第241話 F級の僕は、富士第一93層のゲートキーパーと戦う


6月5日 金曜日11



しばらくして落ち着いたらしいエレンが、僕からそっと身体を離した。

彼女は俯いたまま、恥ずかしそうに口を開いた。


「わがまま言って、ごめんなさい」

「謝る必要無いよ。僕も君を不安にさせる様な事しちゃってるし」

「自覚があるなら、それ、ちゃんと使って」


彼女は、僕が右手に持っているスクロールに視線を向けた。

このスクロールには、使用者のレベルを1ドレインするのと引き換えに、レベル100以下の相手なら、ゲートキーパーですら即死させる事の出来る魔法が封じられている。


「でも、圧勝できそうだったら、使うのもったいないよね?」

「……まだそんな事言ってる……」

「心配しないで! 絶対に死なない。それは約束する」

「ほんと?」


彼女が、上目遣いで僕を見上げて来た。

心なしか、彼女の色違いの両の瞳はまだ潤んでいるように見える。

その瞳の美しさに、僕の鼓動は少し早くなった。


「ほんともほんと。それで……ボティスについて、なんだけどね」

「……教えない」

「えっ?」

「だって、そのスクロール使うから、タカシには必要ない情報」

「そんな事言わずに……」

「じゃあまた!」


ちょっと拗ねたような感じになったエレンは、どこかに転移して去って行った。

仕方ない……


僕はエレンがくれたスクロールをインベントリに放り込むと、【異世界転移】のスキルを使用した。



戻って来ると、ティーナさんが、僕が【異世界転移】する前にはそこに無かったはずの白く大きな箱の上に、手持無沙汰な感じで座って待っていた。


「お帰りなさい。随分時間かかってましたが、向こうisdifuiで何かありました?」

「遅くなってすみません。ちょっとエレンの機嫌を損ねてしまいまして……」


ティーナさんの目が少し細くなった。


「機嫌を?」

「どうもエレンは、僕がこっちでゲートキーパーと戦うのに反対らしくて……結局、追加の情報も教えて貰えませんでした」

「Takashiさんがこちらでgatekeeperと戦うと、isdifuiで何か不利な現象でも発生する……という事でしょうか?」

「あ、そう言うんじゃなくて、多分……個人的な感情が絡んでいると言いますか……」


僕の言葉を聞いたティーナさんの表情が緩んだ。


「個人的な感情……つまり、そのErenというisdifui人は、あなたを愛してる?」

「あい……えっ? あ、いやいや、僕と彼女とはそういう関係じゃないですよ? ただ、ちょっと色々あって、彼女が僕に精神的に依存しているというか……」


500年前のあの世界から僕が戻ってきて以来、そしてエレンが500年前のあの時の記憶を鮮明に思い出して以来、確かに彼女からはあからさまな好意を向けられてはいるけれど……。


僕の戸惑いをよそに、ティーナさんが微笑んだ。


「とにかく彼女にとって、あなたはかけがえの無い存在って事、ですよね? だから、あなたが彼女の関与できない世界で強敵と戦う事に異を唱える」


まあそう言う事なんだろうけれど、それを自分の口で肯定するのはかなり気恥ずかしい。

僕は照れ隠しもあって、話題を変えようと、ティーナさんが腰かけている白く大きな箱を指差した。


「ところでティーナさん、それは?」


一辺50cm程の立方体のような白く大きな箱。

材質がよく分からないけれど、その滑らかな表面には、何ヶ所かの継ぎ目が見て取れる。


「あ、これですか? 新型のDID次元干渉装置です」


DID次元干渉装置……

確か、富士第一ダンジョン内部の各階層を繋ぐゲート同士の接続先を変更する事を目標に、アメリカが開発中第137話の装置。

そして、僕が500年前のあの世界イスディフイを訪れる事になったきっかけを作った装置。


「Takashiさんを待っている時に少し思いついた事が有って、Californiaの研究室から持ち出してきました」


どうやら僕が【異世界転移】している間に、ティーナさんもまた、カリフォルニアの研究室とやらへ、ワームホールを潜り抜けて出向いていたらしい。


彼女は立ち上がると僕等の目前に聳え立つ巨大なドームを指差した。


「そろそろ中に入りましょう」



目前に聳え立つ巨大なドームには、一ヵ所だけ大きな扉が設置されていた。

壮麗な装飾が施された高さ3m程のその観音開きの扉を向こう側に押し開けると、内部は広く高い天井を持つ大広間になっていた。

この前の富士第一の調査に参加した時見た、90層及び91層のゲートキーパーの間そのままの空間。

しかし、本来ならば次の階層へと通じるゲートがあるべき場所には、大剣を手にした巨大な何者かが静かに佇んでいた。


恐らくあれが富士第一93層のゲートキーパー……ボティス!


ボティスは、僕達に気付くと、ゆっくりとこちらに近付いて来た。

頭部に二本の角を持ち、手には大剣を携えるその巨人の身の丈は、優に5mを越えていた。

ただし、巨人の腰から下は、二本の足では無く、蛇体となっていた。

天井や壁の発する燐光に照らされ、青白く輝く姿のボティスが、あの聞き慣れた口上を発した。


「我が名はボティス。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


僕はティーナさんに囁いた。


「シールドを展開しながら、ボティスの自由を奪う事って出来ますか?」


ティーナさんは、少し目を細めた後、言葉を返してきた。


「“あの程度のstatus”の相手なら、全く問題ありません」


富士第一93層、仮にもS級ダンジョンのゲートキーパーを“あの程度”と言ってしまえるティーナさん。

彼女のステータス値も、きっと色々とんでもない事になっているのだろう。


話していると、ボティスの周囲の床が盛り上がり、次々と異形のモンスター達が出現した。

恐らく、36体の眷属とやらを召喚したのだろう。


「それじゃあ、ボティスの拘束、宜しくお願いします」

「了解です」


36体の異形のモンスター達を従えて、まさにこちらに襲い掛かって来ようとしていたボティスの動きが突然止まった。

そのタイミングで、僕はボティスのすぐ傍らにはべる異形のモンスター達の一体に対して、スキルを発動した。


「【置換】……」


一瞬にしてボティスのすぐ傍に転移した僕は、そのまま【影】40体を呼び出した。


―――ズシャシャシャ……!


肉をえぐられ、青い血飛沫ちしぶきが舞う中、ボティスは身じろぎ一つ出来ないまま、【影】達に切り刻まれて行く。

慌てたように36体の異形のモンスター達が、あるじなぶりものにしている僕の【影】達に襲い掛かってきた。

一体一体が、恐らくS級モンスター並の強さを持っているのであろう異形のモンスター達は、しかし、僕の【影】達をボティスの周囲から排除しきる事が出来ない。

適時、MPを全回復してくれるポーション、『女神の雫』を飲みながら僕自身も戦闘に参加する事5分程で……



―――ピロン♪



ボティスを倒しました。

経験値2,115,117,846,852,920,000 を獲得しました。

Sランクの魔石が1個ドロップしました。

ボティスの大剣が1個ドロップしました。



ボティスが光の粒子となって消え去るのと同時に、主を失った36体の異形のモンスター達もまた消滅していった。


ゲートキーパーを斃した、と言う事は……


僕は視線を大広間の奥、90層や91層のゲートキーパーの間で、次の階層へのゲートが存在していた場所に視線を向けた。

と、いつの間に移動していたのであろうか?

そこには、恐らくDID次元干渉装置と思われる機器の操作を行っているらしいティーナさんの姿が有った。


そして……


ティーナさんのすぐ傍らの空間に、突如として揺らめく陽炎のようなゲートが出現した。

僕は、ボティスの落としたアイテム――Sランクの魔石とボティスの大剣――をインベントリに放り込むと、急いでティーナさんの元に駆け寄った。

彼女は僕に気付くと笑顔を向けて来た。


「お疲れ様。Takashiさんのおかげで、このgate生成の瞬間をDID次元干渉装置で分析する事に成功しました」

「何か分かったんですか?」

「今はまだ何も。ですが、貴重なDataが手に入ったので、研究室に持ち帰って解析してみます。何か分かればTakashiさんにも教えるので、楽しみに待っていて下さい」


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