第237話 F級の僕は、のんびりA級ダンジョンに向かう


6月5日 金曜日7



ノエミちゃんと夜の再会を約した後、僕が再び【異世界転移】で地球のアパートの部屋に戻って来たのは、午前11時半過ぎ。

ほぼ予定通りの時刻に戻って来ることが出来た。


これなら、午後からの関谷さん達とのダンジョン攻略、十分間に合うな。


そんな事を考えながら、何の気なしに窓の外に目を向けると、ちょうどそのタイミングで雨が降り出した。

カレンダーはいつの間にか6月になっている。

そろそろ梅雨が始まる季節だ。

僕は手早く準備を済ませると、アパートの部屋を出た。


平日の昼時という時間帯もあってか、N市からO府に向かう電車の中は、結構空いていた。

じめじめとして蒸し暑かった外と違い、空調の利いた車内は快適だった。

僕は隅のシートに腰を下ろすと、スマホを取り出した。


今更だけど、淀川第五の情報、もう一度チェックしておこう。


均衡調整課のHPホームページにアクセスした僕は、“淀川第五ダンジョン”をタップした。



■ O市淀川第五ダンジョン

等級;A

大きさ;大

出現モンスター;アイアンゴーレム A級、アースゴーレムA級

入場者;無し

入場予定者;13:00 – 16:00 A級、B級、C級、F級

更新時間;11:32



A級は……井上さんともう一人知らない名前の副島さん。恐らく、名前を貸してくれた人だろう。

B級は……こちらも僕の知らない名前が4名。

C級は……関谷さん1名。

F級は……僕だ。


とりあえず、今日の攻略隊は、A級2名、B級4名、C級1名、それに“荷物持ち”のF級1名、という事になる。

まあ実際、関谷さんと井上さんの荷物も僕がインベントリに入れて運ぶから、あながち間違ってはいない。



均衡調整課のHPホームページを閉じた僕は、最新のニュース――チベットやミッドウェイ、それに北極海での“スタンピード関連”について――もチェックしてみた。

チベット、ミッドウェイ共に真新しいニュースは載っていなかった。

載っているのは、憶測に基づいた、しかも僕の目からすれば、明らかに間違った推測ばかり。

北極海に関しては、軍事演習中にロシアの原子力潜水艦が遭難か? といったニュースしか見付ける事が出来なかった。

各国とも、自国領内で発生し、制圧に失敗したスタンピードに関しては情報統制を行っている、という事だろう。

そして今、電車に乗っている人々含めて、大多数の人間は、僕等の世界が大きな危機に直面している事に気付かないまま、日常を過ごしている。


かくいう僕も、つい1ヶ月程前までは、“本物の”F級だった。

突然押し付けられた最低ランクのステータス値を呪いながら、明日の魔石集めの事だけを考える日々。

それが今や、世界の危機に、ティーナさん達と一緒に立ち向かおうとしている……

僕は、僕等の世界は、そしてイスディフイは、一体、どこへ向かおうとしているのだろうか?


らしくない感傷に浸っている内に、電車は終点のO市N駅に到着した。


最初は、コンビニでおにぎりでも買って食べようかと思っていたけれど、まだ時間的余裕はありそうだ。

駅ビルに入っているファーストフード店で、軽く腹ごしらえをしていく事にしよう。


店内の窓際の席に座り、ハンバーガーを頬張りながら、僕は関谷さんにメッセージを送信した。



―――『今食事中。予定通り、1時前にはそっちに着きそうです』



送ったメッセージはすぐに既読になり、すぐに返信メッセージが届いた。



『了解。私達も食事中。気を付けてね』



食事を済ませた僕はそのまま地下鉄を乗り継ぎ、淀川第五の最寄り駅で降車した。

駅から淀川沿いを歩く事10分程度で、前方によく整備された広い駐車場が見えてきた。

50台くらいは駐車できそうなスペースがあるものの、停まっているのは、見覚えのあるシルバーのミニバン1台だけ。

確か、井上さんの車だ。

近付いて来た僕に気付いたのだろう。

車のドアが開き、関谷さんと井上さんが外に出て来た。

二人とも笑顔で、特に井上さんは、大袈裟に大きく手を振っている。


「なんだ、元気そうじゃない。なかなか連絡取れなくて、しおりんが寂しがってたよ?」

「ちょっと、美亜ちゃん!」


二人のいつものやりとりを見ていると、昨日、ティーナさんから記憶の世界を“視せられて”から続いていた緊張がほぐれる気がした。


「それじゃあ、行きますか」


僕等は相次いで、淀川第五へと続く空間の揺らめきを潜り抜けて行った。



淀川第五の内部は、天井の高い自然の洞窟のような雰囲気であった。

僕等の世界地球の他のダンジョンがそうであるように、淀川第五内部もやはり壁や天井が発する青白い燐光に照らし出され、少し薄暗いものの、特に行動に支障をきたす感じでは無い。

入ってすぐの少し広くなった場所で、戦闘準備をしながら僕は井上さんに聞いてみた。


「ここって、ゴーレム系のモンスターが出現するみたいだけど、気を付けた方が良い点ってあるのかな?」

「ここのゴーレム達、動きは鈍いんだけど、物理耐性が異様に高いのよね~。殴ってもあんまりダメージ通らないというか……。だから倒す手段は、ほぼほぼ魔法攻撃一択だっていうのが唯一の注意点かな」


えっ?

魔法攻撃って……


僕は、自分のステータス欄に燦然と輝く【使用可能な魔法 無し】を思い出した。

こんな事なら、やはり向こうイスディフイで魔法書買って、魔法を覚えておけばよかったかな。


内面の気持ちが顔に出てしまったのだろう。

関谷さんが、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。


「どうしたの?」

「ううん。何でもないよ」


仕方ない。

まずは【影】で攻撃してみて、ダメージ入らなかったら、僕が障壁シールドで皆を護りながら、井上さんの魔法で倒してもらおう。

まあ、相手はA級モンスター格下だ。

そんなに危険な事にはならないだろう。


そんな事を考えていると、井上さんが僕の右耳を指差しながら聞いてきた。


「その耳に付けているの何? まさか補聴器? なわけないよね?」

「補聴器?」


僕は自分の右耳に手をやった。

硬い小さな装置が指に触れた。

フィット感が良すぎて忘れていたけれど、そういや、今日は右耳に『ティーナの無線機』を付けている。

僕は苦笑しながら言葉を返した。


「ああ、これは……」


説明しかけて、途中で思いとどまった。

僕が今日、『ティーナの無線機』を装着しているのは、今、僕等の世界が直面している危機に関して、いち早くティーナさんと情報共有するためだ。

説明すれば、その危機への対処に二人を巻き込む事になる。

井上さんはA級。

関谷さんはC級。

事実を知らせても、彼女達に出来る事は限られているだろう。

いたずらに不安感だけ煽っても仕方ない。

どう説明しようか少し言い淀んでいると、井上さんが悪戯っぽい顔になった。


「もしかして、また何かの秘密道具?」

「まあ、そんな感じかな」


確かに“秘密の”道具だ。

間違ってはいない。


「さ、そんな事より奥に向かおう」


僕等は奥に向かって慎重に移動を開始した。

100m程進んだところで、前方から巨大な二足歩行のモンスターが接近して来るのが視界に入った。

身長5mはあろうかという茶色の土の巨人、アースゴーレムだ。


「まずは攻撃してみるよ。ダメージ通らなかったら、井上さん、宜しく」

「宜しく?」


首を傾げる井上さんをその場に残して僕は、アースゴーレムに肉薄した。

僕に気付いたアースゴーレムは、思いっきり腕を振り下ろしてきたが、井上さんから聞いていた通り、その動きは緩慢だ。

楽々その攻撃を避けた僕は、スキルを発動した。


「【影分身】……」


呼び出した【影】50体が、一斉にアースゴーレムに襲い掛かった。



―――ガガガガ!



硬い物が砕ける音が洞窟内に響き渡った直後、アースゴーレムは木っ端微塵に吹き飛んだ。


あれ?

物理攻撃、効かないって聞いていたけど……?


訝る僕の目の前に、聞き慣れた効果音と共に、ウインドウが立ち上がった。



―――ピロン♪



アースゴーレムを倒しました。

経験値27,509,534,562,533,500を獲得しました。

Aランクの魔石が1個ドロップしました。

ゴーレムの核が1個ドロップしました。



僕はAランクの魔石と、サッカーボール大の黒い塊――ゴーレムの核――を拾い上げると、呼び出したインベントリに収納した。





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