第210話 F級の僕は、居酒屋で意外な人物と再会する


6月1日 月曜日9



チベット高原―――

北京時間23時15分


タタタタタタ……


自動歩槍小銃の連続した発射音が響く中、暗闇の向こうから、巨大な何かが音も無く飛び掛かってきた。


「ぎゃああ!」


漆黒の闇の中、次々と上がる断末魔の悲鳴。

そして再び鳴り響く発砲音。

殲撃20型ステルス制空戦闘機から発射された空対地導弾ミサイルの航跡が暗い夜空を斬り裂き、遠くから雷鳴のように砲撃の音も響いてくる。


シュ少校少佐は無線機の受話器に向かって叫んだ。


「こちら特任第二営。現在交戦中もまるで歯が立たない。S級達はどうした!? このままだと全滅する!」

『S級達は撤退した。そしてたった今、戦術核武器兵器の使用が決定された。発射は40分後。特任第二営も直ちに撤退せよ』

「何を言ってるんだ!? 俺達を見捨てるのか?」

『中央の決定だ。繰り返す、直ちに撤退せよ』



6月1日北京時間23時55分、中国は、西蔵チベット自治区改則ゲルツェ県で発生したS級モンスターによるスタンピードに対して、戦術核兵器を使用した。



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アパートに戻り、軽くシャワーを浴びた僕が部屋でくつろいでいると、スマホの着信音が鳴り始めた。

スマホの画面を確認すると、関谷さんの名前が表示されている。


「もしもし」

『中村君? 今どこ?』

「アパートに居るよ。関谷さんは?」

『今、美亜ちゃんに運転してもらってそっちに向かってるところ。多分、後5分位』

「了解。外で待ってるよ」


時刻は6時45分。

ちょうどお腹も空いてきた。

アパートの部屋を出た僕は、階段を下りて道路の脇に立った。


そう言えば、どこに連れて行ってくれるんだろう?

ビールの話出てたし、もしかしてこの前一緒に行った、茨木さんの知り合いがやってるっていう居酒屋かな?


そんな事を考えていると、向こうの角を一台の車が曲がってこちらに向かって来るのが見えた。

ベージュ色のワゴンタイプの軽自動車。

確か、関谷さんの車だ。

車は、僕のすぐ傍で停車した。

助手席の窓が開いて、関谷さんが顔を覗かせた。


「お待たせ。乗って」

「それじゃあ、お邪魔します」


扉を開けて後部座席に乗り込んだ僕に、運転席に座る井上さんが声を掛けて来た。


「富士第一でのお勤め、ご苦労様」


なんだかその言い方が妙におかしく感じて、僕は少し噴き出してしまった。


「ちょっと! ねぎらいの言葉を掛けられて笑うって何?」

「いや、“お勤め”とか言うから」

「均衡調整課嘱託職員として勤務してきたんでしょ? 別におかしくないわよ」


ね~、と隣に座る関谷さんに同意を求める井上さん。

うん。

平和だ。


「それじゃあ、しゅっぱ~つ!」


妙にテンションの高い井上さんが車を発進させた。

僕は改めて、前に座る関谷さんに聞いてみた。


「どこに行くの?」

「『鳥かごめ』に行こうかと思って」

「いいね。あそこ美味しかったし」


『鳥かごめ』は、N市駅前にある人気の居酒屋だ。

茨木さんの幼馴染が経営しているとの事で、1週間前、桧山の事件の後、僕、関谷さん、茨木さんの三人で食事を楽しんだ。


その時の事を思い出していると、井上さんがバックミラー越しに話しかけてきた。


「ねえねえ、前行った時、潰れてしおりんちで一夜を共にしたって本当?」

「美亜ちゃん!」


関谷さんが慌てたように口を挟んだ。


……その話は、僕的には消去したい記憶のトップ10にランクインしているから、それ以上は突っ込まないで欲しい。


「しおりんもまんざらじゃ無さそうだったくせに。中村クンを泊めちゃった~とか」

「そんな風には言ってないよね!?」


二人の漫才のような会話を聞いていると、やがて車は、5階建ての茶色のマンションの前で停車した。


「あれ? ここ、『鳥かごめ』じゃ無いよね?」


僕の問い掛けに、運転席の井上さんが振り返った。


「こらこら、キミ、一回泊めてもらったんでしょ?」


改めてよく見ると、そこは関谷さんの住んでいるマンションだった。

僕は関谷さんにたずねてみた。


「何か忘れ物?」

「ううん。みんな飲むから、車、私んちに置いて、ここから歩いて行こうかと思って」


車をマンションの車庫に入れた後、僕等は連れ立って、『鳥かごめ』に向かった。


「茨木さんは?」

「もう中に入ってるって」


関谷さんが、スマホのチャットアプリを操作しながら教えてくれた。


5分程歩くと、『鳥かごめ』に到着した。

店の扉を開けると、月曜の夕方だと言うのに、既に満席に近い状態だった。


「いらっしゃい!」


茨木さんの幼馴染だという店の大将が、厨房の方から顔を出した。


茨木あいつは、奥にいるよ」


居酒屋特有の喧騒の中、奥に視線を向けると、座敷席の方から茨木さんがこちらに手を振っているのが見えた。


「おう! こっちこっち!」

「茨木さん、こんばんは」

「中村君も元気そうで何よりだ。さ、座ってくれ。今夜は俺の奢りだ。この店のメニュー、全部食べ尽くしてもらっても構わないぞ」


茨木さんが確保してくれていた座敷席には、4人分の座布団が置かれていた。

僕は茨木さんの隣。

そして、関谷さんと井上さんは、僕の向かい側に、それぞれ並んで腰を下ろした。

関谷さんと井上さんは、早速メニューに手を伸ばして、あれこれ話しながら何を注文するか相談し始めた。

僕はお手拭きに手を伸ばし、周囲を見渡しながら聞いてみた。


「それにしても、凄く混んでますね」

「ああ。なんか急にバタバタと予約が入ったらしい」


話していると、お店の大将がやってきた。

彼は少し申し訳無さそうな顔をして茨木さんに話しかけた。


「すまんな。突然混んじゃって」

「なんだ、この店にとっては良い話じゃ無いか。商売繁盛。ついでに俺等もタダにしてくれりゃあ、御の字なんだが」

「そりゃ無理だ」


軽口を叩き合う二人を見ていると、本当に仲が良いのだと感じられた。

僕にもこんな感じで会話を交わせる幼馴染や友達、いたんだけどな……

僕がF級と分かってから、そうした友達は一人、また一人と去って行った。

彼等がもし、僕のステータスがもはやF級じゃ無いと知ったら……

また昔のような関係に戻れるのだろうか?

いや、もし彼等が僕との関係を修復しようとしたとして、それを僕は素直に受け入れる事が出来るのだろうか?


「中村君、注文どうする?」


関谷さんが問いかけてきた。


「じゃあ、ウーロン……」


言いかける僕に、井上さんが言葉を被せてきた。


「最初はやっぱり生中行っとかないと!」


いや、それで前回失敗したんで……


僕の想いとは裏腹に、結局、勝手に生ビールの中ジョッキを注文されてしまった。

まあ嫌いじゃ無いし、ジョッキ2杯までに留めて置けば、醜態を晒す事も無いだろう。



「「「「カンパ~イ!」」」」


僕がジョッキに口を付けたちょうどそのタイミングで、僕の視線の先、お店の扉が開くのが見えた。


満席っぽいし、断られちゃうかな?


お店に入って来たのは、一人の女性だった。

亜麻色の長髪をなびかせ、すらっとした手足にモデルのような体型……えっ?


―――ブフッ!?


彼女の姿を目にした僕は、口に含んだばかりのビールを思わず噴いてしまった。


「きゃっ!?」

「中村クン! もう酔ったの? 早過ぎ!」

「ご、ごめん!」


咳き込みながら、慌てて皆に謝った僕は、もう一度入り口の方に視線を向けた。

彼女は、お店の人と何やら話している。

僕と並んで座る茨木さんが、僕の視線に気付いて入り口の方に顔を向けた。


「お、おい。あれ……」


茨木さんはそのまま固まってしまった。


「ちょっと、二人ともどうしたのよ?」


僕の向かい側に座る井上さんが身体をよじって店の入り口の方に視線を向けた。


「え? あれって……」

「どうしたの? 美亜ちゃん……って、あっ」


振り返った関谷さんも含めて、その場の全員が固まった。


と、そんな僕等に気付いたらしいその女性が、にこやかな笑顔でこちらに近付いて来た。


「あら、奇遇ね」

「え~と……斎原さん? 一体、ここへは何をしに?」

「何って決まってるじゃない」


斎原さんは、とても自然な感じで、僕等の隣の座敷席に座る数人の集団の方に歩み寄った。

その集団が座っている場所の内、一番僕に近い場所が、なぜか一ヵ所空いていた。


「夕食を楽しみに来たのよ」


そう告げると、斎原さんは、さも当然の如く、そこに腰を下ろした。


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