第231話 F級の僕は、ついにノエル様と再会する


6月4日 木曜日10



エレンが選んだ転移先は、巨大なテーブル型氷山の上だった。

ビュービューと風が唸りを上げながら吹き抜ける真っ暗な空の下、周囲に目をこらすと、同じ氷山の上、50m程向こうに、やはり巨大な黒い結晶体が姿を現していた。

障壁シールドの外には、身も凍えそうな風景が広がってはいるものの、僕等は特に寒さを感じない。

どうやら展開する障壁シールドが、寒気も完全に遮断してくれているらしい。


「エレン、周辺にモンスターはいないかな?」

「海中も含めて周辺にモンスターは存在しない。“放射線”も感じられない」


僕は二人と一緒に、慎重に黒い結晶体へと近付いた。

これ黒い結晶体がここに出現しているという事は、“レヴィアタン”もまた、僕等の世界地球に出現しているという事だろうか。

だけどもし、あの北極海の“巨大な何かの影”が“レヴィアタン”だとすると、斃すのは非常に困難を伴うかもしれない、

僕等人間は基本的に、空気が無いと行動に制限が掛かる生き物だ。

500年前のあの世界では、ノルン様が精霊魔法の加護を使用する事で、海中での行動も可能になった第152話けれど……


「僕のこの障壁シールド、海水も遮断できるかな?」

「この障壁シールドは、あなたを危険に晒す全てからあなたを護るためのもの。当然、海水も遮断できる」

「じゃあ、このまま海中に飛び込んで、自由に動いたりって出来る?」

「ごめんなさい。それは不可能。空気の泡のようにぷかぷか海上に浮かぶだけ」


それだと、戦いの場ではあまり実用的とは言えないかもしれない。

地球に、海中での行動を可能にするスキルみたいなのを持っている人っていないかな?


思わず考え込んでしまった僕に、エレンが声を掛けてきた。


「海中でも自由に動き回る手段はある」

「どんな手段?」

「精霊との契約が有れば、海中でも自由に行動できる」


精霊との契約?

精霊と交信し、その力を借りる事が出来るのは、光の巫女等、限られた存在のみと聞いている。

エレンもまた、精霊と交信できる第163話という話は聞いたけれど。


「精霊との契約って、僕でも可能なの?」

「神樹第100層のゲートキーパー、ブエルが落とす『精霊の鏡』があれば、精霊と契約できるはず」


神樹第100層と言えば……


「確か、そのブエルの落とすアイテムがあれば、『エレンの腕輪』を改良出来るって話して第208話たよね」


エレンは頷いた。


「『精霊の鏡』を手に入れれば、その鏡に封じられている精霊が、あなたに力を貸してくれるはず。精霊と契約できれば、その精霊は、『精霊の鏡』を使用して改良した腕輪に宿り、あなたの指示に従い、MP消費無しに、あなたを無制限に護ってくれるはず」

「海中も移動できる?」

障壁シールドを展開している状態なら、海中でも空中でも自在に移動できるはず」


それは凄い。

可能な限り急いで第100層に到達しないと。

もし富士第一と神樹、双方のゲートキーパーが同じアイテムを落とすのなら、やはり、より攻略の進んでいる富士第一で100層目指した方が、早く『精霊の鏡』を入手出来るかもしれない。


そこまで考えた僕は、エレンの先程からの言い方に違和感がある事に気が付いた。


「エレン、さっきから、~のはずって言ってるけど、何か理由が有ったりする?」


珍しく、エレンが少し目を泳がせた。


「大丈夫とは思うけれど……精霊は得てして“我儘”な時がある」

「我儘?」

「たまに……“交渉”しようとしてくる精霊もいるから……でも安心して。無茶な事を言い出したら、私が何とかするから」


エレンが言う“何とかする”は、その精霊にとっては、多分、かなり不幸な事態になりそうだ。


「その辺の事は、実際に手に入ってから考えてもいいかもね」


さて……


「次は、霧の山脈に向かってみよう」



エレンが転移したのは、霧の山脈の稜線部分の一角だった。

あいにく曇っているのか、月明かりも無く、漆黒の闇が広がっている。

僕は周囲に目を凝らしながら、エレンに聞いてみた。


「あの黒い結晶体って出現してるかな?」


エレンは、しばらく何かを探るような表情になった後、言葉を返してきた。


「この周辺には、あの黒い結晶体は存在しない」


という事は、まだ“フェニックス”は地球には出現していない、という事だろうか?

その後、念のため、霧の山脈の尾根筋の何ヶ所かに転移してもらったけれど、やはり黒い結晶体は出現してなさそうであった。

そもそも、あの黒い結晶体って、どうやって出現するんだろう?

黒い結晶体に関わっている――と僕は半ば確信しているけれど――であろうエレシュキガルは、どこかに封じられているはずなのに。



今度こそ、全ての“調査”を終えた僕等は、疾走中の馬車の中に戻ってきた。

疾走中と言う事は、僕等がこっそり抜け出していたのには、気付かれていないようであった。

視界の左上隅の“時刻”は、02:30と表示されている。

この数値が、アメリカ合衆国、ティーナさんのいる場所の時刻を示しているのなら、今頃、彼女は、ベッドの中のはず。

ここ二三日の彼女の記憶を視せてもらった僕としては、彼女がちゃんと眠れているかどうか怪しいとは思うけれど、せめて僕が邪魔するのだけは避けてあげよう。

報告は事前の打ち合わせ第227話通り、明日の午前中、アールヴに到着して一息ついてからにしよう。


エレンが去り、アリアと少しおしゃべりを楽しんだ僕は、早々に布団の中に潜り込んだ。




6月5日 金曜日1



翌朝、僕が目を覚ますと、馬車はまだ移動中のようであった。

小窓を開けて外を確認してみると、道の両脇に広がる草原が、昇ったばかりの朝日に照らされてキラキラ輝いていた。

僕より少し早めに起きていたアリアと話しながら外を眺めていると、やがて前方に、巨大な神樹が見えてきた。

久し振りに眺める神樹の外観。


最近、なんだかんだで、神樹内部を登れていない。

今日は午後、地球で関谷さん達とダンジョンに潜る約束をしているけれど、今夜は久し振りに神樹にも登りに行こうかな。


そんな事を考えている内にも、神樹がどんどん大きくなっていく。

こうしてイスディフイ時間の08:10、僕とアリアはついにアールヴに到着した。



宮殿前の広場に降り立った僕等を、数人の女官を従えたノエル様自ら出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。お二人ともお元気そうでなによりです」


アリアと僕は、型通りの臣礼を取った。


「ただいま戻りました。ノエル様もお元気そうですね」

「タカシ様、私に対しまして、そのような作法は無用に御座います。長旅でお疲れでしょう。お部屋にご案内しますので、まずはゆるりとお寛ぎ下さい」


メイド姿の女官が、僕とアリアを、それぞれ、以前にアールヴを訪れた際に滞在した部屋へと案内してくれた。


「すぐに朝食をご用意致します。着替えが終わられましたら、お知らせ下さい」


身支度を追え、部屋での朝食を終えた僕は、改めて女官に声を掛けた。


「すみません、実は、早急にノエル様にお話ししたい事がございまして」


この世界で、嘆きの砂漠をどこの国が管理しているのか、僕には分からないけれど、今、あそこの場所が危険だと言う事は、伝えておかないといけない。

それともちろん、嘆きの砂漠で被爆して、テレスの街で療養中のテトラさんの件についても相談したい。


「かしこまりました」


女官が去って行って10分程で、部屋の扉がノックされた。



―――コンコン



「どうぞ」


開けると、廊下には、数人の女官達を引きつれたノエル様が立っていた。


「タカシ様、何かお話があるそうですね」

「はい。お入り下さい」


ノエル様は、女官達に声をかけた。


「少しここで待機していて下さい」

「かしこまりました」


女官達が一斉に臣礼を取り、ノエル様は、一人で僕の部屋に入ってきた。

僕は彼女に椅子を進めてから早速話を切り出した。


僕等の世界地球が困難に直面している事。

僕等の世界地球で使用された核兵器が、黒い結晶体を通過してこの世界に現れ、炸裂した事。

それを目撃したテトラさんの身に異変が生じている事……


僕の話を聞き終えたノエル様は、大きく目を見張った。


「にわかには信じがたいお話です」

「すみません。ですが、嘆きの砂漠の封鎖と、テトラさんの“治療”が可能かどうか、すぐに手を打って頂けないでしょうか? どちらも放っておくと手遅れになるかもしれません」

「分かりました。他ならぬタカシ様の頼み。お任せ下さい」

「それと……」


少し逡巡した後、僕は切り出した。


「光の巫女様に、会わせて頂けないでしょうか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る