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第213話 F級の僕は、チベットで何かが発生した事を知る
第213話 F級の僕は、チベットで何かが発生した事を知る
6月2日 火曜日1
―――ジリリリリリ……
けたたましい目覚ましの音で僕は飛び起きた。
カーテン越しに窓から明るい光が射し込んできている。
目覚ましを止めながら時刻を確認すると、ちょうど朝の8時だった。
昨日はあれからタクシーに乗って……
アパートに戻ってきて、シャワーを浴びたらすぐに布団に横になった事を
そう言えば、昨夜は結局、
今日は大学終わったら、早目にあっちに顔出そう。
神樹第80層のレイス大量狩りして、
そんな事を考えながら、のろのろと布団から起き出した僕の目に、充電器に繋がれているスマホのランプが点滅しているのが目に入った。
どうやら、新着のメッセージが届いているらしい。
関谷さん達かな?
僕はスマホを立ち上げた。
やはり、関谷さんからチャットアプリの方にメッセージが届いているようだ。
それも2件。
1件目―――6月1日 22:35
『お疲れ様。今週ダンジョン潜るなら、早目に教えてね』
2件目―――6月2日 07:21
『起きたらテレビつけてみて、大変な事になってるみたい』
1件目はともかく、2件目。
テレビ?
大変な事?
政治家か芸能人が、また何かしたとか、そんなかな?
僕はテレビをつけてみた。
いつもならちょうど朝の情報番組をやってるチャンネル。
アナウンサーがやや硬い表情で原稿を読み上げていた。
『……お伝えしていますように、昨夜から今朝にかけての日本時間の深夜、中国はチベットで発生したスタンピードに対して核兵器を使用した模様です……』
画面が切り替わり、日本時間の早朝に行われた中国の報道官の記者会見の様子が映し出された。
画面の下に字幕が表示される。
報道官:『……一昨日5月31日、チベット自治区ゲルツェ県でダンジョン外への一部モンスターの進出、いわゆるスタンピードが発生した。直ちに強力な措置をもってこれに対処した結果、現在状況は完全に我が国のコントロール下に置かれている』
記者:『S級モンスター複数体が、ダンジョン外に侵攻してきたとの情報が有りますが、完全に制圧された、という事でしょうか?』
報道官:『詳細に関しては安全保障上の理由につき、答えられない』
記者:『アメリカ政府は、貴国が核兵器を使用したとしています。本当でしょうか?』
報道官:『根拠不明の情報に関してはコメントする立場に無い』
再び画面はスタジオに切り替わった。
コメンテーター達が持論を展開し、司会者がその最大公約数的な意見を述べているが、結局、詳細不明と言う事しか伝わってこない。
それにしても、もし核兵器が本当に使用されたとすれば、大変な事態だ。
13億の人口を抱える中国には、S級だけでも30人以上が存在すると聞いている。
モンスターが、少々スタンピードを起こした程度なら、例え現場の軍隊なんかが対処不能になっても、駆け付けたS級やA級達がたちどころに制圧して終わるのではないだろうか?
核兵器まで使用せざるを得なかったとすれば、
僕等の世界がこんな風に変わってしまってから半年。
世界中で多くのスタンピード発生が報道されてきたけれど、全て1日か2日で制圧されてきた。
もちろん、核兵器の使用が取り沙汰されたなんて話は、一度も報道されたことは無い。
まあその内、色々情報出て来るんじゃないかな。
僕は、スマホのチャットアプリを開いて、関谷さんに返信した。
―――『おはよう。なんとか二日酔いにならずに済んでるよ。今週潜るダンジョン、今日中に連絡します。あとニュース見たよ。チベット、大変そうだよね』
さて、今日は朝からちゃんと大学行ってこよう……
午前中の講義が終わった昼休み。
僕は学食で一人生姜焼き定食を食べつつ、備え付けられたテレビに視線を向けていた。
お昼の情報番組の中で、チベットでのスタンピード絡みの話題が取り上げられていた。
相変わらず、情報は錯綜しているようであった。
コメンテーターの一人が、中国政府関係者からのリーク情報だと前置きをした上で、色々話し出した。
曰く、スタンピードを起こしたのは、地上性のS級モンスター数千体らしい。
曰く、中国が投入したS級・A級の選抜部隊は壊滅したらしい。
曰く、中国は、核ミサイルを10発使用したけれど、いまだスタンピードの制圧には成功していないらしい。
曰く、中国は、スタンピードが発生したゲルツェ県を完全に封鎖しているらしい。
等々。
いずれも俄かには信じがたい話ばかりだ。
僕はスマホを立ち上げてみた。
ニュースサイトから怪しい掲示板サイトまで、この話題で持ち切りだった。
中には、チベット全体がS級モンスターの王国と化した、もうすぐ全世界に向けてモンスター達の大侵攻が始まる! なんて記事まで掲載されていた。
唯一信頼できそうなニュースとしては、アメリカの呼びかけで緊急の安全保障理事会が招集される事位。
日本国内ならともかく、海の向こうの外国での出来事。
どこか傍観者な気分のまま、僕はスマホをポケットにしまうと、午後の講義に出席するために立ち上がった。
午後5時。
僕は講義室を出ると、スマホを取り出した。
そしてチャットアプリを使って、関谷さんにメッセージを送信した。
―――『今日の講義ようやく終わった。大丈夫そうなら電話しても良い?』
数秒後、送信したメッセージは既読になった。
同時に、関谷さんの方から着信が入った。
『もしもし中村君?』
「関谷さん、僕から掛けるのに」
『いいのいいの。私、午後は講義取ってなくて暇だったし』
「そうなんだ……」
他愛も無い会話を交わした後、自然にチベットでのスタンピードの話になった。
『核兵器使ったって言ってたでしょ?』
「うん。ニュースでやってたね。て言っても、詳しい事、まだ分かってないみたいだけど」
『大丈夫かな?』
「何が?」
『日本でも同じ事起こる可能性あるって、ニュースで言ってた』
「そりゃ可能性ゼロじゃ無いだろうけど、スタンピードの発生抑えるために僕等、ノルマ課せられてダンジョンに潜ってるわけだし。そうそう、今週のダンジョンなんだけど、O府に行ってみない?」
『O府? どこのダンジョン?』
「均衡調整課のサイトで調べたら、O府に淀川第五って言うA級ダンジョンがあるみたいなんだ。井上さん、O府でしょ? 彼女A級だし、潜った事有るんじゃないかな? もしそうなら、彼女に案内してもらえれば、そんなに危ない目に合わずにAランクの魔石大量ゲットとか出来るんじゃないかな、と」
『分かった。美亜ちゃんに聞いてみるね』
電話を切った僕は、駐輪場に停めてあったスクーターに跨ると、アパートに向かって走り出した。
今日は早目に
今からの予定を頭の中で組み立てている内に、アパートに到着した。
カギを開けて玄関で靴を脱ぎかけた僕は、ふと違和感を抱いた。
……何者かの気配を感じる。
僕が少し身構えていると、ふいに押し入れの扉が開いてそこから見知った人物が顔を覗かせた。
「Takashiさん、おかえりなさい」
「ティーナさん!?」
押し入れの中から出て来たティーナさんの表情はなぜか険しかった。
彼女は銀色に輝くあの光学迷彩の機能が付いたERENの戦闘服を身に付けている。
「Takashiさん、お願いがあります」
「お願いって……来るなら事前に教えて下さい」
エレンじゃ無いんだから、帰ってきたらティーナさんってパターンが定着するのはなんとしても避けたい。
「何度も連絡しましたが、出てくれなかったじゃないですか」
「連絡……あ!」
僕はインベントリを呼び出した。
そしてそこに収納してあった『ティーナの無線機』を取り出した。
見掛けはフック付きのイヤホンの『ティーナの無線機』が微かに点滅している。
「それ、数時間分の録音機能もついています。不在で着信があった場合はそうやって点滅するのですが、亜空間に仕舞い込んでいたのですね? 緊急連絡用のtoolなので、常に携帯してもらえていると思っていたのですが」
「すみません。なくしたらまずいかなって」
ティーナさんが悲し気な表情になった。
「まだまだ私の努力が足りないようです。これでもあなたに信頼してもらえるよう頑張ってきたつもりだったのに……」
「いえ、本当になくさないように仕舞い込んでいただけで……」
僕は話題の転換を図った。
「それで、お願いとは?」
ティーナさんがハッとしたように顔を上げた。
「そうでした。今からチベットに行くので、ついてきてもらえませんか?」
「え?」
唐突なティーナさんの“お願い”に、僕は一瞬、固まってしまった。
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