第228話 F級の僕は、馬車を空っぽにして調査に向かう


6月4日 木曜日7



移動する馬車の中で、僕はさらに話を続けた。


「そんなわけで、この世界で“二ヶ所”、すぐにでも調べに行きたい場所があるんだ」


アリアが不思議そうに聞き返してきた。


「二ヶ所? 嘆きの砂漠だけじゃないの?」


僕はうなずいた。

チベットでスタンピードを起こしたモンスター達を率いていたのは、500年前のあの世界で僕が斃したはずのベヒモスとしか思えないモンスターだった。

そして、ティーナさんの記憶の中、ミッドウェイに出現した黒く巨大なドラゴンは、僕にはバハムート――やはり500年前のあの世界で僕が斃した――にしか見えなかった。

さらに想像を逞しくするなら、北極海に出現した“謎のモンスター”は、500年前のあの世界で僕が斃したはずのレヴィアタンかもしれない。

さらにさらに、今後、僕等の世界地球のどこかにフェニックスに酷似したモンスターが出現しても、僕はもはや驚かないだろう。


いずこかに封印されているはずのエレシュキガルが、“何か”を仕掛けてきている。

この世界イスディフイに対してだけでは無く、僕等の世界地球に対しても。


「臥竜山。覚えているかな?」


僕はエレンに問いかけた。

エレンが頷いた。


「覚えている。あなたがかつてバハムートを斃した場所」


僕とエレンの会話を聞いていたアリアが驚いたように声を上げた。


「待って待って! バハムートって……確か、500年前の伝説の勇者に倒された竜王がそんな名前じゃ無かったっけ?」

「そういう事になるのかな」

「そういう事になるのかなって……まさか……」


良い機会だ。

僕が伝説の勇者かどうかはともかく、500年前のイスディフイで僕がエレシュキガルを封印するという選択肢を選んだ延長線上にこの世界があるはず。

いつも僕の味方であり続けてくれているアリアには話しておくべきだろう。


「実は……」


僕は地球の富士第一91層でのティーナさんのゲート生成実験に立ち会った事。

生成されたゲートの向こうでエレンを救出した事。

エレンの精神が僕の中に同居した状態で、500年前のイスディフイに召喚された事。

そこでノエミちゃんのお母さん、先代光の巫女ノルン様に出会った事。

魔王エレシュキガルと対峙した事。

最終的に、ノルン様の意に反する形でエレシュキガルを封印した事……


「創世神イシュタル様と思われる女性は、あの世界に僕を召喚したのは、エレシュキガルだと言っていた。そして今、僕が500年前のイスディフイで倒したモンスター達と酷似したモンスター達が、現在の僕等の世界地球に出現している。嘆きの砂漠で斃したはずのベヒモスと酷似したモンスターが、僕等の世界のチベットに出現した。そしてチベットで使用された核ミサイルは、嘆きの砂漠で炸裂した。同じく、臥竜山でかつて斃したはずのバハムートに酷似したドラゴンが、僕等の世界のミッドウェイに出現した。だから、臥竜山も調べに行ってみたいんだ」


僕の話を聞き終えたアリアはしばらく固まっていたが、やがて大きく息を吐いた。

僕はアリアにそっと声を掛けた。


「大丈夫?」

「う、うん。大丈夫。なんか話が壮大過ぎて、ちょっと理解が追い付いて無いかもだけど……とにかく、タカシは500年前に私達の世界を救ってくれたって事だよね?」

「結果的には、問題を先送りにしちゃっただけかもしれないけどね」


そう。

あの世界で、僕はエレシュキガルを滅ぼせなかった。

結局、誰か――創世神イシュタルだろうとは思うけれど――が与えてくれた{封神の雷}を使用して、エレシュキガルを封印しただけ。

そして今、改めてエレシュキガルを滅ぼす手立てを探る羽目に陥っている。


「そんな事は無い」


エレンが優しく微笑んだ。


「あなたのあの時の選択は正しかった。あなたは世界を救った。少なくとも、私はあなたに救われた」


エレンが僕にそっと身を寄せてこようとした。

しかし、すかさずアリアが僕とエレンとの間に割って入った。


「ちょっと! 勝手に二人の世界を作らないで欲しいんですけど!」

「二人の世界って、僕とエレンはそんな関係じゃ……」


話しながら、同意を求めようとエレンに視線を向けた僕は、言葉に詰まってしまった。

エレンが頬を染めてうつむいている。

アリアの視線が一気に氷点下にまで下がってしまったように感じられた。


「……なんか変だとは思ってたんだよね」

「何の話?」

「だってエレン、いきなりタカシの為に手料理作って第171話来るし、雰囲気も変わったし……」


あれ?

なんだか話が妙な方向に……

助け舟を求めようと、僕はエレンに話しかけた。


「それはたまたまだよ。ね?」

「たまたまじゃない」

「えっ?」

「持ってきた料理、結果的にあなたに不快な思いをさせてしまったけれど、あなたを喜ばせたくて一生懸命頑張った。それだけは理解して欲しい」


エレンの言葉を聞いたアリアがうつむいた。


「酷い……」

「えっ?」

「もしかして、エレンみたいなのがタイプなの?」

「いやだから、そういう関係では……」

「ちょうど良い機会だから聞くけど、私とエレン、どっちが大事?」

「どっちがって……二人とも僕にとってはかけがえの無い大事な仲間だよ!」


このままこの話題を続ければ、なんだかとてもまずい事になりそうな気がする。

とにかく、話を元に戻そう。


「とにかくさ、今話した通り、僕等の世界が大変な事になっている。だから、今からすぐに調査に行きたいんだ」

「……やっぱり、エレンと二人きりになりたいんだ」

「違うって。なんなら、アリアも一緒に行こうよ」


アリアが少し上目づかいで、僕に探るような視線を向けて来た。


「……いいの?」

「いいも悪いも、アリアには是非ついて来てもらいたいんだ」

「ホント?」

「ホントもホント。もしかしたら僕じゃ気付けない事、アリアなら気付くかもしれないし」

「しょうがないなぁ。それじゃあ、私もその調査、手伝ってあげる」


ようやくアリアの機嫌が回復した。



とりあえず落ち着いた所で、僕はインベントリを呼び出した。

そしてその中から、ティーナさんに託されたあの白いアタッシュケースを取り出した。

僕がそのアタッシュケースを開くと、アリアとエレンが、興味深そうに覗き込んできた。


「タカシ、これ、もしかしてチキュウの道具?」

「うん。さっき話した核兵器が爆発後にまき散らした放射線を測定できる装置なんだ。ただ、この世界で使えるかどうか、一応、チェックしておこうと思ってね」


スマホの例もある。

作動するかどうか確認しておかないと、危なくて爆心地には近付けない。

僕はティーナさんから教えてもらった通り、測定器の受像機を眼鏡のように掛けてからスイッチを押してみた。

すると、地球で使用した時同様、視界の中に、いくつかの数値が表示された。

右下隅の放射線量を示す値は、赤字で0.1と表示されている。


良かった。

使えそうだ。


僕は、小型カメラの方もアタッシュケースから取り出し、右のこめかみに取り付けた。

スイッチを入れてみたけれど、こちらは映像が記録されているのかどうか、僕は確認方法を聞いていない。

ともかく準備オッケーだ。


「エレン、ちょっと聞いてみたい事があるんだけど」

「何?」


僕は右腕に装着した『エレンの腕輪』を指差した。

内蔵されたMP依存性に、能動的に障壁シールドを発生させることが出来るだけでは無く、攻撃を受ければ自動的に完全防御してくれるアイテムだ。


「これって、目に見えない物……毒とか瘴気とか、そういうのも防御出来るのかな?」

「出来る。あなたのいう放射線が、あなたを傷付ける性質の物であれば、それも完全に防御出来るはず」


僕は少しホッとした。

放射線を防げないなら、嘆きの砂漠の調査はより難しくなる所だった。


僕はアリアとエレンを包み込むように障壁シールドを展開した。


「エレン、まずは僕達を嘆きの砂漠のオアシスに連れて行って欲しいんだ」


テトラさん達が核爆発らしき異常現象を目撃した場所。

調査は当然、そこから始めるべきだろう。


「分かった」


エレンが何かを呟いた瞬間、僕等はイスディフイの二つの月に照らし出された綺麗な泉のほとりに転移していた。


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