第215話 F級の僕は、イスディフイで女神の雫を補充する


6月2日 火曜日3



階段の途中で足を止めたアリアが、階下に呼びかけた。


「マテオ~。不審者がロビーにいるよ!」

「何? 不審者だって!? 僕に任せるんだ!」


カイスが、やおら立ち上がると、腰の剣を抜き放ち、戦闘態勢に入った。


「愛しのアリアは、僕が護り抜く!」


……うん、今夜は忙しいから、早目にお引き取り頂こう。

まずは友好的な挨拶から……


「カイスさん、お久し振りです」

「タカシ! 気を付けろ! 不審者がいるようだ。もしかしたら、いつかの襲撃者みたいに姿を隠すスキルを使用……」


―――ゴス!


鈍い音がして、カイスが床に倒れてのびてしまった。

いつの間に現れたのだろうか?

マテオさんが、右手にごついフライパンを握り締めている。


「……やれやれ、へこんじまったじゃないか」


マテオさんはフライパンに視線を向けて嘆息した。

そして、厨房の奥に声を掛けた。


「ターリ・ナハ! コレカイス、外に運び出しておいてくれ」

「分かりました」


ターリ・ナハに担がれ、“退出”していくカイスに視線を向けながら、アリアに声を掛けた。


「カイスさん、帰って来てたんだね」

「今朝ルーメルに戻って来たみたい。夕方、冒険者ギルドのレバンさんが教えてくれたけど、まさかここに押しかけて来るとは思わなかったよ」


アリアが、露骨に嫌そうな顔をしている。

カイスとアールヴで別れたのが5月20日。

アールヴから黒の森を通らず、通常のルートを辿れば、ここルーメルまで馬車で10日程かかると聞いている。

アールヴと言えば……

明日じゃ無かったっけ?

ノエル様が僕の迎えをルーメルに派遣するって言ってたのは。


そんな事を考えていると、マテオさんが話しかけて来た。


「タカシ、ここ二三日顔見せなかったけど、どこか出掛けてたのか?」

「ちょっと遠出してまして」

「そうか。そういや、明日じゃ無かったっけ? アールヴから迎えが来るの」


今、まさにその事を考えてました。

どうしよう?

もういっそ、転移能力獲得したので、明後日には顔出します、とかそんな風に話して、迎えの方々には丁重にお引き取り願おうかな……


「タカシも忙しい奴だな。アリアが寂しがってたぜ」

「マ・テ・オ?」


アリアに睨まれたマテオさんは、首をすくめながらアリアから距離を取った。


「夕食、食べるんだろ? すぐ運んでくるから適当に座っといてくれ」



夕食を終えた僕等はいつも通りノエミちゃんを連れ出すと、神樹第80層へと転移した。

ちなみにクリスさんは、夕方早い時間に帰ったとの事で、今夜は神樹に来ていない。


さて……


僕はノエミちゃんとアリアに話しかけた。


「ノエミちゃん、以前僕に掛けてくれたステータスを飛躍的に押し上げるあの精霊魔法、今夜はアリアに掛けてもらえないかな?」


僕のレベルは105。

しかもカロンの小瓶を使えば、一時的にステータスを倍加できる。

ノエミちゃんの支援が無くとも、80層のレイスに後れを取る事は考えにくい。

一方、アリアはレベル68。

そのままだと、レベル80のレイスに対して分が悪い。

だけど、ノエミちゃんの支援が有れば、彼女のステータスも倍加させる事が出来る。

ただ“副作用”として、効果が切れた後、反動で動けなくなるけれど。


「動けなくなったら、タカシに介抱してもらおうかな」


アリアがおどけた感じでそう口にした。


「さっきも話した通り、今夜8時からちょっと向こう地球で予定が入ってるけれど、終わったらこっちイスディフイに戻ってこようか?」


アリアの顔がパッと明るくなった。


「ホント?」

「うん。どうせ、明日ノエル様が派遣してくるお迎えの方と会わないといけないし」

「じゃあ、動けなくなっても安心だね!」


嬉しそうなアリアと対照的に、エレンが少し浮かない表情になった。


「それは、タカシが一晩中、アリアに添い寝をするという事?」

「え? ちが……」

「な、何言ってるの!?」


僕の返事にアリアが言葉をかぶせてきた。


「そ、添い寝って……タカシが、その……」

「大丈夫だよ。カイスじゃ無いんだから、動けなくなってる女の子に嫌がる事なんてしないよ。戻ってきたら、大丈夫かどうか様子を見に行こうかって話で」

「そ、そうよね……」


なぜか、アリアが少し残念そうな表情になっている。


「良かった……」


そして、エレンは少し安心した表情になっている。

そんな二人に、ノエミちゃんが微笑まし気な視線を向けている。


……うん。

とりあえず、レイス狩りに専念しよう。



それから1時間、僕等はエレンの力で集められたレイスの大群を相手に、狂ったように戦い続けた。

結局、僕が213体、アリアが68体のレイスにとどめを刺し、220本の女神の雫が手に入った。

僕のレベルは上がらなかったけれど、アリアはレベル71になった。


「アリア、レベルアップおめでとう」

「ありがとう! ってあれ?」


アリアがそのまま腰砕けになってしまった。

どうやらノエミちゃんの精霊魔法の反動がもう出てきたようだ。


「立てないよぅ……」


僕は、初めての感覚に少し戸惑っているらしいアリアを抱き上げた。


「ノエミちゃん、先にアリアを『暴れる巨人亭』に送って来ても良いかな?」

「大丈夫ですよ。ここ第80層で待ってますから」



午後8時。

僕は予定通り、自分のアパートの部屋に戻って来た。

そしてインベントリから『ティーナの無線機』を取り出すと、右耳に装着した。


「ティーナさん、準備出来ましたよ」


すぐに返事が返ってきた。


「ではwormholeを開きますね」


念話とは異なり、すぐ耳元で囁かれているような不思議な感覚。

やがて部屋の一角の空間が渦を巻くように歪みだし、見慣れたワームホールが出現した。

ワームホールを潜り抜けて僕の部屋に降り立ったティーナさんは、銀色の光学迷彩機能付きの戦闘服に身を包んでいた。

僕はティーナさんに、神樹の雫と女神の雫をそれぞれ10本ずつ差し出した。


「緑の液体の方がHP全快、薄紫の液体の方がMP全快効果のあるポーションです。使い方は、アンプルの首を折って飲み干すだけです。使用すれば、死んだモンスターのように光の粒子となって消え去ります」


ティーナさんは、僕の言葉に目を見張った。


「……入手経路、聞いたらダメですか?」


どうしよう?

しかしティーナさんは既に、僕に倒されたモンスターが、魔石以外の“遺留品”を残す事を知っている。

それに、彼女は僕に関する情報は、自分の中だけに留めてくれているようだ。


「モンスターを倒して入手しました」

「やはり……」

「一応断っておきますが、ここだけの話に留めて置いて下さい」


僕の言葉に、ティーナさんがニヤリと笑った。


「当然です。私達は“一蓮托生”ですから」

「ところで、今から向かうチベットの現状、分かっている範囲で良いので、説明してもらっても良いですか?」


あくまでもティーナさんは調査に向かうのであり、僕はその護衛。

スタンピードを起こしたモンスター達と戦う訳では無いけれど、事前に状況は確認しておかないと。


「残念ながら、限られた情報しか入手出来ていないのですが……」


ティーナさんはそう前置きしてから説明してくれた。


アメリカの偵察衛星による画像分析から、スタンピードの推定発生時刻は、5月31日、北京時間の12:00頃。

日本との時差を計算すれば、日本時間の13:00頃だった。

突如、巨大なモンスターとそれに従う複数のモンスター達が、チベット自治区ゲルツェ県郊外の荒野に出現した。

中国人民解放軍が通常戦力による制圧を試みて失敗。

その後、中国国内のS級とA級達から成る特任第八軍が出動した。

しかし結局彼等による討伐も失敗に終わったようで、中国政府は早々に核ミサイルの使用を決断した。


「……核による攻撃をもってしても、このstampedeの制圧には至らなかった模様です。我が国の偵察衛星による画像分析から、いまだに複数体のmonsterが当該地域で活動していると推定されています」

「複数体って、具体的には何体かっていうのは不明って事ですか?」


テレビのコメンテーターは、中国の情報筋の話として、地上性のS級モンスター数千体がスタンピードを起こしたと話していた。


「残念ながら不明です。ですが、“相当数”である事と、いずれも非常に強力なS級monster達である事は、状況から考えて、ほぼ確実と思われます」


S級やA級達の“精鋭部隊”を撃破して、核ミサイルにすら耐えて見せたモンスター達。

話を聞いている内に、次第に緊張感が高まってきた。


「さらに不可解なのは、あの地域には、複数のdungeonが存在していますが、いずれもB級以下。S級ダンジョンは存在しないのです。あのmonster達がどこのdungeonから這い出してきたのか、全く分からない状況です。もしかすると、荒野に突然“出現”したのかもしれません」


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