第214話 F級の僕は、イスディフイですっかり忘れていたあの人と再会する


6月2日 火曜日2



「そうでした。今からチベットに行くので、ついてきてもらえませんか?」


唐突なティーナさんの“お願い”に、僕は一瞬、固まってしまった。


「え~と……もしかして、今話題のスタンピード関連ですか?」

「日本でどのように話題になっているのか詳しくは分かりませんが、チベットで現在進行中のstampedeについて調べに行きたいのです」

「それは、アメリカ政府或いはERENとしての調査に同行して欲しいって事でしょうか?」


僕の問い掛けに、ティーナさんは、険しい表情で首を振った。


「中国政府は、支援及び調査に関する我が国USAの申し入れを拒否しています。なので、これは私個人の企画です」


つまり、現地にこっそりワームホールを開いて、中国政府に気付かれないように“調査”しに行くって事だろう。

ティーナさんには、最近、色々手助けしてもらっている。

お返しに一度くらい、ティーナさんの企画に付き合うのは別に構わないけれど……


「なぜ僕についてきて欲しいのでしょうか?」


ティーナさんは、単独で好きな場所にワームホールを繋ぎ、時空間を捻じ曲げて自身を護る障壁シールドを展開できる。

加えて重力を操って、S級の斎原さんですら、その行動を縛る事が出来る。

僕から見れば、ほぼ弱点は見当たらない。

僕なんかの力を必要とする場面が想像出来ない。


「我が国の情報機関による分析では、中国はstampedeが発生した地域に、総計13発の核missileを撃ち込んでいます。当然、凄まじいlevelでの残留放射線が予想されます」


と言う事は、放射線の防護服に身を固めて……って事になるのだろうか?


「残留放射線に関しては、短時間であれば問題ありません。Takashiさんの展開できるshieldの性能は分かりませんが、少なくとも私の展開できるshieldは、放射線を完全に防御可能です。ただし、shield維持に専念する必要があるため、取れる行動が制限されてしまいます。具体的には、現地でmonsterから特殊なskillを使用された場合、対処不能になる可能性があります。ですから、Takashiさんには、護衛としてついて来てもらいたいのです。それと……」


ティーナさんが、少し僕の反応を確認するような視線を向けて来た。


「もしHPやMPを回復させる事が出来るPotionをお持ちでしたら、提供してもらいたいのです」


僕等の世界地球には、そういったポーション類は一切存在しない。

なのに、ティーナさんは、最初から僕がそういったポーションを持っている事前提で話しているようだ。

まあ、実際持ってはいるけれど、神樹の雫HP全快ポーションはともかく、女神の雫MP全快ポーションは残り少ない。


「お話は分かりました。少し準備したい事があるので、2時間だけ時間をもらえないですか?」


僕の言葉に、ティーナさんの顔がパッと明るくなった。


「では、一緒に来てくれるのですね?」

「ティーナさんには色々手助けしてもらいましたし」

「ありがとうございます。それでは私は一度向こうCaliforniaに帰って少し睡眠を取る事にします」

「睡眠って、あっ!」


今、ここN市は午後6時だから、16時間時差のある向こうカリフォルニアは、午前2時だ。


「今度の事で、日中はEREN関連のscheduleが分刻みで入ってるんですよ。ですから、個人的な用事は夜中に済まさざるを得ないのです」


ティーナさんの言葉に、僕は少し引っ掛かるものを感じた。


「どうしてそこまでして、個人的にチベットのスタンピードを調査したいのですか? もしかして、好奇心……とか?」

「Takashiさん」


ティーナさんが真剣な眼差しで僕を見つめてきた。


「前にもお話したと思いますが、私は世界がなぜこんな風に変えられてしまったのか、解き明かしたいのです」


僕は以前第170話、彼女が僕に“同盟”を申し込んできた時に口にしていた言葉を思い出した。



『……強大な力を持つ者には、その力を正当に使用する権利と義務があります。私と組んで、この世界が直面している問題、一緒に解き明かしていきませんか?』



「今回のチベットでのstampedeは明らかに異常です。私はその異常の原因を早急に突き止めたい」

「異常って、中国が核ミサイル使わざるを得なかった事ですか?」

「それもありますが、そもそもあの地域には、S級monsterが這い出て来るようなdungeonは存在しないはずなのです」



ティーナさんが一旦、カリフォルニアへとワームホールを潜り抜けて帰って行った後、手早く準備を終えた僕は、スキルを発動した。


「【異世界転移】……」



『暴れる巨人亭』の2階。

夕闇迫る少し薄暗い僕の部屋は、昨日とさして変わらないたたずまいで僕を迎えてくれた。

僕はすぐにエレンに念話で呼びかけた。


『エレン……』


ふいに目の前の空間が微かに揺らめくと同時に、エレンが出現した。


「おかえり」

「ただいま。って、ごめんね。昨日はちょっと夕食でお酒飲んで、そのまま寝ちゃったからこっちに来られなかったんだ」

「気にしないで。本当はこの世界の人間じゃないあなたが、こうして定期的にこの世界に戻って来てくれるだけで私は幸せな気持ちになれるから」


窓から射し込む茜色の光に照らし出されたエレンの姿が少し眩しくて、僕は思わず目を逸らしてしまった。


「そうそう、今夜は神樹の第80層でレイスを大量に狩りたいんだ」

「もしかして、女神の雫?」

「うん」

「分かった。それじゃあ……」

「ちょっと待って!」


早速転移しようとするエレンを僕は押し留めた。


「アリア達も誘って良いかな?」


ここ最近、アリアと顔を合わせて無いし、何より今のエレンと二人きりは、なんだかとても落ち着かない。

エレンが頷くのを確認した僕は、インベントリから『二人の想い (右)』を取り出し、自分の右耳に装着した。


『アリア……』


僕の呼びかけに、すぐに反応があった。


『タカシ! 今どこ?』

『『暴れる巨人亭』の僕の部屋だよ』

『すぐ行くから待ってて!』


やがて、廊下を誰かが走ってくる音が聞こえて来た。


―――コンコン


扉を開けると、アリアが勢いよく部屋の中に飛び込んできた。


「タカシ! 全然こっち来ないから心配したよ?」


アリアと最後に会ったのは……確か5月30日。

僕がエレンの手料理を食べて死にかけた時だから、三日ぶりと言う事になる。


「色々忙しくてね」

「もう忘れちゃったのかと……あっ!」


若干ねたような表情を見せたアリアは、すぐにエレンがいるのに気が付いた。


「いたんだ」


なぜか少しがっかりしたような顔。


「つい今しがた落ち合った所だよ。久し振りに神樹に行かない? 第80層のレイス狩りに」

「女神の雫狙いでしょ? いいよ。タカシは夕ご飯食べたの?」

「まだなんだけど、今夜は8時にはあっち地球に戻らないといけなくてね……」


夜8時に、『ティーナの無線機』を使用して、ティーナさんへ連絡を入れる事になっている。


「そうなんだ……でも、神樹行く前に、ちょっと食べとかない?」

「どうしようかな。って、実はお腹空いてる?」

「えへへ、ちょっとね」


ちょうど今から階下で夕食を食べる予定だったらしいアリアと一緒に、僕とエレンも食事をしてから神樹に行く事になった。


「今日は昼間、どうしてたの?」

「クリスさんと一緒に、遺跡に潜ってたよ」

「遺跡?」

「うん。それなりに強いモンスター出たけど、お宝も結構手に入って……」


一緒に階段を下りていたアリアの足が止まった。


「どうしたの? って、えっ?」


僕の足も止まった。


1階のロビーに置かれたテーブルに、無駄に派手な鎧で身を固めた一人の青年が座っていた。

彼は、僕等に気付くと、サラサラのブロンドヘアをかき上げながら、“爽やかな笑顔”を向けてきた。


「やあ、愛しのアリアに僕の永遠のライバル、タカシ! 久しぶりだね!」

「カイス!?」


それは5月20日にアールヴで別れて以来となる、カイスとの再会の瞬間であった。


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