第227話 F級の僕は、アリアとエレンに核兵器について説明する


6月4日 木曜日6



……

…………

次第に夢から覚めるように、ティーナさんの記憶の情景が薄れて行き、気が付くと、僕は自分のアパートの部屋の中に“戻って”来ていた。

ティーナさんの記憶を覗くのと同時に、彼女の感覚とシンクロしてしまっていたからであろうか?

実際には体験していないはずの記憶の情景に、僕の心臓はまだバクバク言っている。

右手を握ったままのティーナさんが、少し心配そうな表情で僕の顔を覗き込んできた。


「大丈夫ですか?」


僕は呼吸を整えながら、ティーナさんを安心させようと笑顔を作った。


「大丈夫です」

「視えましたか?」

「はい」


随分長い間、ティーナさんの記憶の世界に潜っていたような気がする。

しかし机の上の目覚まし時計に目をやると、時計の針の位置に、殆ど変化は見られない。

ティーナさんの言葉通り、全ては数秒の間に終了していたようだ。


「理解してもらえましたか? 私の言葉の意味が」



―――私達の世界は滅ぼされてしまうかもしれません。



彼女の言葉が、脳裏に蘇ってきた。

僕は頷いた。


「理解出来ました」


あの黒い結晶体。

あれをどうにかする方法を見つけ出さない限り……

チベット、ミッドウェイ、そして北極海で起こった異変が、今後も続くと仮定すれば……

僕等の世界はモンスター達に蹂躙され、文明は崩壊し、種としての人類が存続出来るかどうかといった事態に追い込まれるかもしれない。


「では、あちらisdifuiでの調査、宜しくお願いします」


ティーナさんは、ハワイのヒッカム空軍基地内に与えられている自室に繋がっているのであろうワームホールに向かおうとして、足を止めた。


「そうそう、あちらisdifuiでの調査に役立つ道具を持ってきます。1分だけ待っていて下さい」


彼女は、そう言い残すと、足早にワームホールを潜り抜けて行った。


そういや以前、すぐに戻って来るって言いながら、なかなか戻って来なくて、結構あせった事第203話あったな……


若干場違いな事を思い出しながら待っていると、1分も経たずに、ティーナさんが戻って来た。

彼女は、白いアタッシュケースのような物を手にしていた。


「何ですか? それ」

「この前、Tibetの調査の時使用していた装置類が入っています」


ティーナさんがアタッシュケースを開くと、中には、こめかみ付近に取り付けられる小型カメラと、放射線量その他の環境因子を測定できる装置とが収められていた。


「両方とも使い方は簡単です。ここのswitchを入れれば、勝手に最適modeで立ち上がり、映像、測定結果等が記録されます。一度装着してみて下さい」


僕は、小型カメラを右のこめかみに、環境因子測定器の受像機を眼鏡のようにそれぞれ装着した。

手に持った測定器のスイッチを入れると、視界の中に、いくつかの数字が次々と表示されていく。

温度や湿度、放射線量等が表示されているのだろうけれど、全て英語表記で正直分からない項目の方が多い。


「実は英語、あんまり得意じゃ無いんですよね~」


僕は、正直にそう伝えてみた。

ティーナさんが微笑んだ。


「大丈夫です。測定だけしてもらえれば、後でこちらで解析します。それより、一つだけ覚えておいて欲しい項目があります。右下隅の赤い数字、分かりますか?」


僕は視界の中の右下の隅を確認した。

赤く0.1と言う数字が表示されている。


「その赤い数字が放射線量です。危険なlevelに近付くと、赤色がより強調され、点滅し始めます。そうなったら、急いでその場を離れて下さい」

「分かりました」


僕は外した装置類を再びアタッシュケースに収める手伝いをしながら、気になる事を質問してみた。


「実は、あっちイスディフイではスマホとか使用不能になるんですよ。ちょうど、こちら地球のダンジョン内部で精密機器が使用不能になるのと同じ感じです。この装置類、あっちイスディフイで作動しないかもしれませんよ」

「そうなんですね……」


ティーナさんは、少し思案気な顔になった。


「だとすると、映像の方は難しいかもしれませんね。測定器の方は、dungeon内部でも作動するよう特殊加工が施されています。ただもし、測定器が作動しない場合は、危険を冒してまで“爆心地”には近付かないで下さい。その場合は、別の手立てを考えます」


僕が白いアタッシュケースをインベントリに収納するのを確認したティーナさんは、再びワームホールに向かった。


「それでは私は戻りますね。何か分かったら、すぐに知らせて下さい」

「分かりました。次は恐らく、明日の午前中……ハワイ時間だと……」

「“今日”のお昼ですね。Hawaiiは日本から見て、日付変更線の向こう側ですから」

「それ位に、可能なら連絡します」

「お待ちしています」

「ティーナさんも、その……」


ここ2日間、彼女は、凄まじい修羅場を潜り抜けて来た。

見た目気丈に振舞っているように見える僕と同年代の彼女の心が、引き裂かれそうな悲鳴を上げている事を、記憶を覗いたからこそ、僕は理解出来ている。

そんな彼女に何か声を掛けてあげたいけれど、上手い言葉が見つからない。

ティーナさんが少しおどけたような顔になった。


「気を使わなくても大丈夫ですよ。その代わり、落ち着いたら、私もあっちisdifuiに連れて行って下さい。尋ね人がいないか、確認してみたいので」


尋ね人。

彼女の幼い頃の夢。


「オズの魔法使い、ですか?」

「ふふふ、記憶を見せるのは、裸を見せるのより気恥ずかしい物ですね」

「あっ、えっ?」


その例えは少々、刺激が強いですよ。


こうしてティーナさんはワームホールの向こうに消えて行った。

さて、僕も急いで戻らないと。


部屋の中のワームホールが消滅していくのを横目で見ながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



「おかえり~」


再びイスディフイの街、テレスに停車中の馬車の中に戻って来た僕に、目をワクワクさせたアリアが声を掛けてきた。


「持ってきた?」


あ……!

すっかり忘れてた。

アリアへのお土産地球の本


「ごめんね。あっちでちょっと色々あってね……今度また持ってくるよ」


アリアが心配そうな顔になった。


「色々? 何があったの?」

「後で話すよ」


僕は馬車を降りて、随行の騎士達に声を掛けた。


「すみません、お待たせしました」

「では、出発します」


馬車が動き出した。

馬車の小窓を開け、すっかり日が暮れた街の灯りに目をやりながら、ティーナさんの記憶の中で見た物に想いを馳せようとした途端、アリアに再び話しかけられた。


「それで、何があったの?」


僕は、小窓を閉めてアリアに向き直った。


「エレンも呼んでいいかな?」


アリアが心なしか不機嫌になった。


「また? なんか最近、エレンと仲良いね」

「そんなんじゃ無いって。ただ、アリアとエレン、本当はノエミちゃんにも聞いておいてもらいたい話なんだ」


僕の真剣な気持ちを分かってくれたのか、アリアが不承不承頷いた。


『エレン……』


僕の呼びかけに応えて、エレンが馬車の中に転移してきた。


「どうしたの? なんだか心配事があるみたい」


顔に出てしまっているのだろうか?

エレンが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

彼女の整った顔を間近で見る形になってしまった僕は少しドギマギしながら、思わず視線を逸らしてしまった。

なんだかアリアがジト目になっている気がする。

時間が勿体もったいないから、早く本題に入らないと……


「二人に聞いてもらいたい話があるんだ」


頭の中で、話す内容を組み立てながら、僕は切り出した。


「さっきの街で会ったテトラさんの事なんだけどね……」


あの時、アリアは僕の隣に立っていたけれど、エレンはテトラさんについて何も知らないはずだ。

僕は、テトラさんが嘆きの砂漠で“不可思議な爆発現象”に遭遇して以来、体に変調をきたしている事をかいつまんで説明した。


「それでテトラさんがあんな風になってしまったのは、実は僕の世界のせいなんだ」


アリアが怪訝そうな表情になった。


「タカシの世界のせい? それって、チキュウがイスディフイに何かしたって事?」

「正確には、“させられた”って事だよ」


中国は、別にイスディフイを攻撃する意図で核ミサイルを発射していない“はず”だ。

チベットでスタンピードを起こしたモンスター達を殲滅しようとして発射された核ミサイルを、黒い結晶体がイスディフイに転移させた。

そして、核ミサイルは、転移先の嘆きの砂漠で炸裂し、それをテトラさん達が目撃、被爆する事になった……。


僕はその事を、なるべくアリアやエレンにも理解してもらえそうな言葉に置き換えながら説明した。


「核兵器っていうのは、僕等の世界では、魔法やスキルを除けば、最終兵器みたいな扱いなんだ。だけど、反動も大きくてね……」


被爆して放射線障害を起こした人の治療は困難を極める。

放射線は、生命の設計図ともいえるDNAを損傷させる。

その影響は、世代を超えて伝わってしまう事もある。


「……まるで呪いのよう……」


エレンがポツリと呟いた。


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