第230話 F級の僕は、臥竜山に向かう
6月4日 木曜日9
エレンが詳しく説明してくれた。
「少なくとも神樹のゲートは一方通行。双方向から同時にゲートに飛び込んだ場合、レベルの低い側は弾かれ、レベルの高い側だけがゲートを潜り抜けられる」
「やっぱり、中でぶつかるんだ」
アリアの言葉に、エレンが首を振った。
「“中で”ぶつかりはしない。そもそも、レベルの低い側は、レベルの高い側がゲートを通過するまで、ゲートに進入出来ない」
僕は、エレンに改めて聞いてみた。
「それとさっきエレンが話した黒い結晶体の“転移”能力を封じ込められるかもって話、どう繋がるの?」
「もし、レベルも体重も何もかもが完全に同じ人物が二人いたと仮定して、その二人が、全く同時に双方向からゲートを潜り抜けようとすれば、二人ともゲートを潜る事が出来ず、弾かれてしまう。あの黒い結晶体が、神樹内の階層間を繋ぐゲートと基本的に同じ性質を持っているとすれば……」
通過出来るのが、人間か、エネルギーかの違いがあったとしても……
「
僕の言葉を引き継ぐ形でエレンが答えてくれた。
「その攻撃は双方とも弾かれて、どこにも“転移”しない可能性が高い。その状態を維持出来れば、少なくとも攻撃を黒い結晶体に“吸われる”のは阻止出来る」
それは試してみる価値のある話に思えた。
問題は、イスディフイ側、地球側、双方向から同じ攻撃力の攻撃を同じタイミングでどう繰り出すか、だけど。
何か通信手段があれば、連絡を取り合いながら、同時に攻撃とか出来るんだけど……
あ!
僕はインベントリを呼び出した。
取り出したのは、『ティーナの重力波発生装置』だ。
アリアが僕の手元を覗き込んできた。
「それ何?」
「これは重力波っていうのを発生させる事が出来る道具なんだ。重力波は、世界の壁を越えて、イスディフイから地球に届くみたいなんだ。ちょっとこれで実験をしてみるよ」
僕は眼鏡のようにかけている測定器の受像機の画像、視界の中の左上に表示されている時刻と思われる数値を確認した。
01:34:15
01:34:16
…………
……
数値が01:35:00になった瞬間、僕は握り締めていた『ティーナの重力波発生装置』にMP10を流し込んだ。
黒い立方体は、僕の手の中で発光した。
さて、後は地球に戻った時、ティーナさんが実際に“いつ”重力波を感知したか聞くだけだ。
アリアが不思議そうにたずねてきた。
「ねえ、チキュウに向けてジュウリョクハを発信して、向こうでは誰が受け取るの?」
「向こうに重力波を感知できる人がいるんだ。実はこの道具をくれた人なんだけどね」
エレンが口を挟んできた。
「前に私が
「そうだよ。よく分ったね」
「……やっぱり、仲良いのね……同じ世界の人間だし……」
エレンが、少し悲しそうな表情になった。
「何? 何の話?」
アリアの目も細くなった。
……いやだから、今、そういう方向への脱線は止めようよ。
「ティーナさんは、ホント、ただの知り合いだよ」
それは本当だ。
現状、“ただの知り合い”。
僕と彼女との間に、艶っぽい話なんて、これっぽっちも存在しない……はず。
「とにかく、重力波があっちに届くタイムラグをまず調べておかないと」
エレンが口を開いた。
「つまり最終的には、あなたとティーナと言う女性と二人で、タイミングを合わせて、同じ攻撃力の攻撃をそれぞれの世界の黒い結晶体に加える?」
「うん。それと同時に、誰かにあっちでモンスターを攻撃してもらって、ちゃんと攻撃がモンスターに通るかどうかも確認してみないと」
それで黒い結晶体が、こちらの攻撃を
例え、黒い結晶体の効果でモンスターが飛躍的に強化されていたとしても、攻撃さえ通れば、必ず倒せるはず。
少し希望が見えた僕は、心が軽くなるのを感じた。
あとは、この“爆心地”の放射線も測定しておこう。
僕は、黒い結晶体のすぐ脇の地面に、手に持っていた測定器を置いた。
そのまま、アリアとエレンと一緒に、ゆっくりとその場を離れて測定器だけを
途端に、僕の視界の中の右下隅の赤い数値が激しく変動した。
500前後まで跳ね上がったその数値は、真っ赤に輝きながら激しく点滅している。
何も無い状態が、0.1とすれば、今、この“爆心地”の放射線量は、500。
つまり、通常の5,000倍に汚染されているという事だろうか?
とりあえず、僕がここで出来る“調査”はここまでのようだ。
僕は、エレンに声を掛けた。
「次は、臥竜山に連れて行ってもらってもいいかな?」
“久し振り”にやってきた臥竜山の山頂にも、イスディフイの二つの月に照らし出され、闇のように輝く巨大な黒い結晶体が出現していた。
僕は、
視界の右下隅に表示される数値は0.1のまま。
一応、エレンにも確認してみよう。
「周囲に僕等にとって危険そうな物ってあるかな?」
僕の言葉を聞いたエレンは、少し目を細めた後、言葉を返してきた。
「ここには、さっきの嘆きの砂漠で感じられた放射線は存在しない。ついでに、半径1km以内に、モンスターも存在しない。だけど……何か不思議な物体が存在する」
「不思議な物体?」
「何かの金属で出来た……例えば、あれ」
エレンが指さす方向に視線を向けると、大小様々な物体が、周囲に散乱している事に気が付いた。
僕はその一つを手に取った。
板状の金属片。
「エレンには、これが何か分からない?」
エレンが
アリアも落ちている金属片の一つを拾いあげ、首を傾げている。
二人にとって馴染みの無い物体って事は、もしかして、ミッドウェイでアメリカ軍が使用したミサイルの残骸だろうか?
僕は、手頃な大きさの破片をいくつか拾い上げると、インベントリに放り込んだ。
後で、ティーナさんに見せてみよう。
もしこれがアメリカ軍の使用したミサイルの残骸だと判明すれば、イスディフイの臥竜山山頂と地球のミッドウェイとが黒い結晶体を介して“繋がっている”証明になる。
さて、一応、これで予定していた“調査”は終了だ。
視界の左上、時刻と思われる数値は、01:58と表示されている。
そろそろ馬車に戻ろうか。
それとも……
少し悩んでいると、アリアが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「“予定していた調査”はこれで終わりなんだけどね……」
エレンが、僕の心を見透かしたかのように口を開いた。
「最果ての海と霧の山脈にも行ってみたい?」
500年前のあの世界で、僕は魔王宮を護る4体の強力なモンスター達と戦った。
臥竜山に拠る竜王バハムート
霧の山脈を飛ぶ空王フェニックス
嘆きの砂漠に棲む獣王ベヒモス
最果ての海に潜む海王レヴィアタン
そして今、地球にはベヒモスと酷似したモンスターがチベットに、バハムートと酷似したモンスターがミッドウェイにそれぞれ出現している。
黒い結晶体を配置して僕等の世界に攻撃を掛けて来た何者か――僕は、エレシュキガルだと睨んでいるけれど――の意図は不明だけど、この流れだと、次に出現するのは、“レヴィアタン”と“フェニックス”になるだろう。
いや、“レヴィアタン”は、既に地球の北極海に出現しているかもしれない。
僕はティーナさんの記憶の世界で、ロシアの原潜の謎の爆発事故と、それに関与した可能性のある“巨大な何かの影”の話が出ていた事を思い出した。
「アリア、エレン、もう少しだけ僕の“調査”に付き合ってもらってもいいかな?」
アリアが笑顔で頷いた。
「大丈夫だよ! こうなったら、とことんまで付き合ってあげる」
エレンも微笑んだ。
「あなたの願いをかなえる事が私の喜び。遠慮はいらない」
エレンの余りに直截的すぎる言葉に、アリアが慌てたような声を上げた。
「ちょ、ちょっと! 何言ってるの?」
「何って、正直な気持ちを口にしただけ」
「……タカシ!」
「いやだから、なんでそこで僕が睨まれる!?」
こうして僕等は次に、最果ての海に向かう事になった。
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