第233話 F級の僕は、ティーナさんと情報交換をする


6月5日 金曜日3



関谷さんとの電話を切った僕は、インベントリから『ティーナの無線機』を取り出した。

フック付きのワイヤレスイヤホンのようなその装置を右耳に取り付けると、僕は早速ティーナさんに呼びかけた。


「ティーナさん……」

『Takashiさん?』


すぐにティーナさんの言葉が返ってきた。


『今、部屋ですか?』

「そうですよ」

『wormholeを開いてもいいですか?』

「どうぞ」


すぐに部屋の一角の空間が歪み始め、見慣れたワームホールが出現した。

ワームホールを潜り抜け、僕の部屋へとやってきたティーナさんは、昨日会った時と同じERENの制服に身を包んでいた。

彼女はやってくるやいなや、身を乗り出すようにして問いかけてきた。


「昨夜、重力波発生装置を向こうisdihuiで使用しましたよね?」


昨夜、イスディフイの嘆きの砂漠で僕は確かに『ティーナの重力波発生装置』を使用した。


向こうisdihuiで何かありましたか?」

「実は、イスディフイから地球まで、重力波が届くまでにかかる時間を知りたくて」

「重力波の到達に要する時間……何時に発生させたか、正確な時刻は分かりますか?」

「測定器の表示画面左上隅の時刻みたいなのが、01:35:00になった瞬間、使用しました」

「なるほど……とすれば、殆どtime lagはありませんね。私もHAST、つまりHawaii時間の午前1時35分頃にあなたの発生させた重力波を感知しましたから」


どうやら、あの左上隅に表示されていたのは、本当に時刻だったらしい。

しかし、それよりも……


「タイムラグが無い?」


僕にはそれが凄く不思議に感じられた。

地球から見て、ある意味宇宙の果てよりも遠くにありそうなイスディフイ。

重力波は、世界の壁を瞬間移動で乗り越えるのだろうか?


「重力波は、光速で伝播します。光は、1秒間に地球を7周半します。time lagが殆ど無いのは、isdifuiが存在するbrane世界と私達の地球が存在するbrane世界とが、非常に近接……もしかすると、すぐ“そば”に重なり合って存在する為だと思います」


……相変わらず、専門分野に踏み込んだティーナさんの話は、僕には少し難しい。

ともかく、重力波が、ほとんどタイムラグ無しで地球に届くとするなら、黒い結晶体への同時攻撃のタイミングを計る際に、号砲代わりに使用出来そうだ。


なおも話を続けようとした僕を、ティーナさんが手で制した。


「待って下さい。話の続きは、向こうで聞かせてもらってもいいですか?」

「向こうって?」


ティーナさんがワームホールを指差した。


「Hawaiiの自室です。今服務中なので、いつ呼び出されてもおかしくない状況です。誰かが私の部屋を訪ねて来た時、私が居なかったってなると、騒ぎになるかもしれませんので」


僕はティーナさんの記憶の世界で“視た”ヒッカム空軍基地内の白く殺風景な彼女の部屋を思い出した。


「分かりました。それでは早速行きましょう」


ワームホールの向こう側は、僕が“視た”そのままのティーナさんの部屋に繋がっていた。

白い壁に囲まれた部屋の中には、必要最低限の家具類しか設置されていない。

実際訪れるのは初めてのはずなのに、既に知っている。

既視感デジャヴのような不思議な感覚。

僕はティーナさんに勧められるがまま、椅子に腰かけた。

彼女が、ペットボトルの水を出してきた。


「ごめんなさい。本当ならcoffeeの一つでも出してあげたいんですが、生憎あいにくこの部屋には置いて無くて」

「そんな気を遣わないで下さい。それより、あれからミッドウェイでは何か動きがありました?」


彼女の表情が少し曇った。


「いえ、何も」


いつ呼び出されるか分からない待機状態って事は、アメリカは、また何か新しい討伐作戦でも計画しているのかもと思ったけれど、どうやら違うようだ。


「チベットの方は?」

「Tibetの方にも動きは無いようです。というより、中国政府が情報の提供を拒んでいます。もっとも、それはお互い様なんですけどね」


ティーナさんが自嘲気味に笑った。

つまりアメリカ政府も、ミッドウェイに関しては、情報統制を行っているという意味なのだろう。


「北極海の件は?」

「その事なんですが……」


ティーナさんが少し声を潜めた。


「偵察衛星の画像分析で、北極、Novosibirsk諸島の岩礁の一つの上に、あの黒い結晶体が出現しているのが確認されました」

「という事は……」

「はい、恐らく北極海で撮影されたあの海中の黒い影は今まで知られていない海棲のmonsterなのでしょう。ただ、こちらも原潜の“事故”含めてRussia政府が情報を開示しないので、詳細は不明です」

「それ以外には、黒い結晶体と異常なモンスターの出現の報告は入っていないですか?」

「今の所は、そういう情報には接していないですね」


なるほど。

やはり、イスディフイで確認出来た黒い結晶体の数だけ、地球にも黒い結晶体が出現しているという事のようだ。

チベットの“ベヒモス”、ミッドウェイの“バハムート”、北極海の“レヴィアタン”……

この流れなら、今後確実に、イスディフイの霧の山脈に黒い結晶体が出現するのではないだろうか?

そして同時に、僕等の世界のどこかに黒い結晶体と共に、“フェニックス”が出現するのでは?


考えていると、ティーナさんが、僕の顔を覗き込んできた。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ……そうそう、調査結果をお伝えしないと、ですね」


僕はインベントリを呼び出して、ティーナさんから貸してもらっていた装置の入った白いアタッシュケースを取り出した。


「これ、お返ししておきますね。ちゃんと記録されているといいんですが……」


映像の方は確認の仕方が分からなかったけれど、少なくとも測定器の方は、作動していた。


「ありがとうございます。あとで確認しますね」

「それで調べて分かった事なんですが……」


僕は時刻と出来事とを箇条書きにしたメモ帳を取り出して、説明し始めた。

昨夜、嘆きの砂漠を訪れた事。

高い放射線量を測定出来た事。

“爆心地”に黒い結晶体が出現していた事。

イスディフイの黒い結晶体も、破壊不能であった事。


そして……


僕は、インベントリから、臥竜山で回収したあの金属片を取り出した。


「これ、何だか分かりますか?」


ティーナさんは受け取った金属片を少し触った後、顔色を変えた。


「これ……どこで手に入れました?」

向こうイスディフイの臥竜山と呼ばれる地域です。やはりそこにも黒い結晶体が出現していました。それ、もしかしてアメリカのミサイルの破片とかじゃ無いですか?」

「そうです。これは間違いなく、Tomahawk巡航ミサイルに使用されている素材です。ですが、なぜこれがisdifuiに……あっ!」


ティーナさんが、何かに気が付いた顔になった。


「まさか、Midwayで消滅したTomahawkが、isdifuiの臥竜山に転移して炸裂した?」

「恐らく、そうじゃないかと」


僕は頷いた。

ティーナさんは、もう一度その金属片を確認するよう触った後、僕に向き直った。


「臥竜山は、嘆きの砂漠の近くなのですか?」

「違います。距離的には相当離れています」


嘆きの砂漠は、アールヴから見て西に馬車で数日かかる場所に広がる大きな砂漠だ。

臥竜山は、500年前のあの世界で僕が{俯瞰}した時には、アールヴが存在するこの大陸の南方の隅に位置していた。

距離的には、嘆きの砂漠以上に離れているように感じられたけれど。


ティーナさんが探るような視線を向けて来た。


「Takashiさん、それではなぜ、わざわざその臥竜山なる場所にも行ったのですか? 黒い結晶体が出現していると感知できたとか?」

「いえ、行くまで出現している事には気付きませんでした。ただ……」

「ただ?」


どうしよう?

しかし、やはりあの事は伝えないといけないだろう。


僕は深呼吸してから言葉を続けた。


「僕は以前、臥竜山でバハムートと呼ばれる巨大な黒いドラゴンを斃しました。ミッドウェイに出現しているあの黒いドラゴンは、僕にはバハムートにしか見えなかったからです……」


僕の言葉を聞いたティーナさんの目が大きく見開かれた。


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