第229話 F級の僕は、“爆心地”に到達する


6月4日 木曜日8



綺麗な泉の周辺には、人やモンスターの気配は感じられない。


「ここが嘆きの砂漠のオアシスって事で良いのかな?」


僕の問い掛けにエレンが頷いた。


「あなたの話に出て来たテレスの街に一番近いオアシスがここ。テレスまでは馬車で三日行程」

「ありがとう。アリア、エレン、僕から離れないでね」


三日前にテトラさん達が“被爆”した場所だ。

当然、まだ放射線量は高いに違いない。

気をつけないと、アリアとエレンをも危険に晒す事になる。

二人を障壁シールドで包み込んだまま、僕は視界の右下隅に視線を向けた。

赤く表示されている数値は0.1のままだ。

視界の中を観察すると、左上隅に、刻一刻と変化していく数値を発見した。


01:02:25

01:02:26

01:02:27

…………

……


もしかすると、時刻だろうか?

しかし、僕が再びこの世界に戻って来たのが30分程前、19:30頃だから……

日本と“時差”の無い、ここイスディフイはちょうど夜の20時過ぎのはずだけど。

もしかしたら、ティーナさんの母国、アメリカ合衆国の現在時刻を表示しているのかもしれない。


僕はインベントリを呼び出して、その中からボールペンとメモ帳を取り出した。

そしてメモ帳に、今の“時刻”とその横に“オアシス到着”と書き込んだ。


「何してるの?」


僕の手元を覗き込んできたアリアに説明した。


「一応、映像も記録してるんだけど、念のため、今の時間と何が起こったかを時系列に書き留めておこうかと」


映像の記録に失敗していたとしても、メモ帳に書き込んでおけば、後でティーナさんに色々説明しやすくなるはず。

僕は、測定器を地面に置いた。

そして、二人と一緒にゆっくりと後ろに下がっていった。

僕等を包み込む障壁シールドは、当然僕等と一緒に移動していき、やがて測定器だけが障壁シールドの外へとすり抜けて行った。

途端に、僕の視界の右下隅の数値に変化が現れた。

数値が、0.1から3.8に跳ね上がり、激しく点滅している。

数値の単位が分からないけれど、どうやら、間違いなく、このオアシスは放射能で汚染されているようだ。

そして改めて、僕の障壁シールドが放射線を防御出来る事も確認できた。

僕は、二人にその状況を説明した後……大事な事に気が付いた。


あれ?

テトラさん達が“核爆発”目撃したのって、どっち方向だろう?


つまり、“爆心地”の方角が分からない。


仕方ない。

一回、テレスの街に戻って、テトラさんにもう一度会って、話を聞いてこようかな……


考えていると、エレンが声を掛けてきた。


「どうしたの?」

「いや、僕等の世界の核ミサイルが、嘆きの砂漠のどこで爆発したのか分からなくて」

「核ミサイルが爆発した場所が、今、この場所に漂う“放射線”の源?」

「うん。そうなんだけど」

「それなら……」


エレンの目が細くなった。

そして、北西方向を指差した。


「“放射線”は、あちら側に行けば行くほど濃くなっている」

「分かるの?」

「分かる。今この場所の“放射線”は、私達魔族にとっては危険な濃度では無いけれど、濃度が上昇すれば、魔族にとっても危険。私達魔族は、瘴気のように自身に危険を及ぼす可能性のある物質については、感知する能力を持っている」


さすがは魔族だ。

この世界のヒューマン――そして多分地球人も――即死するレベルの猛毒を料理の隠し味第171話に使ってしまうだけの事はある。

放射線への耐性も、他の種族と比較して、段違いに高いのだろう。


「それって、今こうして放射線を完全防御出来る障壁シールド内にいても分かるの?」

障壁シールドの外に感知の網を広げれば良いだけだから」

「エレンはやっぱり凄いね。お陰で調査がはかどりそうだ」


僕の言葉に、エレンが嬉しそうな表情になった。

それはともかく、これで“爆心地”に向かう事が出来る。


僕はインベントリを呼び出して、『オロバスのメダル』を取り出した。

そしてメダルを握り締めると、心の中で念じてみた。


『オロバス召喚……』



―――ヒヒヒーン!



手の中のメダルが消滅し、燃えるように赤い六本脚の巨馬、オロバスが出現した。

僕は、エレンとアリアに声を掛けた。


「“爆心地”には、これに乗って近付いてみよう」



エレンの指し示す方角にオロバスを10分程走らせたところで、エレンが声を掛けてきた。


「タカシ、そろそろ“爆心地”」


オロバスの速度を緩めていくと、やがて前方に何か大きな物体が見えてきた。


「あれは……!?」


それは高さ10mはあろうかという巨大な黒い結晶体だった。

チベットで、そしてティーナさんの記憶の中、ミッドウェイで見たのと酷似した黒い結晶体。

イスディフイの二つの月明かりに照らされてなお闇のように黒く輝く結晶体。

チベットでも、ミッドウェイでも、この黒い結晶体は、非常に強力なモンスター達とセットで出現していた。

僕の心に緊張が走った。


「エレン、周囲にモンスターの気配って感じるかな?」


エレンは周囲に探るような視線を向けた後、言葉を返してきた。


「少なくとも、半径1km以内に、モンスター含めて生物は存在しない」


ならばこの黒い結晶体は、周囲のモンスターを護り、力を与えるために存在するわけでは無さそうだ。

もしかしてこれが、地球で加えられた攻撃エネルギーの“出口”の役目を果たしたのだろうか?


僕はオロバスから降りて、二人と一緒にその黒い結晶体に近付いてみた。

近くで見れば見る程、やはり地球に出現している黒い結晶体とそっくりだ。

これが、“出口”なら、壊してしまえばどうなるのだろう?


僕は二人に声を掛けた。


「今からこの黒い結晶体を攻撃してみるね」

「分かった。気を付けて」


とりあえず、【影分身】で攻撃してみよう。


僕はインベントリから女神の雫を10本取り出した。

そして、【影】50体を呼び出して、黒い結晶体を攻撃した。



―――ガガガガガガガ……



凄まじい打撃音が周囲の空気を震わせた。

僕は女神の雫を適時飲み干しながら、1分に渡って攻撃を継続してみた。

しかし、黒い結晶体には傷一つ付ける事が出来ない。


僕の攻撃を見守っていたエレンが口を開いた。


「タカシの【影】の攻撃は、音はしているけれど黒い結晶体の表面に届いていない。届く寸前で消滅している」

「消滅?」


僕はティーナさんの記憶の中で見たミサイルがドラゴン達に着弾する寸前に、次々と“消滅”していった光景を思い出した。

僕は、エレンに聞きなおしてみた。


「もしかして、どこかに転移させられてる?」

「転移……可能性はある」


もしかすると、チベットで使用された核ミサイルがここ嘆きの砂漠で爆発したのと同じく、僕の攻撃は、チベットの荒野に空しく放散させられた、という事であろうか?


「これって、壊せないかな?」


僕はエレンに聞いてみた。

しかし、エレンはじっと考え込んだまま答えない。

と、アリアが口を開いた。


「ねえ、この黒い結晶体って、タカシの言ってたチキュウに出現している黒い結晶体とそっくりなの?」

「うん。そっくりだよ」

「カクミサイルは、チキュウの黒い結晶体を抜けてこっちに来て、もしかしたら、タカシの攻撃は、この黒い結晶体を抜けてチキュウに行っちゃったかもしれないんだよね」

「そうなるね」

「それって、なんだか神樹の転移ゲートみたい」

「どういう意味?」

「だって、神樹の転移ゲートも、例えば第80層から第81層に行けるゲートも、第81層から第80層に戻るゲートも見た目そっくりじゃない」


言われてみればその通りだ。

理由なんて、深く考えた事無いけれど。


「前から疑問に思ってたんだけどさ」


アリアが言葉を続けた。


「あの神樹のゲートって、例えば第80層側からと第81層側からと、同時に飛び込んだらどうなるんだろう? 中でぶつかったりしないのかな?」

「ぶつかったり……どうなんだろ?」


僕はエレンの方に視線を向けた。

エレンがハッとしたような顔になった。


「タカシ! この黒い結晶体、破壊は出来なくても、少なくとも加えられた攻撃の“転移”は封じ込められるかもしれない」


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