第240話 F級の僕は、エレンから脅される


6月5日 金曜日10



ティーナさんがハワイの自室の隅に設置したワームホールを潜り抜けた先は、西日に照らされ赤く染まる荒野が広がっていた。

僕等のすぐ脇には、これも西日に照らされ、オレンジ色に染まる白く巨大なドームが静かに佇んでいる。


「ここが富士第一93層……」


一週間前、僕もポーター荷物持ちとして参加した、田中さんのクラン『百人隊ケントゥリア』と伝田さんのクラン『白き邦アルビオン』合同での富士第一92層ゲートキーパー討伐戦。

その結果“生成”された、現時点での富士第一最深層だ。

感慨と共に、周囲の景色を眺めていると、ティーナさんから声を掛けられた。


「Takashiさん、御存知の通り、富士第一90層以降はこうしたfield typeのdungeonになっています。90層以降の情景や出現monster、isdifuiのいずこかの地域と共通点があったりはしませんか?」


共通点……

少なくとも、富士第一90層は、エレンによれば、神樹第90層と情景も出現モンスターも完全に一致していた。

ならば、ここ富士第一93層も、神樹第93層と細部まで一致しているかもしれないけれど、残念ながら僕はまだその事を確認出来ていない。


「すみません、もしかすると同じ情景の場所がイスディフイのどこかにあるかもですが、少なくとも僕はまだ、そうした地域を訪れた事はありません」

「そうですか……」

「ただ……」

「ただ?」

「実は富士第一ダンジョンとそっくりなダンジョンが、イスディフイには存在します……」


僕はイスディフイ、アールヴ神樹王国中心部に聳え立つ神樹内部の巨大ダンジョンについて簡単に説明した。


「……そういうわけで、確証は無いですが、ここ富士第一も94層以降が存在するのでは? と個人的には推測しています」


僕の話を聞き終えたティーナさんが、少し思案顔になった。


「なるほど……今のお話から、富士第一の特殊性第132話に関して、いくつか仮説が立てられそうですね」

「例えば?」

「例えば、富士第一内部は、厳密には地球では無く、isdifuiに属する領域である可能性、とか……but if so, some problems……」


ティーナさんはじっと考え込みながら、英語で何かを呟き出した。


「ティーナさん?」


僕の呼びかけに、ティーナさんがハッとしたように顔を上げた。

そして僕の顔を見ると、苦笑した。


「ごめんなさい。つい自分の世界に入り込んじゃってました」

「いえ、それは構わないんですが、富士第一がイスディフイに属するっていうのは?」

「それを確かめるには、もう少し検証が必要です……とりあえずはあそこ」


ティーナさんが、目の前に聳え立つ白い巨大なドームを指差した。


「予定通り、中、“見学”してみませんか?」



いつもの装備に身を固め、カロンの小瓶を飲み干してステータスを倍加させた僕は、改めてティーナさんに声を掛けた。


エレンの話第208話では、神樹第93層のゲートキーパーは、ボティスという名前だそうです。大剣を振るう巨人で、確か……36体の眷属を召喚するとか」

「では、Takashiさんの推測通り、ここ富士第一93層が神樹第93層と相同であれば、この中で私達を待ち構えているgatekeeperもBotisである可能性が高い、という事ですね?」

「そういう事になります」

「Botisに関してもう少し情報は無いですか? 例えば、召喚する眷属の強さ、使用する魔法、その他詳細が分かれば、“見学”以上の事も出来るかもですよ?」


“見学”以上の事って、つまり……


「斃しちゃうって事ですか?」


ティーナさんがにっこり微笑んだ。


「どのみち、94層以降が存在するか、gatekeeperに退場して貰わないと確認出来ないですよね?」


まあ、元々富士第一のgatekeeper達を斃して100層目指そうと思っていた僕としては、異論は無い。

そのためには、確かにもう少し情報が必要だ。


「ティーナさん、ちょっとここで待っていてもらってもいいですか?」

「待つのは全然構いませんが……もしかして、isdifuiへ?」

「はい。ちょっとあっちイスディフイでエレンにもう少し色々聞いてきます」


笑顔で手を振るティーナさんに見送られながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



僕が【異世界転移】した先は、午前中、アリアと別れた場所――アールヴ王宮内、精霊の巡回路から少し外れた建物の影――だ。

僕はすぐに念話でエレンに呼びかけた。


「エレン……」


僕の呼びかけに、すぐ反応が有った。


『タカシ、どうしたの?』

「ちょっと聞きたい事が有って……」


僕は、今から富士第一で93層のゲートキーパー――予想では九分九厘ボティスだと思うけれど――に挑戦したいと考えている事、そのため、ボティスについてもう少し詳しく教えて欲しい事を伝えた。


『私は、タカシが地球でゲートキーパーと戦うのは反対』

「大丈夫だよ。一人じゃ無いし。ほら、前に話したティーナさんが一緒に戦ってくれるって言ってるし」

『……彼女はどんな能力を持っているの?』

「重力を操って時間を止めたり、好きな場所に転移したり……多分、僕等の世界でもトップクラスの実力者だと思うよ」

『……それでも賛成できない。あなたに万が一の事が起こったら……私は……』

「エ、エレン!?」


エレンの念話が涙声になってしまった。


「大丈夫だよ。ほら、“エレンの祝福”で僕は“即死無効”でしょ? それにちょっとでも危なくなったら、彼女の転移能力か、僕の【異世界転移】で撤退するから」

『……どうしても戦うというのなら、5分待って』

「? いいよ?」


なんだろ?


そのまま待つ事5分……

突然目の前にエレンが出現した。


「うわっ!?」


予期していなかったエレンの転移に、僕は少し仰け反ってしまった。


「どうしたの?」

「いや、いきなり現れるからびっくりしたというか」


小首を傾げるエレンに、僕は苦笑しながら言葉を返した。


「それよりこれ、あげる」


エレンがスクロールらしき巻物を僕に手渡してきた。


「これは?」

「死の呪法を封じたスクロール。レベル100以下なら、ゲートキーパーにも効果がある」


エレンがくれるスクロール……

そう言えば、以前、彼女はファイアーアントに襲われて窮地に立っていた僕に、やはりファイアーアントを斃せる風の魔法が封じられたスクロールをくれたっけ……

若干懐かしい気分に浸りながら、僕はそのスクロールを受け取った。


「ありがとう。それにしても凄いね。これ使えば、もしかしてゲートキーパー即死しちゃったりするの?」

「そう。だけど、ちょっと代償が……」

「代償?」

「レベルが1、ドレインする」


自分のレベルと引き換えに、相手を即死させる事の出来るスクロール……

まあ、今の僕のレベルは105。

獲得経験値が謎の100倍だったりするし、1レベル位なら、ドレインされてもそんなに問題は無いだろう。


「レベルは後から上げられるし、危なくなったら使わせて貰うよ」

「本当は、私が支援出来ない場所で、ゲートキーパーのような強力なモンスターと戦っては欲しくない。だけどどうしても戦うというのなら、危険を感じなくても出会い頭ですぐ使って」

「エレンは大袈裟だな~」

「大袈裟じゃない!」


珍しくエレンが感情を露わにした。


「エレン、落ち着いて」


僕は思わず周囲を見回した。

ここは精霊の巡回路から外れているとはいえ、アールヴ王宮内の一角だ。

誰かが僕等の会話に気付かないとも限らない。


そんな僕に、エレンは強い意志のこもった視線を向けて来た。


「私にとっては、あなたが全て。あなたが私に生きろと言ってくれたからこうして生きている。あなたに万一が有れば、私は自ら命を絶つ。私の死はエレシュキガルに有利に働く、でしょ?」


そう。

500年前のあの世界で、僕はそう判断したからこそ、エレンを護り、エレシュキガルを封印した。


「その状況でエレシュキガル魔王が復活するなら、勇者あなたのいないこの世界は、きっと今度こそ完全に闇に飲まれてしまう。つまり、あなたの死は、イスディフイの滅亡を意味する。その意味をよく考えて」

「凄い脅しだね」

「ちゃんと脅しになってるといいんだけど」

「十分脅しになってるよ。もちろんこの世界が滅ぶかもって言うのもそうだけど、何より君が自ら命を絶つって部分がね」


エレンの持つ記憶がノエミちゃんの推測通り、エレシュキガルにより与えられた物かどうか、僕には分からない。

だけど、彼女がその記憶の中で感じた苦しみや絶望は、彼女にとっては本物のはずだ。

だからこそ、彼女は救われなければならない。

それは、あの双翼の女性が望み、ノエミちゃんが望み、そして僕自身も望んでいる事だ。


「とにかく、エレシュキガルを完全に消滅させるまでは死ぬつもり無いから、安心して」

「タカシ……」


エレンが涙でぐしゃぐしゃになりながら僕にしがみついてきた。

僕は彼女が泣き止むまで、ただじっと彼女を抱きしめ続けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る