第223話 F級の僕は、ティーナさんに真実を告げる


6月4日 木曜日2



テトラさんと別れた僕は、夕食を食べ終わると直ちに馬車の中に乗り込んだ。

騎士達から伝えられている出発の時間まであと30分強。

その間に、出来る限りの情報収集をしてこないと。


「アリア、それじゃあ行ってくるね」

「うん。行ってらっしゃい」


アリアに見送られる形で、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



時刻はちょうど夜の7時。

24時間ぶりに戻ってきたアパートの部屋の中の様子に、特に変化は見られない。

僕はインベントリから『ティーナの無線機』を取り出すと、急いで自分の右耳に取り付けた。


「ティーナさん……」


僕の呼びかけに、待ち受けていたかのようにすぐに返事があった。


『Takashiさん! 今どこですか?』

「自分のアパートの部屋の中です。ティーナさんは……」


言い終わる前に、僕の部屋の一角の空間が渦を巻きながら歪み始めた。

同時に、ティーナさんの声が無線機を通して聞こえてきた。


『今からそっちに行きますね』


ちょうど良かった。

ティーナさんには、実際会って聞いてみたい事が有る。

1分も経たない内に、見慣れたワームホールが出現し、そこからティーナさんが飛び出してきた。

勤務中だったのだろうか?

彼女は青を基調としたERENの制服に身を包んでいた。


「Takashiさん! 何度も連絡を取ろうとしたのですが、昨日からどこかに出掛けていましたか?」

「昨日から……」


異世界イスディフイで、アールヴに向かう馬車の中に居ましたとは言えない僕は、無難な言葉を返す事にした。


「ちょっと色々用事があって、出歩いていました」


僕の言葉を聞いたティーナさんの目が少し細くなった。


「つまり、ここ地球で過ごしていた、という事ですか?」


地球で過ごしていた?

ティーナさんの言い方に少し引っ掛かりを感じたものの、僕はすぐに今日ティーナさんを呼んだ本来の目的を思い出した。

時間も無いし、単刀直入に聞いてみよう。


「それはもちろん、ここ日本で、ですよ。それよりティーナさん、ちょっとおたずねしたい事が」

「何でしょうか?」

「その……例え話なんですが、核爆発を目撃した人物がいたとして、その人物に翌朝から顔に痣が出来たり、倦怠感が出たり、鼻血が止まらなくなったりって症状出たりしますか?」


ティーナさんが僕に試すような視線を向けて来た。


「“その人物”が、私達Homo sapiensと生物学的、医学的、生理学的に同質の存在と仮定すれば、今Takashiさんが話した症状は、急性放射線障害の典型的症状と言えます。人体の中でも造血幹細胞が最も放射線に対して感受性が高い。つまり、最初にdamageを受けます。結果、凝固系に異常をきたし、全身に内出血斑が出現したり、一度始まった鼻出血が止まらなくなったりします。また、1Gyグレイ以上の全身被爆線量を受けた場合、二日酔いに似た放射線宿酔も生じる事が知られています」


やはりテトラさんに起こっているのは、何かの呪いなんかでは無く、放射線障害なのだろうか?


「治療法ってありますか?」

「これも、“その人物”が基本的に私達と同質の存在であると仮定した場合ですが……」


何だろう?

さっきから、いちいちティーナさんの言葉に引っ掛かりを感じる。


「基本的には除染を行い、放射線宿酔に関しては、制吐剤投与の対症療法になります。造血幹細胞がdamageを受けている場合は、感染阻止のための抗生剤投与、及び造血幹細胞移植が考慮されます。いずれにせよ、“その人物”を確実に救命できるかは、浴びた放射線量、そして高度な医療体制の管理下での集中治療を行えるかといった因子に左右されます」


ティーナさんの言葉を聞いた僕は、暗澹あんたんたる気分になった。

もし本当にテトラさんの症状が放射線障害によるものであれば、異世界イスディフイで、そんな治療体制を整える事は不可能だろう。

少し言葉を失ってしまった僕に、ティーナさんが逆に問いかけてきた。


「“その人物”は、今どこにいますか?」

「それは……」


口ごもる僕に、ティーナさんが畳みかけるように言葉を繋いできた。


「“その人物”が被爆したのは、3日前では無いですか?」

「えっ!?」


僕は思わずティーナさんの顔を二度見してしまった。

ティーナさんは、なぜその事を“知っている”のだろうか?


「Takashiさん、これは私達の世界にとって非常に重要な質問です」


ティーナさんが真剣そのものの面持ちで言葉を続けた。


「“その人物”は、私達が住むこの世界とは別の場所で核爆発を目撃したのでは無いですか?」


ティーナさんの言葉に、僕は少なからず衝撃を受けた。

まさか彼女は異世界イスディフイについて知っている?


「なぜそんな質問を?」

「Takashiさん、今から20時間ほど前、重力波発生装置を使用しましたよね?」


重力波発生装置……?

あ!

昨晩、アールヴ行きの馬車の中で、僕は何気なく『ティーナの重力波発生装置』を使用した事を思い出した。


「重力波は、異なる世界の壁を越えて伝播します。以前、私がBrane-1649cの話をした事、覚えていますか?」


そう言えば彼女は以前、ブレーン1649cなる世界に存在する何者かが僕等の世界をこんな風に変えたと話して第170話いた。


「あなたが発生させた重力波は、ちゃんと私に届いていました。そしてすぐにその位置も特定できました。ですが、それは衝撃的な事実を指し示していました。なぜなら重力波は、Brane-1649cのいずこからか発せられたものだったからです。残念ながら、wormholeを生成しようとする私の試みは失敗しましたが……」


ティーナさんは、僕の反応を確認するかのように、一度言葉を切った。


「あなたは昨日、少なくとも20時間前、地球にはいなかった。そうですよね?」


僕は目を閉じた。

少なくとも、ティーナさんに対して、これ以上僕の【異世界転移】について伏せ続ける意味は無いかもしれない。

僕は目を開けると、ティーナさんの顔をまっすぐに見つめた。


「そうです。昨夜僕は、イスディフイと呼ばれる異世界にいました」

「isdifui......それが私達がBrane-1649cと呼ぶ世界の本当の名前なのですね」

「恐らくそういう事だと思います」

「あなたはisdifuiと地球とを自由に行き来できる能力を持っている?」


僕は黙って頷いた。


「あなたは、isdifuiの出身者?」

「違います。僕は地球人ですよ」


少なくとも、記憶の上では。


ティーナさんの顔がほころんだ。


「良かった……まだ私達の世界を救う手立ては残されているかもしれない」

「? どういう意味ですか?」

「あのTibetで見た黒い結晶体の事、覚えていますよね?」

「それはもちろん」

「最初から少しおかしいと感じていたのですが、さっきの“被爆した人物”の話で確信できたことが有ります」

「なんでしょうか?」

「あの黒い結晶体。あれは一種の転移gateに相違ありません」

「転移gate?」

「はい。それも世界の壁を越えてenergyその他を転移させる事の出来る特殊なgateです。恐らく、私達の世界をこんな風に変えた何者かが設置に関わっているに違いありません。中国が3日前に使用した核missile13発は全て、爆発の瞬間に、isdifuiに転移させられたのでしょう。転移させられた先は、“その人物”が被爆した場所で間違いないでしょう。Takashiさん、isdifuiのその場所の調査、お願いできないでしょうか? 私達の世界に存在する黒い結晶体と対になる何かが、そこにあるかもしれません。それをなんとかしない限り、私達の世界は……」


ティーナさんの顔が歪んだ。


「……滅ぼされてしまうかもしれません」


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