第236話 F級の僕は、500年前の出来事を詳細に語って聞かせる


6月5日 金曜日6



「霧の山脈でフェニックスを……?」

「はい」


僕の返事を聞いたノエミちゃんは、真剣そのものの眼差しを僕に向けて来た。


「それは、“いつ”の事でしょうか?」


僕はノエミちゃんのすぐ傍に立つエルザさんの方をチラっと見た。

元々、ノエミちゃんには、あの500年前の世界で僕が体験してきた事を話すつもりだったけれど、エルザさんに聞かせても大丈夫だろうか?


僕の視線に気が付いたらしいノエミちゃんが微笑んだ。


「エルザの事でしたらご安心下さい。彼女より信の置ける人物を探す方が難しい位にございます」

「もったいなきお言葉」


エルザさんは、優雅な仕草で頭を下げた。


「ですが、勇者様が希望されるなら席を外しましょうか?」

「いえ、その必要はありません」


アールヴに帰還以来、ずっとここに幽閉され続けているノエミちゃんを支えて来たのは、目の前のエルザさんと、部屋の外で守衛に立つイシリオンだ。

ノエミちゃんが深く信頼しているらしいエルザさんに、ここで席を外せとは言えない。

僕は一呼吸置いてから話し始めた。


「僕がフェニックスを斃したのは、今から500年前という事になると思います」

「500年前!? ……タカシ様は、以前にもこの世界を訪れた事が有った……という事でしょうか?」

「訪れたというか、召喚されました。数日前、500年前のイスディフイに。魔王エレシュキガルが世界の半分を焼き払い、四体の強大な魔獣達が魔王宮の結界を護るあの世界に……」


僕はあえて包み隠さず、全てを語って聞かせた。

魔王エレシュキガルが僕を500年前のイスディフイに召喚しようとしている、と創世神イシュタルらしき双翼の女性から告げられた事、

エレンを救って欲しいと託された事、

召喚された先で、時の女王ノーマ様と光の巫女ノルン様に出会った事、

皆の協力のもと、魔王宮を護る四体の魔獣達を屠った事、

魔王宮の闇の空中庭園で対峙した魔王エレシュキガルが、自分こそが真の創世神であり、イシュタルに世界を奪われたと語った事、

そして、ノルン様の意思に反する形で魔王エレシュキガルを封印した事……


改めて詳細を聞かされる形になったアリアは、この前以上に目を大きく見開き固まってしまっていた。

僕の話に衝撃を受けたらしいエルザさんも、呆然とした様子であった。

ただ一人、ノエミちゃんだけは優しい微笑みを浮かべていた。

彼女が頭を下げて来た。


「タカシ様が伝説の勇者様だったのですね。私達の世界を救って下さり、本当にありがとうございました」

「僕は頭を下げて貰えるような事はしていないよ。結局、ノルン様の意に反する形で、エレシュキガルを封印しただけだからね」

「例え母の意に添わぬ形で有ったとしても、タカシ様が世界の破滅を阻止して下さったのは確かな事実です。500年前、私達の世界が闇に焼き尽くされなかったからこそ、私もこうしてこの世界に生を受けることが出来ました。母もきっと、心の底ではタカシ様に感謝なさっているはずです」

「そう言ってもらえると少し心が楽になるよ」


僕はそこで言葉を切って、エルザさんの方を向いた。


「エルザさん、ノルン様は病に伏せってらっしゃるってお聞きしましたが、お会いする事は出来ないですか?」


それは500年前のあの世界から戻って来て以来、ずっと考えていた事。

彼女とは、もう一度会って、ちゃんと話をしないといけないはずだ。


じっと何かを考え込んでいるような様子だったエルザさんが、ハッとしたように顔を上げた。

そして申し訳無さそうな表情で言葉を返してきた。


「陛下の病は篤いとお聞きしております。残念ながらお会いするのは難しいかと……」


病が篤い……

僕はふと奇妙な感覚に捕らわれた。

公式には、ノエミちゃんも“病が篤く、療養中”という事になっているはず。

まさか、ノルン様もノエミちゃん同様、どこかに幽閉……いや、さすがにそれは無いか?

けれど、もし全ての黒幕がノエル様なら……

ノエミちゃんの幽閉場所を探し当てた時みたいに、“ノルン様が療養している場所”も探ってみようかな?


そんな事を考えていると、ノエミちゃんが口を開いた。


「とにかく、すぐにでも神樹の間に参らねばなりません」

「お気持ちは分かりますが、聖下様、それは難しゅうございます」


ノエミちゃんの突然の発言に、エルザさんが即座に反対の意思を述べた。


「最近になって、神樹の間周囲に配されている精霊の数が増やされたと聞いております。精霊の監視を掻い潜り、神樹の間に接近する事は以前よりも格段に難しくなっているかと」

「それでも参らねば……いざとなれば、協力者の転移能力に頼るという手もあります」


ノエミちゃんの言う協力者とは、エレンかクリスさんの事だろう。

それはともかく……


「ノエミちゃん、どうして急に神樹の間に行きたいって話になっているの?」


僕は当然の疑問を口にした。


「タカシ様、光の巫女とは本来、神樹の間に籠り、祈りを捧げる事で全世界のモンスターの活動を抑制し、闇の波動を鎮める存在。ところが、今の私は数週間にわたってその責を果たす事が出来ておりません。だからこそ、闇が力を増し、それにより生じた黒い結晶体を介してタカシ様の世界にまで影響を及ぼすに至ったのでしょう。このままではきっとタカシ様の予想通り、霧の山脈に黒い結晶体が出現してしまいます。それは四守護結界の再現を意味します。私の光の巫女としての直感が、それは是が非でも阻止せねばならないと告げております」

「ですが……」


エルザさんが、なおも反対の意思を口にしようとするのにかぶせるようにノエミちゃんが言葉を続けた。


「エルザ、私に少々考えがあります」

「考え、でございますか?」


ノエミちゃんは、僕の方に視線を向けた。


「タカシ様、今晩、日付が変わる少し前、そうですね……30分程前に、“いつもの協力者”と一緒に、“直接”ここに転移してきて貰えないでしょうか?」

「直接?」


西の塔内部に張られた特殊な結界の効果で、確かエレンは、直接ノエミちゃんの幽閉されている場所には転移できなかったはず。

もしかしたら、“いつもの協力者”とは、エレンでは無く、クリスさんの事だろうか?

魔族では無いクリスさんなら、西の塔内部に直接転移できるとか?


「ノエミちゃん、いつもの協力者って?」


ノエミちゃんがにっこり微笑んだ。


「もちろん、タカシ様と共に、500年前、魔王エレシュキガル封印に多大な貢献をしてくれたあの協力者の事ですよ」


ならばエレンの事だろう。


「この場所、特殊な結界が張られているんだよね?」


ノエミちゃんが少し悪戯っぽい顔になった。


「ご安心下さい。夜までに、結界にほんの少し綻びを作っておきます。夜の闇はあの協力者の力を強めます。綻びさえあれば、そして闇により力を増したあの協力者ならば、ここに転移して来る事は容易たやすいはず」

「ここへ転移してこられたとして、その後、神樹の間にはどうやって近付くの?」


確かエレンは、魔族だからか、或いは特殊な結界の効力によるものか分からないけれど、神樹の間には近付けないと話していた第91話


「一度、結界の綻びを通過してここに転移して来る事が出来れば、あの協力者ならば、結界の解析が出来るはず。恐らく、神樹の間手前の庭園まで一気に転移可能に……」

「聖下様!?」


エルザさんが、不安そうな声でノエミちゃんの話を遮った。


「その……闇により力を得る事が出来る協力者とは、まさか……」

「エルザ、安心して。あの協力者は、あなたが思うような人物ではありません。彼女は魔王エレシュキガルの消滅を、他の誰よりも強く願っています」


それは全くその通りだ。

例えエレンが、ノエミちゃんの推測第173話通り、魔王エレシュキガルに創り出された人格であったとしても、彼女の“願い”は本物のはずだ。

しかし、ノエミちゃんの言葉を聞いたエルザさんの表情は、見る見るうちに強張ってきた。


「聖下様、くれぐれも道を誤られませんように。聖下様のおっしゃる“あの協力者”がどんな願いを持っていようとも、創世神イシュタル様に背を向け、闇にひそむ魔族と、私達光の種族とは、決して交わる事は出来ません」


エルザさんはそう口にすると、思いつめたような顔をして押し黙ってしまった。


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