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第219話 F級の僕は、アールヴに向かって再び出発する
第219話 F級の僕は、アールヴに向かって再び出発する
6月3日 水曜日2
アリアの予想は、半分当たって半分外れていた。
つまり、光樹守護騎士団所属の若い騎士2名が護衛として派遣されてきていたけれど、彼等が案内してくれた馬車は、別に不必要に絢爛豪華では無く、機能重視の質素な造りになっていた。
騎士の一人が、アールヴまでの道程について教えてくれた。
「昼夜兼行で黒の森を突っ切り、明後日の朝にはアールヴに帰着する予定でございます」
ここルーメルからアールヴまでは、普通は危険なモンスター――今の僕にとってはもはや危険でも何でもないのだけど――が徘徊する黒の森を迂回するため、馬車なら通常10日はかかる道のりだ。
最初に僕等がアールヴに向かった時の様に、黒の森を突っ切ったとしても4日はかかる。
それが今日を入れてまる2日で到着とは、凄まじい強行軍だ。
馬車を引っ張る馬は大丈夫なのだろうか?
「途中、黒の森内の2ヶ所に替え馬を待機させております。お二人には申し訳ないのですが、今夜と明日は、馬車内での就寝をお願いします」
僕はチラッと馬車の内部に目をやった。
内部は意外と広く、恐らく僕とアリアのためであろう、取り外しが可能な間仕切りが設置されていた。
これならお互い気を遣う事無く、横になって十分手足を延ばせそうだ。
「あなた方はどうされるんですか?」
馬車内部に、騎士達用の就寝スペースは用意されていないように見えた。
「我等は、今日の夕方、最初の馬交換の際に、待機している騎士達と交代しますので、お気遣い無用にございます」
なるほど。
黒の森内部に設けた替え馬用の拠点で、随行する騎士達もまた交代するという事のようだ。
僕等を乗せた馬車は、滑るように走り出した。
魔法か何かによる効果であろうか?
揺れは
窓から外を眺めると、結構なスピードで景色が後ろに流れていく。
「あの王女様、早くタカシに会いたくて仕方ないって感じだね」
アリアが少しおどけた感じでそう口にした。
「まあ、ノエル様にすれば、本当は僕にはルーメルに戻らず、あのままアールヴに滞在して神樹を登って欲しいって思ってただろうし」
「神樹って言えば、もう第85層まで解放しちゃってるね。他の冒険者達、気付いてるかな?」
神樹は、公式には第80層までしか解放されていない事になっているはず。
しかし、夜ごとこっそり神樹内部に“忍び込んで”ゲートキーパーを倒して回っていた僕等は、4日前、第85層のゲートキーパー、グラシャを
僕は、ノエル様の紹介で一緒に神樹第81層に
あれから、もし彼等が第81層のゲートキーパーの間に辿り着いたりしてたら……
ゲートキーパーが謎の消滅! とかアールヴで話題になってたりして。
短い昼食のための休憩の後、馬車はいよいよ黒の森に突入した。
馬車の外では何度かモンスターが出現したけれど、全て随行する2人の騎士達が瞬殺した。
黒の森のモンスター達は、レベル40を超えている。
レベルの上がりにくい――まあ、僕のレベルの上がり方が異常なだけかもしれないけれど――この世界の冒険者達にとっては、容易ならざる相手。
それを馬に乗ったまま、剣と魔法を駆使して瞬殺していく彼等は、やはり相応に高レベルの騎士達なのだろうと推測出来た。
はっきり言って、やる事の無い僕とアリアは、おしゃべりをしたり、アリアが持ってきていたこの世界の双六のようなボードゲームをして一日を過ごす事になった。
夕方、馬車は黒の森内部、光樹守護騎士団が臨時に設けた交代のための拠点に到着した。
粗末な木柵で囲まれたその拠点で、僕等は30分程夕食を兼ねて休憩を取る事になった。
拠点で交代を待っていた騎士達があらかじめ用意してくれていた夕食を食べながら、僕は騎士達にたずねてみた。
「今さらな質問になるんですが、皆さん、僕の事、ノエル様からどういう風に聞いていますか?」
「大切なお客人であるとお聞きしております」
「それ以外は?」
「それ以外? でございますか?」
騎士達は皆、一様に首を捻る仕草を見せた。
あれ?
もしかして、僕の事を『異世界の勇者』とは認識していない?
……そう言えば、前にノエル様に会った時、『僕がこの世界に呼ばれた勇者かもって話、しばらく皆には伏せておいてもらえないでしょうか?』って
どうしよう。
ちょっと
散々悩んだ後、僕は騎士達に話しかけた。
「すみません。ちょっとお願いが……」
「どうされました?」
「実は僕には極めて個人的な……毎晩の習慣が有るのですが……」
「何でしょうか?」
「あと30分だけ、時間を頂けないでしょうか? その間、僕はあの馬車の中にこもります。ですが、何があっても、僕が再び馬車から出てくるまでは、決して中を覗かないで下さい」
……我ながら、どこの鶴の恩返しだって感じの“言い訳”になってしまってるけれど。
「かしこまりました。馬車の方は、出発させても宜しいでしょうか?」
「いえ、馬車も僕が出てくるまで、決して動かさないで下さい」
僕のスキル【異世界転移】は、融通が利かないところがある。
世界をまたいで移動した後、再び戻って来ると、まるでゲームの世界でセーブした時のように、直前までいた場所に出現するのだ。
つまり、僕が地球に行っている間に馬車が勝手に移動してしまっていたら、戻って来た時、僕は一人、この拠点に出現する事になる。
騎士達は快諾してくれた。
「30分程度なら問題無いかと思います。その習慣にされている事、今からなさいますか?」
「ご理解いただきまして、ありがとうございます。それでは早速、行ってきます」
「行ってくる?」
「あ、気にしないで下さい。言葉の
騎士達に頭を下げた僕は、アリアと一緒に馬車の中に戻った。
「アリア、ちょっと
「チキュウに戻るの? いいな~。私も行ってみたいな~」
「連れて行ってあげたいのはやまやまなんだけどね……」
僕は以前、アリアと一緒に【異世界転移】を
「そうだ、今度地球の風景、見せてあげるよ」
「ホント? そんな事出来るの?」
「うん。僕等の世界には、映像を記録して再生する事が出来る装置が有るからさ。それをこっちに持ってくるよ」
「ありがとう。なんか、ワクワクするね」
目を輝かせているアリアを見ていると、僕まで嬉しくなってきた。
ネットから都市やら自然やらの風景映した動画をいくつかスマホにダウンロードしておいて、それをこっちに持って来れば良いだけの話だし。
「じゃあ行ってくるね」
アリアに見送られながら僕は【異世界転移】のスキルを発動した。
地球のアパートの部屋に戻って来た僕は、早速、スマホを立ち上げた。
時刻は午後6時。
窓から西日が部屋の中に差し込んできている。
案の定、関谷さんからメッセージが届いていた。
1件目―――6月1日 21:20
『ダンジョン、美亜ちゃんと相談したんだけど、明後日の午後はどうかな?』
2件目―――6月2日 14:53
『テレビ見た?』
そして同じ14:53に関谷さんからの着信記録が残されていた。
何だろう?
チベットで発生したあのスタンピードの続報かな?
僕は、部屋のテレビのスイッチを入れた。
ちょうど夕方のニュースが始まった所だったけれど……えっ!?
テレビ画面には、“ミッドウェイにて大規模なスタンピード発生”とテロップが流れ、洋上に浮かぶ島の空撮映像が映し出されていた。
その島の上には、一体の巨大なドラゴンの姿があった。
黒く輝くそのドラゴンが口を開け、魔法陣が描き出されて行く。
次の瞬間、画像が途切れてしまった。
ニュースキャスターが緊迫した表情で原稿を読み上げていた。
「……お伝えしていますように、日本時間の昨夜、アメリカのミッドウェイ島にて、大規模なスタンピードが発生した模様です。今のは、米軍の偵察機から撮影されたものとして、先程アメリカ政府が公開した映像です。現在、討伐作戦が実施されている模様ですが、詳しい情報は……」
僕の目は、テレビに釘付けになってしまった。
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