第244話 F級の僕は、エレンの思考がアブない方向に突っ走りそうになって大いに慌てる


6月5日 金曜日14



女官達を従えたノエル様は、僕を王宮地下1階の宝物庫へと案内してくれた。

学校の教室程度の広さの宝物庫の内部には、アールヴ神樹王国に代々伝えられてきたという武器や防具、宝具がよく手入れされた状態で保管されていた。

その一角に、“伝説の勇者”がこの世界に残していったという武器や防具が、丁寧に並べられていた。

この世界で4人の冒険者達と一緒に神樹を登る際、僕も身に付けた光の剣、兜、鎧、盾……

500年前のあの世界を経験してきたからこそ、であろう。

それらの品々を目にした僕の心の中に、以前には感じなかった郷愁のような想いが込み上げて来た。


と……


「これは?」


僕は光の武具一式の傍に、棒状の何かが細長い袋に包まれた状態で置かれている事に気が付いた。


「どうぞ手に取ってご覧になってみて下さい」


ノエル様に促されて、僕はその棒状の何かを包んだ袋を手に取った。


「開けてみても?」

「もちろんでございます」


袋の中には一振りの刀が入っていた。

僕等の世界地球の日本刀によく似たその刀は……


「あっ!」

「どうされました?」


思わず声を上げてしまった僕に、ノエル様が声を掛けて来た。


「あ、いえ、ちょっと知っている武器によく似ていたもので……」


それはまぎれもなく、あの『無銘刀』であった。

500年前のあの世界で、当時の【黄金の牙アウルム・コルヌ】の族長ボレ・ナークさんから、部族を救ってくれたお礼だと言って貰った第157話

僕は懐かしさと共にその刀を鞘から抜いてみた。

その刀身は、あれから500年を経ているとはとても思えない程澄んでいた。


確かこの刀、資格ある者が手にすれば、真の力を発揮する、とか言ってたっけ。

ただあの時の僕が装備しても、その真の力とやらは引き出せなかったけれど……


ひとしきり感慨にふけっていると、ノエル様が声を掛けて来た。


「その刀に随分ご執心なご様子。何か思い入れでもお持ちですか?」

「そういうわけでは無いのですが」


僕は照れ隠しに苦笑しながら、刀を鞘の中に戻した。

その様子をじっと見つめていたノエル様が、意外な言葉を口にした。


「もし宜しければお持ちになって下さって構いませんよ」

「え?」

「それは元々勇者様の所持品ですし」


ん?

なんだろう?


僕はノエル様の言葉にわずかなひっかかりを感じた。


「勇者って、500年前の伝説の勇者の、ですよね?」

「はい」

「僕が勝手に持ち出しても構わないのでしょうか?」

「構いませんよ。光の武具一式と違って、勇者たる資格に何か影響を与える品ではありませんし」


なるほど。

500年前の勇者の所持品だけど、大した品じゃ無いし、今の勇者(とアールヴが見なしている)僕が持ち出しても構わない、という論法なのだろう。


「ありがとうございます」


僕は『無銘刀』を袋に包むとインベントリにそれを放り込んだ。



宝物庫をあとにした僕は、ノエル様の勧めもあって、アールヴ王宮最上階の大浴場でゆっくり汗を流させて貰った。

その後再び自分の部屋に戻って来ると、時刻は既に午後11時を回っていた。


確かノエミちゃん、午後11時半頃をめどに、西の塔にエレンと一緒に直接転移して来て欲しいって言ってたっけ……


僕は『二人の想い(右)』をインベントリから取り出した。

そしてそれを右耳に装着すると、アリアに念話を送ってみた。


『アリア……』


僕の呼びかけが終わるか終わらない内にすぐに返事が有った。


『タカシ!』

『素早いね?』

『ちょっと! 何度もこっちから念話送ってたのに…… もしかしてイヤリング、またインベントリに仕舞いこんでたでしょ?』


どうやらアリアは、晩餐会が終わって部屋に戻った後、ずっと左耳に『二人の想い(左)』を装着しっぱなしだったようだ。


『ごめんごめん。実はあの後、またノエル様と話したり、大浴場に行ったりしてたんだ。だからどのみち、アリアに念話を送れる状況にはなかったんだよ』

『王女様と? 何の話? もしかして、神樹のゲートキーパーの話、もう一回蒸し返されてたとか?』


晩餐会の後、ノエル様と4人の冒険者達から神樹第81層~第85層のゲートキーパー達の謎の失踪について尋ねられた時、アリアもその場に居合わせた。


『いや、そう言うんじゃ無いんだけどね……』


アリアと話しながら、僕は改めてノエル様が口にしていた魔族に対する強い敵意を思い返していた。


『そうそう、ちょっと聞いてみたいんだけど』

『何?』

『アリアって……魔族の事、どう思う?』

『魔族って、エレンの事?』

『エレン限定じゃ無くて、魔族全般に関して、なんだけど』

『う~ん……別にどうも思わないかな。と言うより、エレン以外の魔族って知らないし。って、どうしてそんな事聞くの?』

『いやほら、午前中、エルザさん、エレンと言うか魔族に対してとても否定的な感じだったでしょ? で、さっきノエル様と話した時も、やっぱりそういう感じだったからさ。魔族って、この世界では嫌われてる、或いは明確にこの世界の敵認定されちゃってるのかな~って』

『まあ、あんまりいいイメージでは見られてないかな。でも、明確に敵認定とかされてるって感じじゃ無いと思うけど』

『そうなんだ』


もしかすると、エルザさんやノエル様の魔族への敵意は、彼女達がエルフだという種族的な背景があるのかもしれない。


『それより、もうそろそろじゃないの? ノエミんところ行くの』

『そうだね。アリアは準備、もういいの?』

『いつでも出られるよ』

『じゃあ迎えに行くね』

『待ってる』


僕はそっと扉を開いて廊下に出た。

幸い、廊下には誰もいない。

そのままアリアの部屋に向かいながら、僕は心の中でエレンに呼びかけた。


『エレン……』

『……向こうでボティスは無事、倒せたの?』

『おかげさまで……』


と言いかけて、僕はエレンから渡されたあのスクロールを使用しなかった事を思い出した。

レベル100以下ならゲートキーパーですら即死させるという強力な呪法が封じられたスクロール。

でも使う必要性感じなかったしな……


恐らくそれが伝わってしまったのだろう。

エレンが明らかに不機嫌になった。


『スクロール、使わなかったの?』

『うん、まあ使う暇が無かったというか』

『あれだけ言ったのに……出会い頭ですぐ使ってって……』


エレンとの間のパスを通じて、彼女の感情が猛烈なスピードで落ち込んでいくが僕の方にも伝わってきた。


『あのさ、戦いの様子見せるよ……』


僕は心の中で、富士第一93層のゲートキーパー、ボティスと戦った時の事を思い返した。

この情景はエレンにも伝わっているはず。


『……ね? 使うまでも無かったって感じでしょ?』


しかしエレンの機嫌が回復する様子は感じられない。

代わりに、彼女の思考がアブない方向に発展しそうなのが伝わってきた。


『……地球で勝手にゲートキーパーと戦わさないためには……【異世界転移】のスキルを封じて……ずっと私の傍に……』

『ちょ、ちょっと、エレンさん?』


エレンがはっとするのが感じられた。


『な、なに?』

『え~とですね……』

『今のは無し。気にしないで』


“無し”とは、僕に聞かなかったことにして欲しいのか、アブない考えそのものをちゃんと却下してくれるのか……


『とりあえず却下の方。だけど、あんまり私を心配させないで。でないと私……』

『分かった! エレンに心配かけない!』


エレンの気持ちが一旦落ち着くのを待ってから、僕は本来の用件を切り出した。


『実はお願いがあるんだけど』

『なに?』

『今からアリアと合流するからさ、僕等をノエミちゃんのところに転移で連れて行って欲しいんだ』

『光の巫女のいる場所……西の塔? でも、あそこは……』

『ノエミちゃんが、結界に綻びを作っておくって言ってたよ。そうすれば、エレンも直接転移できるようになるはずだって』

『……光の巫女が? わかった。アリアと合流したら教えて』

『うん、ありがとう。じゃあまたあとで』


エレンとの念話を終えたタイミングで、僕はアリアの部屋の前に到着した。

幸い、ここまで誰にも遭遇していない。



―――コンコン



「は~い」


元気な声で扉が開き、僕は無事アリアと合流した。


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