第216話 F級の僕は、ティーナさんと一緒に“調査”に出向く


6月2日 火曜日4



説明を終えたティーナさんは、右腕にはめた腕時計のような装置を操作し始めた。


「それは?」


僕の問い掛けにティーナさんがおどけた感じで言葉を返してきた。


「これはprivateな調査ですので、上から覗き見される時間をcheckしている所です」


ティーナさんによれば、その装置はコンピューターの一種で、世界各国の偵察衛星等のチベット自治区ゲルツェ県上空通過時刻に関する情報がインストールされているのだという。


「私たち自身の姿はskill等使用すれば隠せますが、wormholeはそうはいかないので」


ティーナさんは、ワームホールを開いて世界中の任意の場所に転移できる能力を、僕以外の誰にも伝えていないと言っていた。

広く自分の能力が知られれば、敵対者が現れた時、手の内を読まれた状態で対峙せざるを得なくなるので、それを避けるためだそうだ。

単に面倒に巻き込まれたくなくて、自分の能力を他人に説明するのを避けて来た僕とは大違いな理由。


「僕がその敵対者になる可能性は、考慮して無いんですか?」


僕の少し意地悪な質問に、ティーナさんは自信に満ちた口調で言葉を返してきた。


「私が先にTakashiさんの敵にならない限り、Takashiさんは決して私の敵にはならない」

「どうしてそう断言出来るのですか?」

「私はTakashiさんが持っていない能力を持っています。そしてそれは、Takashiさんにとって大変有益な能力です。あなたの前には、これからもたくさんの敵対者が現れるでしょう。そして、その度にあなたは私と言う隠し玉を戦力の一部と考える事が出来る……。あなたが私の持つ能力の代替skillでも獲得しない限り、あなたは決して私を捨てたりしない……」


ティーナさんの顔に妖艶な笑みが浮かんでいた。

『あなたは決して私を捨てたりしない』という彼女のセリフが、なぜか『あなたは決して私から離れる事は出来ない』と聞こえる錯覚に陥った。

僕は思わずティーナさんに少しずつ甘く絡めとられて行く自分の姿を想像してしまい、慌ててその考えを振り払った。


「そろそろ行きましょうか?」


ティーナさんが僕の部屋に開いたワームホールに右の手の平を向けた。

ワームホールの向こう側に見えていた彼女の部屋が渦を巻くように歪んでいったかと思うと、夕闇迫るどこかの荒野へと切り替わった。

ティーナさんが真剣な面持ちで説明してくれた。


「中国が発射した核missileの内、1発目の爆心地にワームホールを繋ぎました」


どうやらティーナさんは、いきなりスタンピード発生のど真ん中に飛び込むつもりらしい。


そんな事を考えていると、ふいに僕とティーナさんを包み込むように何かの力場が発生するのが感じられた。


「半径2m程のshieldを展開しました。Wormholeを越えてこちらに吹き込んでくる事はありませんが、向こう側は凄まじい放射線量のはずです。念のため私から出来るだけ離れないで下さい。それと……」


ティーナさんの姿がゆらゆらと揺れながら周囲の風景に溶け込むようにかすんでいく。


「Takashiさんも姿を隠すskillを使用して下さい」


どうやら、着用している戦闘服の光学迷彩機能を作動させたらしい。

僕は、【看破】と【隠密】のスキルを同時に発動した。

スキルの効果で、僕からはティーナさんの姿が見える状態になったけれど……


「ティーナさんからは僕って見えてますか?」

「見えません。どこでしょうか?」


ティーナさんは、僕の位置を探るような素振りを見せた後、“正確に”僕の右手を握ってきた。

女性らしい柔らかい手を通して伝わってくる彼女の暖かな体温に、知らず僕の鼓動が早くなる。


「ティーナさん、手を繋いでいると、お互い行動が束縛されていざという時動けないですよ」


さりげなくティーナさんに握られた手をほどこうとしたけれど、ティーナさんは放してくれない。

彼女が少し悪戯っぽい表情になった。


「私からはあなたの姿が見えません。どのみち今夜は戦闘では無く調査が目的ですから、仲良く手を繋いで向かいましょう」


ティーナさん、【隠密】状態の僕の姿、実は見えてるんじゃ……


戸惑う僕に構わず、ティーナさんは僕と手を繋いだまま、ワームホールの方に足を向けた。


ティーナさんと一緒にワームホールを潜り抜けた先は、大小さまざまな岩が転がる赤茶けた荒野であった。

時差のせいであろうか?

日本では既に地平線の向こうに沈んだはずの太陽が、この場所では西に大きく傾いたまま、なお辺りを茜色に照らし出していた。

周囲に視線を向けてみたけれど、今の所、モンスターの姿は見当たらない。

代わりにすぐ傍、10m程向こうに異様な物体が地面から“生えている”事に気が付いた。

高さ10m程の黒い結晶体としか表現できないその異様な物体を指差しながら、僕はティーナさんに囁いた。


「あれ、何でしょうか?」


ぱっと見、黒田第八でアンデッドセンチピード出現のきっかけになったと思われる黒い結晶体第30話に似ていなくもない。


「近付いて確認してみましょう。ですがその前に少し準備を……」


ティーナさんは、背中に背負ったバッグの中から小型カメラと何かの装置のセットを取り出した。


「これ、気温、気圧、湿度、有害物質の濃度、放射線量……様々な環境因子を測定出来る装置です。測定結果は、専用の眼鏡型受像機で確認できます」


小型カメラをこめかみ部分に装着して、測定器と連動している眼鏡型の受像機を掛けたティーナさんは、スマホ位の大きさのその装置を無造作に前方に放り投げた。

ティーナさんが展開するシールド外に飛び出した測定器は、しかし地面に落下する事無く、空中に静止した。

恐らくティーナさんが重力を操っているのだろう。


そのまましばらく目を凝らす仕草をしていたティーナさんの表情が、次第に険しくなっていく。


「どうしました?」


僕の問い掛けに少しハッとしたような感じで顔を上げたティーナさんが説明してくれた。


「おかしいです。放射線量が少な過ぎます。爆心地であるにも関わらず、0.1μSv/h以下の放射線量というのは有り得ないです」


0.1マイクロシーベルトという数値の持つ意味が、僕にはよく分らないけれど。


「機械の調子が悪いのでは? 或いは放射線量が多過ぎて正確に測定出来ないとか」

「それは考えにくいですね。こちらに来る直前に行った負荷試験の結果は正常でした」


ティーナさんが再び目を凝らす仕草を見せた。

恐らく何度か計測をやり直しているのだろう。


「……やはり放射線量の測定結果だけが異常ですね」


ティーナさんの説明によると、中国が13発の核ミサイルを撃ち込んだはずのこの場所、本来なら、数百シーベルト単位の放射線量が計測されてしかるべきなのだという。

ちなみに1シーベルトは、1,000,000マイクロシーベルトなのだそうだ。

という事は、本来計測されるべき数値の数十億分の1の測定値……?


「実は核ミサイルは使用されなかった、或いは使用されたけれど、不発だった、とかの可能性は?」

「それは有り得ません」


ティーナさんは、僕の推測を即座に否定した。


「我が国の偵察衛星が、この地域で複数回の二重閃光を検知しています。それはこの地で確実に核爆発が発生した事を意味しています」


ティーナさんは、少し考える素振りを見せた後、言葉を続けた。


「一応、shieldは展開したままにしておきますね。まずはあの黒い結晶体から調べてみましょう」


僕等は慎重にその黒い結晶体に近付いていった。

黒い結晶体は、西日を浴びてなお、闇のように黒かった。

結晶体を詳細に観察していたらしいティーナさんが呟いた。


「I can’t believe it……」

「何か言いました?」

「タカシさん、この黒い結晶体を攻撃してもらえないでしょうか? それも出来るだけ強力な手段で。破壊してもらっても構いません」


ティーナさんの意図を測りかねたけれど、とりあえず攻撃してみる事にした。

僕が今取り得る攻撃の中で、瞬間火力が最大になる手段と言えばやっぱり……


「【影分身】……」


僕は総計50体の【影】を呼び出した。



―――ガガガガガガガガ……



固い何かがぶつかり合う凄まじい音が数秒間続いた。

しかし……

MPが尽きて維持できなくなった【影】が消え去った後、そこには傷一つついていない黒い結晶体が残されていた。


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