第234話 F級の僕は、ティーナさんと作戦計画について語り合う


6月5日 金曜日4



僕はさらに言葉を続けた。


「それと、チベットに出現している巨大なモンスター。僕が以前、あのモンスターをベヒモスと呼んだ事、覚えていますか?」

「もちろん覚えています。あの時第217話、あなたは確かにあのmonsterをBehemothと呼んでいました。以前戦った敵と似ている気がした、とも」

「本当は似ているなんてレベルでは無いんです。僕にはあのモンスターは“ベヒモス”にしか見えませんでした。そして、僕が以前、その“ベヒモス”を斃したのが、嘆きの砂漠でした」


ティーナさんの目が光った。


「……では、北極海に出現しているモンスターも?」

向こうの世界イスディフイの最果ての海と呼ばれる海域で、僕は以前、レヴィアタンと呼ばれるモンスターを斃しました。そして昨日、その最果ての海に浮かぶ氷山の一角に、やはり巨大な黒い結晶体が出現していました。ただし、レヴィアタンに関しては、相手を視認できないまま斃して第152話しまったので、姿形については、分からないんです」

「Takashiさんが“以前”彼等と戦った時は、黒い結晶体は存在しなかった?」

「存在しなかったと思います。少なくとも、“以前”の戦いでは、こちらの攻撃が無効化されるような事はありませんでした」


ティーナさんが思案顔になった。


「やはり、あの黒い結晶体をどうにかしないと……」

「その事なんですが、少なくともあの黒い結晶体の効果の一部を無効化出来るかもしれません。実際試してみないと分かりませんが」

「本当ですか?」

「はい。これは向こうの世界にいる僕の“協力者”の推測ですが……」


僕はエレン協力者の推測について説明した。

世界の壁を越えて、黒い結晶体に同時に同じ攻撃力を加え続ければ、黒い結晶体が攻撃を吸収するのを阻害できるかもしれない、と。


僕の話を聞いたティーナさんの目が輝いた。


「なるほど。重力波が向こうからこちらに届く時間を知りたかったのは、このためですね?」


さすがはティーナさん。

すぐに僕の“計画”を理解してくれたようだ。


「はい。事前に攻撃開始時刻を決めておいて、一方通行にはなりますが、あっちイスディフイで攻撃準備が整ったら重力波を発生させてティーナさんにお知らせします。そして同時攻撃中に、誰かに周囲のモンスターを攻撃してもらって、攻撃が通れば成功です」

「攻撃開始時刻に関しては、お互いが測定器を装着しておけば、容易に確認できますが、問題は、全く同じ攻撃力の攻撃をぶつけ合うという所と、その間、こちらの世界で、誰が実際にモンスターを攻撃するか、ですね」


それは僕も考えた。


「ティーナさん、魔導電磁投射銃って使えないですか?」


魔導電磁投射銃は、こめたMPと自身の知恵のステータス値とを掛け合わせた数値の無属性の魔法攻撃を射出できる。

世界を隔てて相手が見えない状態でも、決められた攻撃力の攻撃を実施できるはずだ。


「まどう……ああ、magical railgunですね。しかし、それには一つ問題があります」

「問題?」

「魔導電磁投射銃は、基本的には単発攻撃の武器です。つまり、Laser兵器のように連続的にenergyを射出し続ける事が可能な仕様にはなっていません」


魔導電磁投射銃の場合、1発目、2発目、3発目……とその都度、世界の壁を隔てて、同じタイミングで射出を続けなければならない。

つまり、耳栓をして、目を瞑って、お互い引き金を引き合って、それが完全に同期しているという状態を目指さないといけないという事だ。

不可能では無いだろうけれど、相当な修練を積まなければ、難しいかもしれない。


「レーザー兵器なんて用意できないでしょうし……」


レーザー兵器は、僕的には、未来の兵器といった印象だ。

ところがティーナさんが意外な言葉を口にした。


「出来ますよ」

「えっ? 本当ですか?」

「はい。Tactical High-Energy Laser、THEL、日本語だと、“戦術高エネルギーレーザー”でしょうか。軍の一部に実戦配備されています」

「それなら……」


しかし、ティーナさんは少し残念そうな表情になった。


「THELは、今の所、dungeon内で使用不能です。つまり、あちらの世界isdifuiに持ち込んでも使えない可能性が高い……」


う~ん、なかなか難しいな……


ティーナさんが言葉を続けた。


「同じタイミングで同じ攻撃力の攻撃を繰り出す方法、私の方も少し考えてみますね。あと、私達が黒い結晶体を攻撃中に周囲のモンスターへの攻撃が通るかどうか、実際に確認してもらう役目を誰にお願いするか、ですが……」


少し言葉が途切れた後、意外な人物の名前が出た。


「Ms. Saibaraにお願いしてみませんか?」

「斎原さん? それはまたどうしてですか?」

「日本のS級の中では、あなたを除いて彼女は最強の存在です。彼女は、自らを護る魔法結界を張りながら、様々な属性の魔弾を発射して戦う事が出来ます」


斎原さんが“強い”という事に関しては、僕にも異論は無い。

だけど……


「すんなり協力してくれますかね?」


僕にとっては、斎原さんは少し得体の知れない存在と言った印象だ。

僕を気に入っているような素振りを見せながら、新しいクランを作るように持ち掛けてきたり、とにかく、考え方が読めない。

まあ、僕に考えを読まれるような単純な人間の方が少ないって話は横に置いとくとして、だけど。


「五分五分だと思います。残念ながら、彼女に私達の世界地球の危機を伝えても、乗って来ないでしょう。ですが、自分に利のある話だと思わせる事が出来れば、乗ってくるはずです」

「例えば?」

「以前、私が“読み取った”記憶の中では、彼女はあなたに対して強い関心を持っている事が確認出来ました。富士第一でも、要請を受けたという建前のもと、彼女は私に“拉致”されたあなたを救出第139話しに来ました。ですから、あなた自身が、彼女を動かす最大の動機になり得ます」

「つまり、見返りに僕が斎原さんのクランに参加する……とかですか?」


ティーナさんが、悪戯っぽく微笑んだ。


「そこまでする必要はありません。Ms. Saibaraが協力してくれる事に、あなたが最大限の感謝をしていると感じさせる事が出来れば事足りるかもしれません」

「感謝の念だけで協力してくれますかね?」

「可能性は十分にあります。なにしろ、あなたから最大限の感謝を勝ち取るという事は、彼女にとっては、あなたに大きな“貸し”を作る事と同じ意味を持ちます。そして彼女は、あなたが受けた恩を無視出来ない性格だと知っている……」


それはそれで、とても危険な臭いがする。

今後、斎原さんが何か要求してきた時、突っ張り切れなくなるかもしれない。


「モンスターに攻撃が通るかどうかを確認する役目、ティーナさんの知り合い……例えば、アメリカのS級達とかではダメですか?」


ティーナさんの表情が悲し気に歪んだ。


「EREN所属のS級は、この前の討伐作戦が失敗した結果、私とMike、二人だけになってしまいました……」


その経緯については、僕もティーナさんの記憶の世界で一緒に“体感”した。


「すみません」

「いえ……」


ティーナさんが、寂しそうな笑顔になった。


「結局、私もずるい女です。もう同僚や知り合いを危険に晒したくない……」


つまり、万が一の事があった場合、日本のS級斎原涼子の死は受け入れる事が出来ても、同僚Mikeの死はもはや心が受け付けないという事なのだろう。


「……分かりました。まずは、黒い結晶体に、世界の壁を隔てて、同じ攻撃力を連続して加え続ける手段を探しましょう。他の協力者に関しては、その後、また考えましょう」


とりあえず、今話し合うべき内容は全て話し合った……と思う。

そろそろ、あっちアパートの部屋に戻ろう。


僕は部屋の隅に開いているワームホールに視線を向けながら腰を上げた。

そんな僕に、ティーナさんが声を掛けてきた。


「ところで、黒い結晶体に関するヒントをくれた向こうの世界isdifuiの“協力者”ってどんな方ですか?」


僕は少し迷った後、その名を口にした。


「エレンという名前の女性です」

「EREN? なんだか親近感の湧く名前……」


自身が属する組織と同じ響きのその名前を口にしながら、ティーナさんが何かを思い出した顔になった。


「……もしかして、富士第一のあの場所で?」


僕は頷いた。


「あそこで化け物の中に閉じ込められていたあのエレンです」


富士第一91層でのティーナさんの“実験”により生成されたゲートの向こう側。

地球ともイスディフイとも判別のつかないあの場所で、ティーナさんは、エレンと邂逅した第143話


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