第222話 F級の僕は、嘆きの砂漠で何かが起きた事を知る


6月4日 木曜日1



翌朝、目が覚めた時、馬車はまだ移動中のようであった。

幌に覆われ、小窓も締め切られている馬車内部は薄暗く、あまり外の光が入って来ない状況なので、時間が分からないけれど、自分的にはもう眠気は残っていない。

着替えのため布団から起き出そうとすると、隣からアリアが声を掛けてきた。

取り外し可能な間仕切り一枚隔てているだけなので、音で僕が起きたのに気が付いたようだ。


「タカシ、起きた?」

「今起きた所だよ。おはようアリア」

「おはよう。着替えたら、間仕切り外していいよ」


どうやらアリアは、僕より少し早く起きて、既に着替えを済ませているようだ。

僕が身支度を終え、アリアの居場所との間の間仕切りを外したタイミングで馬車が停止した。

小窓を開けて外を確認すると、どうやら光樹騎士団が黒の森内部に臨時に設けた拠点の一つに到着したようだった。

夜は既に明けているようだけど、空は厚い雲に覆われている。

もしかすると、今日は雨が降るかもしれない。

外を覗く僕とアリアに気付いた騎士の一人が声を掛けて来た。


「おはようございます。朝食の準備を始めても宜しいでしょうか?」

「お願いします」


馬車は今日も一日、食事時の小休憩以外は、走り続けるようであった。

午後、黒の森を抜けたあたりで、予想通り雨が降ってきた。

そのまま走り続けた馬車は夕方、賑やかな街に到着した。

アールヴと西の国々とを結ぶ交易路上にある街、テレス。

ここまで随行してくれた騎士の一人が、僕に話しかけてきた。


「ここで最後の馬と人員の交代を行います。その間、タカシ様とアリア様には夕食を済ませて頂きたいのですが、タカシ様はまた昨夕と同じく、習慣にされているという事をなさいますか?」


ちょうど、チベットやミッドウェイでのスタンピードがどうなったのか気になっていた所だ。


「はい。そうさせて頂ければありがたいです」

「では、お食事の時間も含めまして、1時間後に出発で宜しいでしょうか?」

「はい。大丈夫だと思います」


騎士達が夕食の支度を始めるのを横目で見ながら、アリアが囁いてきた。


「またチキュウに帰るの?」

「うん。昨日と同じで、様子を見てきたらまたすぐにこっちに戻って来るよ」

「じゃあさ……」


アリアが、少し上目づかいで僕を見上げてきた。


「他にも面白そうなガイドブックあったら持ってきて」


どうやらアリアは、僕がこの世界に持ってきたT京の旅行ガイドブックが気に入ったようだ。


「そうだね……旅行のガイドブックはもう無かったと思うけど、何か面白そうなの有ったら、また持ってくるよ」

「ありがとう」


無邪気に喜ぶアリアを見ていると、僕まで何だか幸せな気分になってきた。

と、何やら叫ぶ声が聞こえてきた。


「騎士様! お願いでございます。どうかお助けを!」

「我等は任務中だ。そなた等に割く時間の余裕は無い。他を当たれ」

「光の巫女様なら……光の巫女様ならお救い頂けるかと……」

「無礼な! 気安く聖下様を頼るでない!」


見ると、一人の初老の男性が、僕等に随行してきた騎士達にすがり付くように、何かを嘆願している所であった。

僕の脳裏に、500年前のあの世界で、アールヴの庇護を求めに来た獣人の青年と、それを無下に追い返そうとしていたエルフ達の事が蘇ってきた。

僕は思わず彼等に近寄った。


「どうされました?」


声を掛けると、騎士達とその初老の男性が、一斉に僕の方を向いた。

騎士達の一人が、言葉を返してきた。


「タカシ様、お見苦しい所をお見せしました。ここは我等にお任せ下さい。間も無く料理が出来上がる頃合いでございます」


僕はその騎士を無視する形で初老の男性に視線を向けて、少しぎょっとした。

種族的にはヒューマンに見える痩せこけた彼の顔には、まるで打ち身のような痣が複数浮いていた。

もしかすると、何かの病気であろうか?

気を取り直した僕は、その初老の男性に話しかけた。


「僕は冒険者のタカシといいます。招かれてアールヴに向かう途中なのですが、お話、お聞かせ頂けないですか?」


その初老の男性は、少し戸惑ったような顔をした後、話し出した。


「私はドルム商会所属の商人、テトラと申します。いつも西のティエール伯領とアールヴとの間を、キャラバンを率いて行き来しております。今回も、10日前に無事、ティエールでの取引を終えたのですが、こちらに戻る途中の嘆きの砂漠で……」


『嘆きの砂漠』は、ここから西に馬車で数日かかる場所に広がる広大な砂漠だ。

灼熱の太陽にあぶられはするものの、モンスターも少なく、テトラさんのようなキャラバンの交易路としてよく利用されているらしい。

3日前の夜中、テトラさん達が嘆きの砂漠のオアシスにテントを張って休んでいた時の事だった。


「突然、テントの中が昼間のように明るく照らし出されました。何事かと慌てて外に飛び出すと……」


外に飛び出したテトラさん達は、遥か彼方で、巨大な雲の塊が真っ赤に燃え上がりながら立ち上がるのを見た。

そして次の瞬間、轟音と共に大地が激しく揺さぶられ、突風がテトラさん達の脇を吹き抜けて行った。


「距離があったためか、テントが倒される程では無かったのですが、とにかく、馬は暴れ出しますし、我々はパニックになってしまいました……」


その巨大な“爆発現象”は、1回きりでは無かった。


「それは、連続して十数回発生しました。その度に、巨大な赤く煮えたぎるような雲が立ち上がって……もう我々は生きた心地もしなくて……」


話を聞いている内に、僕は自分の顔が強張ってくるのを感じた。

僕の知識の中に、テトラさんの語る内容と一致するモノがある……ような気がする。

それに、嘆きの砂漠と言えば、500年前のあの世界で、僕がベヒモスを斃した場所だったはず。


と、それまで黙って話を聞いていた騎士達の一人がやや呆れた感じで口を開いた。


「寝ぼけて夢と現実がごちゃ混ぜになったのでは無いのか? それか、魔族か何かが、不相応な大魔法を練習がてら連発しているのを見たとか」


そうか、大魔法という可能性もあるか。

なぜか僕は自分が少しほっとしている事に気が付いた。


「夢ではございません!」


テトラさんがやや気色ばんだ。


「この顔のあざを見て下さい! 前日までこんなものは有りませんでした。翌朝気付いたら顔に痣が出来ていたのです。しかもここ二三日で急激に増えてきています! 同時に言いようのない倦怠感も出てきております。仲間達にも同じ症状が現れています。中には鼻血が止まらなくなっている者もおります。アレのせいでこうなったとしか考えられません!」


騎士達の一人が呆れたような顔になった。


「だからどうしたというのだ? 痣に倦怠感に鼻血だと? まさかお前は、そんな事のために、聖下様のお手を煩わせようとしたのか? お前が来るべき場所はここでは無い。治療院に行け。その程度の症状、街の治療師でも対処できるであろうが」

「もちろん参りました!」


テトラさんが、叫ぶように言葉を返した。


「治療師は、“こんな症状は見たことが無い。ポーションも魔法も君達を治せない。一種の呪いかもしれない”と申しておりました」

「呪いだと? 大袈裟な」


騎士達が鼻で笑いながら、手に持っている槍の柄でテトラさんを突いた。

よろけながらもテトラさんは再び叫んだ。


「お願いでございます! どうか聖下様のお力を……」

「くどい!」


騎士達の一人が、さらにもう一度槍の柄でテトラさんを突き飛ばそうとした。

僕は思わず槍とテトラさんの間に割って入り、突き出された槍の柄を握り止めてしまった。


「待って下さい」


僕は握り止めた槍の柄から手を離し、騎士達に話しかけた。


「聞く限り、嘆きの砂漠で異常な現象が発生したのは間違いないのでは? テトラさんの症状も、放っておいたら取り返しのつかない事態にならないとも限らないじゃないですか」

「タカシ様」


騎士達の一人が姿勢を正した。


「現実問題として、私達に、この者のために出来る事はございません。今は一刻も早くアールヴにお戻り頂く事こそ肝要かと」

「では僕から直接、王女ノエル様に彼等を助けるようお願いします。宜しいですね?」

「それは……」


戸惑う騎士達に背を向けた僕は、テトラさんに話しかけた。


「アールヴには自力で戻れそうですか?」

「分かりません。仲間達の中には動けなくなっている者もおりますので……」

「ではこの街で待っていて下さい。皆さんを必ず治せるとは保証できませんが、出来るだけの事をしてみますから」


僕の言葉に、テトラさんがやや怪訝そうな顔になった。


「失礼ですが、なぜ見ず知らずのあなたが、私どもにそこまで?」

「元々、ドルム商会のドルムさんとは知り合いでして……」


ドルムさんを護衛するというクエストを引き受ける形で、僕は初めてアールヴを訪れる事になった。

もちろんそれだけがテトラさんを助けたいと思った理由では無いけれど。


「とにかく、二三日中には必ず連絡します」


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