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第239話 F級の僕は、富士第一ダンジョンの特殊性に困惑する
第239話 F級の僕は、富士第一ダンジョンの特殊性に困惑する
6月5日 金曜日9
「ティーナさん……」
しばらくの沈黙の後、ティーナさんの囁き声が僕の耳元に届けられた。
『Takashiさん、どうしました?』
心なしか、ティーナさんの声には疲れが感じられる。
「もしかして、もう寝てました?」
『ふふふ、まだ起きていますよ。ちょっと書類仕事が残っているので、片付けている所です』
「ごめんなさい。邪魔しちゃいましたね」
『大丈夫です。もうそろそろ終わるところでしたし。それより、Takashiさんから連絡くれるなんて、何か進展有りました?』
「特には何も。ティーナさんの方は?」
『こちらも状況に変化無し、です。まあ、新たな黒い結晶体出現の知らせが無い事だけが、せめてもの救いと言った所です』
黒い結晶体……
イスディフイの嘆きの砂漠と地球のチベット
イスディフイの臥竜山と地球のミッドウェイ
イスディフイの最果ての海と地球の北極海
そして今後もしかすると、イスディフイの霧の山脈と地球の……
かつて……500年前のイスディフイで魔王宮の守護結界を護る
モンスター達の能力を飛躍的に増強し、こちらの攻撃を無効化する厄介な存在だ。
その事に想いを馳せていると、再びティーナさんの囁き声が耳元に届いた。
『ひまだったら、ちょっとこっちに来ませんか? wormhole繋ぐので、coffeeでも差し入れて下さい』
「今夜は遠慮しときます。コーヒー、ここにはインスタントしか無いですし。それに実は今から、
『instantでも全然構わないですよ? 一日、憂鬱な気分になる会議に、報告に、書類作成にってちょっと参っていた所なので、isdifuiに行く前、少しの間だけでも、Takashiさんに癒してもらいたいな~なんて甘えてはダメですか?』
半分茶化した言い方をしているけれど、ここ数日、彼女が体験してきた出来事を考えれば、精神的に疲弊しているのは事実だろう。
彼女には色々手助けして貰っているし、この世界で唯一、イスディフイの話を共有出来る存在だ。
「分かりました。じゃあ、ワームホール繋いで下さい。コーヒー入れたらお持ちしますよ」
「Takashiさんなら必ずそう言ってくれると信じていました。そんなTakashiさんの事、私、結構好きですよ?」
好きって……
九分九厘、loveじゃなくてlikeだと分かっていても、彼女のような綺麗な女性に耳元でそんな言葉を囁かれれば、やはりドキドキしてしまう。
そんな自分に少し苦笑しながら、僕はお湯を沸かし始めた。
10分後、僕はハワイのティーナさんの部屋で、彼女と並んで腰かけてインスタントコーヒーを飲んでいた。
ティーナさんは青を基調としたいつものERENの制服を身に付けている。
つまり、まだ“勤務中”という事なのだろう。
「ようやく
コーヒーの香りをかぐ仕草をしながら、彼女が笑顔を向けて来た。
「今からisdifuiに行くって話していましたが、あちらで何か予定でもあるのですか?」
「まあ、予定と言いますか、あちらで晩餐会に招待されていまして」
「晩餐会? もしかしてTakashiさんは、あちらの世界でもVIPだったりします?」
「自覚は無いんですが、僕をVIP扱いしてくれる国が有るんですよ。アールヴ神樹王国っていう国なんですが……」
そこまで話して、僕は夕方頭を
アールヴの神樹と富士第一の類似性……というより相同性。
少なくとも、知る限りでは完全に一致するゲートキーパー達の名前と特徴。
地球の富士第一ダンジョンのゲートキーパー達も、イスディフイの神樹内部のゲートキーパー達と同じアイテムをドロップするのだとしたら……
「ティーナさんって、富士第一内部にもワームホールを繋ぐ事出来ましたよね? あれって、何か制限有りますか?」
ティーナさんが小首を傾げた。
「制限? ですか?」
「例えば、解放されていない階層にはワームホール繋げないとか」
「解放? すみません、“解放”の定義が分からないです」
そう言えば、解放云々は、イスディフイでエレンが使っていた用語だ。
僕は言い方を変えてみた。
「つまり、ゲートキーパーが斃されていない階層にはワームホールを繋ぐことが出来ない、とか、そういう制限ってありますか?」
ティーナさんが微笑んだ。
「ふふふ、そういう制限はありませんよ。確か、富士第一、93層のゲートキーパーはまだ健在だと思いますが、93層の任意の場所にワームホールを繋ぐ事が可能です。なんなら、ゲートキーパーの間そのものに繋いでみせましょうか?」
それは凄い。
エレンですら、ゲートキーパーが斃されていない階層には転移できないのだが。
「では、富士第一の100層のゲートキーパーの間にもワームホールって、繋いだり出来ちゃいます?」
ティーナさんが少し怪訝そうな顔になった。
「確か、富士第一、最深部が93層ですよね? 100層? とは?」
「ですから、まだゲートキーパー斃されてないですけど、その奥に広がっているはずの未到達の階層です」
「未到達の階層……」
ティーナさんが、少し遠くを見るような目になった。
数秒後、彼女は言葉を続けた。
「現状、富士第一には、未到達の階層なる場所は存在しません」
「えっ?」
そんなはずは……
ティーナさんが探るような視線を向けて来た。
「Takashiさん、なぜ富士第一に未到達の階層が有る、と思ったのですか?」
「それは……」
富士第一と神樹内部の巨大ダンジョンとが構造全く同じなら、当然の帰結として導かれる結論であって……
「ゲートキーパーを斃せば、必ずそこに新しいゲートが生成されて、新しい階層が発見されてきましたし……」
「そうです。生成されるのは、“新しい”gateと“新しい”階層です。それらはgatekeeperが斃されるまで未発見な状態で隠されていたわけでは無く、全く新しく生じるdungeonです」
「ええっ!?」
どういう事だろう?
神樹は……
少なくとも、93層までは富士第一と酷似している神樹は、最初から明確に110層までのダンジョンと定義されている。
まだ第85層までしかゲートキーパーを斃せていないけれど、それより上、第86層から上も、未到達、未発見の状態で僕等を待ち受けているはずだ。
富士第一も当然そうなのだろうと思っていたのだけれど……?
僕は今更ながら、富士第一に94層目以降が必ず存在する、と断言出来る何かを持っているわけでは無い事に気が付いた。
「それはともかく、“富士第一100層”なる場所、Takashiさんにとって、何か特別な意味のある場所なのですか?」
「特別な意味は……」
契約者を無条件に護ってくれる精霊が封じられているという精霊の鏡。
そしてそれを落とす“神樹第100層”のゲートキーパー、ブエル。
しかし、それはあくまでも“神樹第100層”の話だ。
“富士第一100層”の話じゃない。
「単に区切りの良い数字だったので、例として挙げてみました」
「なるほど……」
ティーナさんは、しばらく僕の顔をじっと見つめた後、ふっと微笑んだ。
「それなら確認してみませんか?」
「何を、ですか?」
「ですから、富士第一に100層が存在するかどうか」
「と言うと?」
「こうするのです」
ティーナさんが、何かを呟くのと同時に、部屋の隅の空間が歪み始めた。
そして数秒後、そこにワームホールが出現した。
ワームホールの向こう側には、茶色い荒野のような風景が、魚眼レンズを通したように歪んで見えていた。
「え~と、この向こうって、まさか……100層目?」
「正解! というのは冗談で」
ティーナさんがおどけたような表情になった。
「93層のゲートキーパーの間のすぐ外側ですよ」
「93層……」
富士第一の最前線だ。
「最前線のgatekeeperを斃し続ければ、もし存在するなら、いつか必ず100層にも到達出来ます」
まあ、それはその通りだけど……
僕はチラッと部屋の時計に目をやった。
それに気付いたらしいティーナさんが、言葉を続けた。
「今、ここが午後11時なので、日本は午後6時って所でしょうか」
と言う事は、晩餐会まであと1時間はある。
ティーナさんが、僕の心を見透かしたかのように声を掛けて来た。
「ちょっと見に行ってみます?」
「それは……手伝ってくれるって解釈でいいんですか?」
「もちろんです。可能なら、私も、gatekeeperが斃されて次の階層に繋がるgateが生成される瞬間をこの目で確かめてみたいですから」
こうして僕等は急遽、富士第一93層ゲートキーパー“見学”ツアーに出掛ける事になった。
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