第243話 F級の僕は、ノエル様の魔族に対する思いを知る


6月5日 金曜日13



「あれは一昨日の事じゃ……」


2週間前に僕と別れた後も、ネイ・カーンさん達4人は、神樹第81層の探索を続けていた。

そして一昨日、ついに第81層のゲートキーパーの間に到達したのだという。


「我等は勇んでゲートキーパーの間に通ずる扉を押し開けた。するとどうじゃ、そこに居るはずのゲートキーパーは姿を消しておった。そして我等はゲートキーパーを斃す事無く、第82層に到達する事が出来たのじゃ」


不思議に思った4人の冒険者達は、1度第1層に戻る事にした。

そして試しに転移ゲートを使用して第82層への転移を試みた。

その試みはあっさりと成功し、第82層のゲートキーパーも既に姿を消している事が確認された。

同様の手法で調査したところ、今日の午後の時点で、第83層、第84層、そして第85層までがいつの間にか解放されている事が判明したのだという。


「最初は我等以外の別のパーティーに先を越されたのかと思っていたのじゃが……」


少なくとも、ギルドの調査では、現在、第81層~第85層のゲートキーパーを斃した冒険者は見つかっていない。


「それで、勇者殿が何か御存知では無いか、と」

「そうだったんですね……」


まあ、御存知では無いかと問われれば、御存知ではあるのだが。

第85層までのゲートキーパー達、全部、僕が斃しちゃったし。

しかしそれを肯定するわけにはいかない。

僕はこの2週間程は、ルーメル周辺で過ごしていた、という事になっている。

その僕が実はエレンやアリア、ノエミちゃん達と神樹攻略進めていました~とカミングアウトするのは、物凄くややこしい事になってしまう。


「すみません、ちょっとその辺の事情はよく分からないんですよ。ほら、僕はここ2週間、アールヴにはいなかったもので」


4人の冒険者の一人、マイヤさん――ヒューマンの神官だ――が僕の顔をじっと見つめながら、問いかけて来た。


「勇者様は、もしや転移能力をお持ちだったりはされませんか?」

「いえ、僕は転移能力に類するスキルや魔法は持っていないです」


別に嘘は言っていない。


「では、第85層までのゲートキーパー消失に心当たり、お持ちでは無い?」

「残念ながら、心当たりは無いですね」


僕は、青い瞳でまっすぐ見つめて来るマイヤさんからそっと視線を外した。


「ま、いいんじゃないかい?」


それまで黙って僕達の話を聞いていたガルベルさん――ドワーフの戦士だ――が口を開いた。


「どうせ第110層目指すんだ。途中のゲートキーパー達が勝手にどっか行ってくれるなら、有り難い話じゃねぇか」

「それはそうですが……」


マイヤさんは、納得して無さそうな雰囲気のまま口ごもってしまった。

話が一区切りついたと見たらしいノエル様が口を開いた。


「ゲートキーパーの件は、光樹守護騎士団にも調べさせましょう。ところでタカシ様、明日からはまた彼等と共に神樹をお昇り頂ける、という事で宜しかったでしょうか?」

「それはもちろんです」

「ま、とりあえず明日からは宜しく頼むぜ!」


ガルベルさんが、僕の肩をぽんぽん叩いた。



彼等と別れ、アールヴ王宮内に与えられた自分の部屋に戻って来た僕は一人、ベッドの上に仰向けに横たわっていた。

明日からまたあの4人の冒険者達と“正規の手段で”神樹に登る事になる。

という事は、多分、またあの光の武具一式に身を固めて……


そこまで考えた僕は、500年前のあの世界から帰って来た時感じた疑問を思い出した。


そう言えば、向こう500年前の世界で装備していたはずの光の武具一式、こっちに戻って来たら全部元の装備に入れ替わっていたよな……

でも、その光の武具一式が、ちゃんと500年後のこの世界に伝わっているって事は、もしかして僕がこの世界に戻って来る際に、全部脱げて、魔王宮があった場所に落ちていたって事かな?


そんな事を考えていると、扉がノックされた。


―――コンコン


「はい」


扉を開けると、女官達を従えたノエル様が立っていた。


「タカシ様、少しお話、宜しいでしょうか?」

「どうぞ」


ノエル様は、女官達に外で待つように告げると、一人で部屋の中に入ってきた。

僕はノエル様に、ソファに腰かけるよう勧めながらたずねてみた。


「どうかされましたか?」


気のせいだろうか?

ノエル様の表情が硬い気がする。

ソファに腰を下ろしたノエル様は、少し逡巡するような素振りを見せた後、口を開いた。


不躾ぶしつけな質問かもしれませんが……タカシ様はその……魔族のお知合いがいたり……という事はございませんか?」


僕の鼓動が少し早くなった。

エレンの事を言っている?

僕は内心の心の動きを極力表に出さないようにしながら聞いてみた。


「どうしてそう、思われました?」

「いえ、なんとなく……です」

「なんとなく?」


なんだろ?

そもそも、どうしてノエル様は急に“魔族の知り合い”の話を持ち出してきたのだろう?

まさか夜な夜な、エレンに手伝ってもらって神樹第85層まで攻略してしまったのがバレてる?

少しの沈黙の後、ノエル様が口を開いた。


「異世界からいらっしゃったタカシ様はお詳しく無いかもですが、魔族はこの世界にとってあだ成す存在なのです」

「それは……500年前にこの世界を滅ぼそうとした魔王エレシュキガルが魔族の外見をしていたから、でしょうか?」


ノエル様の表情が険しくなった。


「外見……もしかしてタカシ様は、魔族の中から魔王が誕生したのを偶然の産物、と思われていらっしゃいますか? つまり500年前、“たまたま”、“魔族”の一人が魔王となって、この世界の半分を焼き払った、と」

「違うのですか?」

「違います。魔族とは、創世神イシュタル様に背を向け、闇に潜む種族。光の恩恵を受ける私達エルフを始めとした、他の全ての種族にとって、元々仇敵というべき存在なのです。ですから、魔族の中から世界を滅ぼそうとする魔王が現れたのは必然……」


ノエル様の話しぶりからは、魔族に対する強い敵愾心、憎悪のような感情が伺えた。

僕はその事にかなりの違和感を抱いた。

マテオさんやアリアも最初、魔族エレンに余り良いイメージを持っていなさそうだったけれど、今ではそれなりに仲良くなって、皆で食卓を囲んだりしている。


「ですが、全ての魔族が敵……というわけでは無いですよね? 魔族の中にも、平和に暮らしている人々も……」

「……やはり、勇者様は闇に……」

「えっ?」


ノエル様がはっとしたように顔を上げた。


「すみません、不快な話をお聞かせしてしまいました」

「いえ、それは気になさらないで下さい」

「タカシ様、一つだけ、覚えておいて頂きたい事がございます」

「なんでしょうか?」

「光と闇の選択を迫られた時、決して道を誤られませんように」

「!」


エルザさんも、ノエミちゃんに似たようなフレーズの“忠告”を行っていなかったか?

唐突に500年前のあの世界で、ノルン様から投げかけられた最後の言葉を思い出した。



―――闇に魅入られてしまったあなたでは、世界を救えない



ノルン様は今、どこでどうしているのだろうか?

公式発表通り、病で伏せっているのだろうか?

それとも……?


僕はノエル様に話しかけた。


「ところで女王陛下……ノルン様は今、どうなさってらっしゃいますか?」


ノエル様の顔が悲し気に歪んだ。


「母は病篤く、ここ1ヶ月程、ずっと伏せっております」

「そうなんですね……お見舞い、させて頂くわけにはいかないですか?」

「申し訳ございません。せっかくのお申し出、大変有り難いのですが、もう少し病状が落ち着いてから、でお願いします」


ノルン様が実際どういう状態であるにせよ、今は“正規の手段”で会う事は無理なようだ。

すっかり重くなってしまった空気を変えようと、僕は別の話題を振ってみた。


「そう言えば、前に神樹に登る時お貸し下さった光の武具一式、あれって、500年前の伝説の勇者の装備品、なんですよね?」

「はい、そうですよ。光の武具一式に身を固めた勇者様が、魔王エレシュキガルと死闘の末、お命を燃やし尽くされて魔王を封印した、と伝わっております」


かつてノエミちゃんからも聞かされていた伝説の勇者の物語。


「伝説の勇者は結局、どうなったのでしょうか? もしかして、光の武具一式を残して消えてしまった、とか?」


ノエル様の目が一瞬細くなった。


「タカシ様は……どうなったと思われますか?」

「すみません、見当もつかないっていうのが正直なところです」

「ふふふ、先程タカシ様のおっしゃられた“消えてしまった”は実は正解です」

「そうなんですね」

「魔王エレシュキガルが封印され、魔王宮が勇者様と共に消滅し、後には勇者様の所持品のいくつかが残されていたそうですよ」


なるほど。

やはり、僕はあの500年前の世界で入手した所持品を置き去りにして、この世界に戻って来た、という事なのだろう。


「タカシ様、もし関心がお有りでしたら、光の武具一式以外の勇者様の所持品もご覧になられますか?」

「いいんですか?」

「もちろんでございます。だって、あの品々は元々……」

「え?」

「あ、何でも無いです。では、ご案内しましょうか?」


そう話すと、ノエル様は立ち上がった。


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