第221話 F級の僕は、エレンとアリアに地球の様子を語って聞かせる


6月3日 水曜日4



夕闇迫る中、再びアパートの部屋に戻って来た僕は、ポケットからスマホを取り出した。

そして一応、再び起動を試みた。

すると……


あれ?


今度は普通に画面が立ち上がった。


接触が悪かっただけかな?


操作してみると、ネットは問題なく閲覧できるようだ。

僕は、チャットアプリを立ち上げた。

そして、関谷さんにメッセージを送信してみた。



―――『ちょっと電話してみてもいいかな?』



送信したメッセージは、すぐに既読になった。



『大丈夫ですよ』



チャットアプリでのメッセージのやりとりにも問題は無さそうだ。

電話帳に登録してある関谷さんの名前をタップしてみると、普通に関谷さんに繋がった。


『どうしたの?』

「突然電話してごめん。なんだかスマホの調子がいきなり悪くなって、壊れてないか、ちょっと確認のための電話なんだ」

『電話出来てるって事は、直ったの?』

「そうかも。一応、夜遅くまで開いてる代理店って知らない? また調子悪くなったら持って行ってみようかなって」

『〇オンの2階だったら、確か夜8時までやってたと思うけど』


〇オンは、全国チェーンのショッピングモールだ。

ここからスクーターで10分位の場所にある。


「ありがとう。それじゃあね」

『あ、中村君、もうご飯食べた?』

「うん、食べたけど。どうしたの?」

『ううん。私達その〇オンの喫茶店にいるから、中村君も暇だったら来ないかなって』


どうやら関谷さんと井上さんは、夕食を一緒に楽しんでいる最中らしい。


「ごめんね。ちょっと今夜は忙しくて。また今度誘ってよ」


僕は電話を切ってからもう一度スマホをチェックしてみた。

充電量も、動作も特に問題は感じられない。


もしかして、ポケットに入れて【異世界転移】したのがいけなかったとか?


僕はインベントリを呼び出してスマホをその中に収納した。

そして再び【異世界転移】のスキルを発動した。


僕が戻って来た時、エレンは手持無沙汰な感じで壁に寄りかかって待っていた。


「お待たせ」


僕はエレンに声をかけてから、インベントリを呼び出し、スマホを取り出した。

エレンが僕の手元を覗き込んできた。


「直ったの?」

「どうも壊れてなかったみたいだ」


話しながら、僕はスマホの画面を立ち上げようとした。

しかし、なぜか画面は真っ暗なまま、ライトだけが点灯しているという、さっきと同じ症状。


「あれ? おかしいな……」


もしかして、スマホ、イスディフイ異世界では立ち上がらないとか?


「ごめん、ちょっともう一回あっち地球に戻るね」


【異世界転移】でアパートに戻った僕は、スマホを立ち上げてみた。

今度は普通に立ち上がる。

どうやら理由不明だけど、イスディフイでは、スマホは使用不能になるらしい。


そう言えば、地球のダンジョンの中でも、スマホ含めて理由不明に精密機器は使用不能になったっけ?


もしかすると、イスディフイと地球のダンジョン、何か共通の因子が有って、それがスマホやら精密機器やらの使用を妨げているのかもしれない。

それはともかく、立ち上がらないスマホは、単なる黒い長方形のプラスチックの板だ。

そんな物をあっちイスディフイに持って行っても、何の役にも立たない。

僕はスマホを充電器に繋ぐと、部屋の本棚に目をやった。


確か、以前にT京に行った時に買った旅行のガイドブックがあったはず。


一年前のGWゴールデンウィーク、まだ世界がこんなになる前に、友達と一緒に行ったT京。

その思い出と共に、少し色褪せたガイドブックを本棚から引っ張り出した僕は、アリアへの手土産としてそれを持って行く事にした。

日本語は当然読めないだろうけれど、写真を見せれば、少しは喜んでくれるんじゃないだろうか?


ガイドブックをインベントリに収納した僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。



エレンの転移能力で無事移動中の馬車に戻って来られた僕等を、アリアが笑顔で出迎えてくれた。


「おかえり~」

「ただいま。待たせちゃってごめんね」

「ううん。思ってたより随分早かったよ。それで直ったの?」


アリアの目がわくわくしている。

どうやら、本当に僕等の世界地球の風景を見てみたかったらしい。


「ごめんね。結局あの道具スマホ、こっちの世界では使えそうに無いから……」


話しながら、僕はインベントリからT京旅行のガイドブックを取り出した。

B5判の大きさのその本の表紙には、T京タワーとスカイツリーのイラストが描かれている。


「これ、代わりに持ってきたよ」

「何それ?」

「僕等の世界の旅行ガイドブックだよ。ここにT京って書いてあるんだけど、この街が僕があっち地球で住んでる日本って国の首都で……」


僕は説明しながらガイドブックをパラパラめくって見せた。

中は、カラー刷りで写真が多用されている。

それを目にしたアリアの目が輝いた。


「見せて見せて!」


アリアはガイドブックを手に取ると、自分で色々ページをめくり出した。

傍にいるエレンも興味深そうにアリアの手元を覗き込んでいる。


「これがあなたの世界の文字?」


エレンが、ガイドブックに印刷されている文字を指差した。


「そうだよ」

「なんて書いてあるの?」


僕は二人に挟まれる形で床に寝そべり、写真とそこにつけられた説明文を読んで聞かせた。

不思議な事に、僕が読み聞かせる日本語は、彼女達にはちゃんとこの世界の言語として文意が取れるようであった。

僕の持つスキル【言語変換】の効果かもしれないけれど。


読み聞かせている内に、話がどんどん発展していった。

僕等の世界には、エルフも魔族も存在せず、ヒューマンに当たる人類が1種類のみ存在する事。

魔法の代わりに科学が発達した世界である事。

半年前、全てが変わってしまった事。

いきなり固定ステータスを押し付けられ、それによる差別が生まれた事。

僕がかつてその差別される側にいた事。

あの日、アルゴスに殺されかかった事。

その時、謎の声と共に、突然この世界に招かれた事……


僕の話を聞き終えたアリアが微笑んだ。


「タカシも苦労したんだね」

「苦労って程でも無いけどね」


そう、考えてみれば、僕は結局、大して苦労していない。


半年前、自分のステータスが最低ランクであると判明した時には、気分はどん底だったけれど。

その後、友達も知り合いも、文字通り手の平を返すように、いとも簡単に僕に対する態度を変えたけれど。

半年間、来る日も来る日も、最低ランクの魔石を手に入れるために、へらへら愛想笑いを浮かべながら、荷物持ちを続けたけれど。

殴られたり蹴られたりしながら魔石を拾い集める毎日だったけれど。

正直、将来に絶望して死にたいと思った事もあったけれど。


そんな境遇は、“たった半年”で終了した。


今の僕は、少なくとも自分の意思で自分の道を決められるだけの能力を手に入れた。

何者が、どういった意図で僕にどん底から這い上がる機会を与えたのかについて、疑念を抱かない訳ではないけれど。


その時、エレンがポツリと呟いた。


「結局、世界が違っても、異分子は排除される……」

「えっ?」


どういう意味だろう?

思わず怪訝な顔になってしまった僕に、エレンが慌てたように言葉を掛けてきた。


「気にしないで。今のは独り言」



エレンが去り、僕とアリアの寝る場所の間に間仕切りを設置した後、僕等は早目に寝る事にした。

馬車は休まず走り続けているものの、相変わらず殆ど振動は伝わってこない。

そして、これもありがたい事だけど、僕等から声を掛けない限り、御者も随行する騎士達も、決して僕等のいるスペースにやって来ない。

静かな中、一人布団に横たわっていると、今更ながら、夕方、テレビで見たミッドウェイでのスタンピード発生のニュースと黒いドラゴンの事が思い出された。


そういやティーナさん、昨日の早朝――と言っても、日本だと夜の時間帯だけど――EREN本部から呼び出されていた。

やっぱりあれは、今回のスタンピード絡みの件だったのかも。


僕は、インベントリに仕舞いこんでいた『ティーナの無線機』を取り出した。

そして自分の右耳に取り付けて囁いてみた。


「ティーナさん……」


返事は無い。

やはり、世界の壁を越えて通信する事は無理なのだろうか?


僕は『ティーナの無線機』をインベントリに放り込むと、今度は『ティーナの重力波発生装置』を取り出した。

この黒い立方体は、MP魔力を込めると、ティーナさんにだけ分かる重力波を発生するのだそうだ。

今までの経験上、この世界でMP込めても動作しないか、しても世界の壁を越えて伝わらないかどっちかだろうけれど……


僕は試しにMP10を込めてみた。

意外な事に、黒い立方体は、ほのかに発光した。

但し、実際に重力波とやらが発生したかどうかは、僕には分からない。

そして、当然のようにティーナさんがワームホールを開いてこの世界にやって来る気配も感じられない。


寝よう……


『ティーナの重力波発生装置』をインベントリに放り込んだ僕は、目を閉じた。


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