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第220話 F級の僕は、スマホを異世界に持ち込んでみる
第220話 F級の僕は、スマホを異世界に持ち込んでみる
6月3日 水曜日3
いつの間にかテレビの画面は切り替わり、ミッドウェイ島のジオラマとそこに置かれたドラゴンの模型を前に、解説員が説明を始めていた。
「……俗にミッドウェイ島と呼ばれていますが、正確には複数の小島を取り囲む環礁でして……」
丸みを帯びた三角形の環礁の内側に、いくつかの島々が配置されている。
その内、南の隅に並んでいる二つの大きな島の内、左側、つまり西側の島の上に、ドラゴンの模型が置かれていた。
「……映像から、サンド島の大きさと比較すると、スタンピードを起こしたドラゴンの巨大さがよく分ります。恐らく数十m。翼を広げると、100mを優に超えるかもしれません……」
テレビに少し見入ってしまっていた僕は、CMに切り替わった段階で、本来の目的を思い出した。
時刻は既に午後6時15分になっていた。
あと15分で、
僕は慌ててスマホを手にすると、関谷さんに電話を掛けてみた。
数回の呼び出し音の後、関谷さんと繋がった。
「連絡遅くなってごめんね。今、時間大丈夫?」
電話の向こうから、少し騒がしい音が聞こえてくる。
外出中かな?
『うん、大丈夫。今ちょうど美亜ちゃんと一緒にいるよ』
「そうそう、テレビ見たけど、アメリカでも大変なことになってるね」
『日本でああいうの起こらないといいんだけど』
「それはそうと、今週のダンジョンの件だけど」
『あ、美亜ちゃんと代わるね』
電話の向こうで二言三言話すのが聞こえた後、井上さんが電話口に出た。
『元気?』
「井上さんも元気そうで何より」
『チベットにミッドウェイにって、なんか立て続けだよね』
「そうだね」
話しながら、僕は机の上の目覚まし時計に目をやった。
時刻は午後6時21分。
「そうそう、ダンジョンの件なんだけど」
『淀川第五ね?
「了解」
『申請は、私の名前で出しとくから安心して。じゃあ、しおりんに代わ……』
「ありがとう。それじゃあまた」
井上さんが何か話していたけれど、時間にせかされていた僕は、強引に電話を切り上げてしまった。
まだ、2~3分は大丈夫かな……
時刻を確認した僕は、スマホの録画ボタンを押した。
そして、自分の部屋の中をぐるりと撮った後、そのまま玄関の扉を開けて、部屋の外に出た。
太陽は大分西に傾いていたけれど、まだ地平線の向こうに消えてはいなかった。
夕焼けに照らし出される街並みを一通り撮影した僕は、再び部屋の中へと戻った。
僕がいきなり自分の部屋や近所の風景を撮ったのは、もちろん、アリアに見せてあげるためだ。
本当は、色々ダウンロードして持っていきたかったけれど、もうすぐタイムリミットだ。
僕はスマホをポケットに突っ込むと、そのまま【異世界転移】のスキルを発動した。
「おかえり~」
僕の
「何も起こらなかった?」
僕の問い掛けにアリアが笑顔で頷いた。
僕は馬車から顔を出して、外で待っていた騎士達に声を掛けた。
「ありがとうございました。もう出発して頂いても大丈夫です」
再び動き出した馬車の中で、僕はポケットからスマホを取り出した。
アリアが好奇心の塊みたいな顔で覗き込んできた。
「何それ?」
「スマートフォンって言ってね。僕等の世界の便利道具みたいなものだよ」
話しながら、僕はスマホを立ち上げようとした。
しかし……
「あれ?」
「どうしたの?」
スマホの脇についているボタンを押したけれど、画面は黒いまま。
「おかしいな。充電は問題無いはずなんだけど……」
つい30分程前まで、つまり、僕が一旦地球に戻るまで、スマホは充電器に繋ぎっぱなしだった。
その後30分程使用しただけで、充電が切れるとは考えにくい。
スマホを観察してみると、ライトは点灯しているようだ。
しかし、画面は立ち上がらない。
何とか起動させようと四苦八苦していると、アリアが不思議そうにたずねてきた。
「それ、本当なら何が起こるはずなの?」
「この黒い部分に画面が出てきて、遠くの人と会話したり、風景を記録したり、ゲームで遊んだり……とにかく色んなことが出来る道具、のはずなんだけど……」
まさか、【異世界転移】の衝撃で壊れた?
だとしたらマズイ。
インターネッとやら、大学関係やら、関谷さんやら……とにかく、僕が地球で社会と繋がるのに、このスマホは欠かせない道具だ。
もし本当に壊れてしまったのなら、契約している回線の代理店に急いで持っていって、修理なり買い替えなりしないといけない。
まだ時刻は夜の6時半を過ぎたところ。
対応してくれる代理店、あるんじゃないかな。
しかし、今は移動中の馬車の中だ。
【異世界転移】をすれば、僕だけこの地点に置き去りになってしまう。
もう一回、馬車を止めてもらおうか?
いやさすがに二度目、それもそれなりに長時間と言う事になれば、不審がられるかもしれない。
待てよ?
今の僕なら、黒の森の中で置き去りになっても、モンスターに殺される事は有り得ないだろう。
それに、エレンを呼べば、馬車まで転移で戻る事も出来るだろう。
一応、移動中の目標に転移できるかどうか、エレンに聞いてみよう。
『エレン……』
僕は心の中で、エレンに呼びかけた。
すぐに返事があった。
『タカシ。どうしたの?』
『エレンって、今僕がいる場所に転移してこれる?』
次の瞬間、馬車の中にエレンが出現した。
どうやら、目標が移動中でも、問題なく転移できるようだ。
いきなり出現した形になったエレンを見て、アリアが仰け反った。
「うわっ!?」
その様子が少し滑稽に見えて、僕は思わず笑ってしまった。
「アリア、そんなに驚かなくても」
「驚くでしょ! なんでいきなりエレンがここに現れるの?」
アリアが、少しムッとしたような顔になった。
「ごめんごめん、僕が呼んだんだ」
僕の言葉を聞いたアリアの機嫌がますます悪くなった。
「……どうして呼んだの?」
「それはね……」
僕はスマホが壊れてしまったかもしれない事、スマホが無いと、地球での生活に著しく支障が生じる事、今から修理してくれるお店が無いか、一度地球に戻って調べてみたい事等を
一緒に僕の話を聞いていたエレンが口を開いた。
「つまり、あなたをどこかに転移させて、そこからあなただけ【異世界転移】して、また戻って来たあなたをこの馬車の中に転移で送り届ければ良いのね」
「そうそう、そんな感じ」
さすがはエレンだ。
最初に僕が想定していた“作戦”をよりスマートに改良してくれた。
アリアが不機嫌そうにぽつりと呟いた。
「……私なんかより、そんなにその装置の方が大事なんだ」
「そういう話じゃ無くてね」
「エレンまで呼んで。二人して呼吸の合った会話してみせて……」
アリアの機嫌がドン底レベルに悪くなっている。
まずい、なんとか機嫌を取らないと……
「アリア、これ、実は君の為でもあるんだ」
「……私の為?」
「そうだよ。ほら、君に地球の風景、見せてあげるって話したでしょ?」
「……うん」
「実はこの装置の中に、地球で僕が暮らしている部屋の様子や、近所の風景なんかを記録してあるんだ。早く修理して、アリアに見せてあげたいな、と……」
「……ホント?」
「ホントもホント。だから早く修理したいんだ。アリアも僕の世界の風景、早く見てみたいでしょ?」
「それは見たいけど……」
心なしか、アリアの機嫌が少し回復してきたように見える。
「出来るだけ早く戻って来るからさ。ちょっとだけ待ってて」
「……仕方ないなぁ」
アリアが不承不承頷いた。
今の内に、と言う事で、僕はエレンに声を掛けた。
「ごめん。どこか人目につかない場所に転移して」
「分かった」
エレンが僕の手を取った。
ふいに周囲の情景が切り替わった。
馬車の中から……ダンジョン?
「神樹第85層のゲートキーパーの間に転移した」
僕達が4日前、ゲートキーパーのグラシャを倒した場所だ。
なるほど、ここなら確かに人目につかない。
「ありがとうエレン。それじゃあ行ってくるね」
「気にしないで。あなたの役に立てて、私も嬉しい」
はにかむような表情を見せるエレンに少し心を乱されながらも、僕は本日三度目の【異世界転移】のスキルを発動した。
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