険性が低いかの如く話しましたが、私達が今から向かう神樹の間では、大変な危険が私達を待ち構えているはずです。光の巫女である私、“特殊な事情”を持つエレン、異世界の勇者様であるタカシ様なら切り抜けられるかもしれませんが、普通の冒険者であるアリアさんには万が一が有り得ます。ですから、エレンに頼んで、アリアさんを安全な場所に送り届けて貰いました」


僕は内心、複雑だった。

確かに、今夜の神樹の間にアリアを連れて行くのは反対だったけれど、最終的に彼女は自分の意思に反して“置いてけぼり”を食らった格好になったわけで……


エレンが口を開いた。


「光の巫女は、覚悟を決めている」

「覚悟?」

「光の巫女は、今から向かう神樹の間で、何日かかろうとも、その間、どのような妨害を受けようとも、魔王エレシュキガルの力を抑え込めたと判断できるまで、祈りを捧げ続けるつもりでいる。私が光の巫女を護るから、あなたには私達を護って欲しい。アールヴのエルフ達は、イシュタルの光の民を自負するからこそ、イシュタルより予言された勇者たるあなたを、決して殺したりする事は出来ない。だけどアリアは違う。アールヴはアリアを人質に取るかもしれないし、アリアを使ってあなたの心を攻めようとしてくるかもしれない。必要と感じれば、アリアの命を奪おうとさえするかもしれない。今から向かう神樹の間は、本来光の領域。私の力は著しく抑制されるはず。その状態でアリアを狙われた場合、少なくとも私は、光の巫女を護りながら、同時にアリアを護り切れるか自信が無い」


―――アリアを護り切れるか自信が無い。


アールヴがどこまで本気になっているのか不明な現状、それはそっくり、僕の言葉でもある。


「光の巫女は覚悟を決めているからこそ、神樹の間へ向かう前にこの街テレスにやってきた。神樹の間で、光の巫女はもしかすると封印されてしまう可能性すらある」


だからこそ、自由に行動出来る今のうちに、テトラさん達に救いの手を差し伸べておきたかった、と言う事か。

ノエミちゃんの姿が、いつも以上にまぶしく見えた。


光の巫女が、創世神イシュタルの代行者であるならば、

そしてあの双翼の女性が、エレンを救って欲しいと願ってくれたあの心優しき女神がイシュタルであったのならば、

やはりノエミちゃんこそ、光の巫女であり続けるべき存在だ。


「そろそろ参りましょう」


ノエミちゃんの言葉に僕とエレンは頷いた。


僕はインベントリを呼び出した。

そして素早く装備を変更すると、カロンの小瓶を飲み干した。


一応、ステータス、確認しておこう……



―――ピロン♪



Lv.105

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+104、+52、+100)

知恵 1 (+104、+52、+100)

耐久 1 (+104、+52、+100)

魔防 0 (+104、+52、+100)

会心 0 (+104、+52、+100)

回避 0 (+104、+52、+100)

HP 10 (+1040、+520、+1040)

MP 0 (+104、+52、+10、+104)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】

装備 ヴェノムの小剣 (風)(攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   ステータス常に50%上昇 (エレンの祝福)

   即死無効 (エレンの祝福)

   MP10%上昇 (月の指輪)

   全ステータス+100(技能の小瓶、残り98分15秒)

   HP100%上昇(強壮の小瓶、残り98分30秒)

   MP100%上昇(強壮の小瓶、残り98分45秒)



エレンが僕の右手を取り、その僕の左手をノエミちゃんが掴んできた。

エレンが何かを呟いた瞬間、僕等の視界は切り替わった。

突然飛び込んできたまばゆい光に、一瞬目を焼かれたけれど、それはすぐに収まった。

視界が落ち着くと、そこがテレスの裏路地とは比較にならない位、強い光に満たされた空間である事に気が付いた。

丸く天井の高いドーム状の構造物の中。

その天井からは輝く太陽のような光が降り注ぎ、磨き上げられた白く硬い床には、複雑な幾何学模様が精緻に刻み込まれている。

直径5m程のその丸い床が途切れた先には、丁寧に手入れされた芝生が広がっていた。


神樹の間。

光の巫女が、本来居るべき場所。


僕はすぐに腰のヴェノムの小剣を抜き、油断なく身構えた。

しかし、見える範囲内には“敵”の姿は見当たらない。


あれ?

ノエル様か、ガラクさんか、とにかく何者かが、僕等を待ち受けているんじゃ無かったっけ?


若干拍子抜けする僕をよそに、ノエミちゃんは魔法陣の中央でしゃがみ込むと、一心不乱に祈りを捧げ始めた。

彼女を取り巻くように、金色の何かが集まってくる。


あとはこのまま、ノエミちゃんの御祈りが終わるのを待っていればいいのかな……


僕の気が少し緩みかけた瞬間、エレンが鋭い声を発した。


「そこにいるのは誰!?」


エレンに視線を向けると、彼女は芝生の上、僕には何も見えない虚空の一点に厳しい視線を向けていた。


まさか……!?


「【看破】……」


しかし、僕のスキルが発動する前に、その何も無かったはずの空間が揺らめくと、一人の人物が姿を現した。

さらにその後方、僕等を取り囲むようにして立つ大勢のエルフ達もまた、揺らめきながら姿を現した。

彼、彼女等は皆、一様に美しいローブを身に纏い、杖を手にしていた。

その姿は、500年前のあの世界で見た、アールヴの宮廷魔導士達を彷彿とさせた。

最初に姿を見せた人物は、エルフの女性であった。

白く上品なドレスに身を包み、頭上には、宝石が散りばめられたティアラが輝いている。

彼女のたおやかな微笑みを浮かべる顔を目にした僕は、彼女が何者であるかを瞬時に悟った。

僕よりも先に、彼女が口を開いた。


「お久し振りです。タカシ様、そして闇を統べる者よ……」


周囲の異変に気付いたらしいノエミちゃんが祈りを中断して立ち上がった。

彼女は、微笑みを浮かべて立つティアラを冠する女性を目にすると、大きく目を見開いた。


「お母さま……?」


やはり、彼女は当代のアールヴ神樹王国女王、そして500年前には光の巫女を務めていたノルン様!

ノエミちゃんが戸惑いながらノルン様に話しかけた。


「お母さま、なぜここへ? 病に伏せってらっしゃるとお聞きしていましたが……」

「病を患っているのは事実ですよ。病の原因は、そう、あなた達です」


僕等の間にさっと緊張が走った。

エレンが何かを歌うように口ずさみ始めた。

が、しかしその詠唱は突然中断し、彼女は床に膝をついてしまった。

フードが脱げ、中から魔族の象徴である一対の角と、闇のように輝く黒髪が零れ出た。


「エレン!」


慌てて駆け寄る僕に、エレンが苦し気に囁いた。


「私はいいから……光の巫女を……」


そんな僕等に冷ややかな視線を向けながら、ノルン様が口を開いた。


「やはり所詮は闇に属する者。少し光を強めただけで、もう立ち上がれなくなりましたか? あなたのスキルも全て封じました。今度こそあなたを完全に消滅させてあげましょう」


ノルン様がさっと右手を上げた。

と、後方の宮廷魔導士達が、一斉に何かの詠唱を開始した。

途端にエレンの表情が苦悶に歪む。


「止めろ!」


思わず飛び出そうとした僕の手を、誰かが後ろに引いた。

それはノエミちゃんであった。

彼女の口から美しい調べが歌のように流れ出すのと同時に、エレンの表情が和らいだ。

ノエミちゃんが、エレンと僕をかばうように前に出た。


「お母さま、今の状況、ご説明頂いても宜しいでしょうか?」

「順序が逆ではありませんか? 不肖の娘よ。まずはあなたが説明するべきでしょう。光の巫女でありながら、闇を統べる者と行動を共にし、あまつさえかばうとは……やはり、あの幻視通りに事態が進行している、という事でしょうか……」

「お母さま、一体何のお話を?」

「いいでしょう。当事者たるあなた達にも知る権利はあります」


ノルン様は僕達の反応を確認するかの如く、少し間を置いてから話し始めた。


「勇者が再びこの世界に降臨するとの啓示が下されたあの夜、私は突如、ある情景を幻視しました……」


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