第208話 F級の僕は、エレンとの会話でどぎまぎする


6月1日 月曜日7



一日ぶりの『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋。

転移してすぐに、窓を叩く大きな雨音が聞こえて来た。

時々窓の外が光り、遠くから雷鳴が聞こえてくる。

こんなに荒れた天気は、この世界イスディフイに関わるようになって初めてかもしれない。

そう言えば、この世界の雨具ってどんなだろう?

やっぱり傘とかさすのかな?

窓辺に寄って、そっと外に目を向けてみたけれど、しのつく雨に遮られて、外の様子はよく見えない。


まあいいや。

とりあえず……


『エレン……』


僕は心の中で呼びかけてみた。

その途端、ふいに部屋の空気が揺らいだかと思うと、虚空からエレンが出現した。


「タカシ!」


エレンは出現と同時に、僕の胸の中に飛び込んできた。

意外と柔らかいエレンの身体の感触に、僕は少しどぎまぎしながら、慌てて彼女の身体を引き離した。

エレンは、少し上目づかいで僕の様子を観察する素振りを見せた後、ほっとしたような顔になった。


「良かった……あれから第186話、なかなか戻って来ないから心配していた」

「ごめんね。早く戻ってこようと思っていたんだけど、昨日も色々あってね……」


僕は手短に、田町第十での『七宗罪QZZ』の構成員達との交戦、そして富士第一92層での顛末を説明した。


「……そんなわけで、こっちになかなか来れなかったんだ。それにしてもエレンのくれたこの腕輪、凄いね」


僕は、右腕に装着している『エレンの腕輪』を見せながら話を続けた。


「MP消費するけれど、どんなに強力な攻撃も完全防御してくれたから、本当に助かったよ」


エレンは、腕輪にじっと視線を向けて少しうかない顔になった。


「MP……1,000じゃ足りない」

「え?」

「あなたを護るのに1,000じゃ足りない。その腕輪、もう少し改良が必要。だけどそのための素材は、第100層のゲートキーパー、ブエルを倒さないと手に入らない」

「もしかして、その素材があれば、この『エレンの腕輪』に充填できるMPの上限を引き上げることが出来る?」


エレンは、僕の問い掛けに首を振った。


「違う。MP消費無しに、契約者を無条件に守護する障壁シールドを展開できるようになる」


それは凄い。

そんな道具があれば、普段着でダンジョン攻略が可能になる。


「100層か……」


この前、神樹第85層のゲートキーパー、グラシャを倒した。

100層に辿り着くには、第86層から第99層まで、あと14体のゲートキーパーを倒さないといけない計算だ。

1日2体ずつ倒していけば、1週間か……

ん?

僕は唐突に閃いた。


「エレン、神樹第92層のゲートキーパーって、もしかして、バティンって名前?」


エレンが少し驚いたような顔になった。


「そう。でもどうしてあなたがその名を知っているの?」

「ほら、さっき話した富士第一92層のゲートキーパーの名前がバティンだったんだよ。戦闘時には分身して、HPを凝集したコアを分身体の間でランダムに転移させるとか。もっとも、僕自身は戦闘に直接参加してないから、あくまでも聞いた話だけど」


エレンが少し難しい顔になった。


「あなたの言う富士第一は、本当に地球のダンジョンなの?」

「そのはずだけど」


【異世界転移】のスキルを使用する事無く、“普通の地球人”も行き来できる場所だから、“地球のダンジョン”だと思うけれど、改めて問われると今一つ自信が無くなってくる。

富士第一は、あまりに神樹の巨大ダンジョンと似すぎている。

似すぎているからこそ、さっき僕は“閃いた”んだけど。


「それはともかく、ちょっと聞いてみたいんだけど、エレンは、神樹の第93層以降のゲートキーパーの事も知ってる?」

「全部知ってる。第93層のゲートキーパー、ボティスから第108層のゲートキーパー、アガレスまで、全て詳しく説明できる」

「ちなみに、第93層のゲートキーパー、ボティスはどんな奴で、何をドロップするの?」

「ボティスは、頭部に2本の角を持つ巨人の姿で出現する。手には巨大な剣を携えていて、36体の眷属を召喚する。ドロップするのは、『ボティスの大剣』……」


話しながら、エレンが何かに気が付いた表情になった。


「まさか、地球の富士第一で100層のブエルと戦うつもり?」

「うん。富士第一なら、92層まで解放されてるからさ。もし、富士第一のゲートキーパー達も神樹のゲートキーパー達と同じ物をドロップするなら、富士第一で100層攻略目指した方が、早く腕輪改良の素材が入手できると思うんだ」


エレンの表情が曇った。


「それは危険」

「どうして?」

「地球であなたと一緒にゲートキーパーと戦ってくれる人はいるの?」

「それは……」


僕のレベルは105。

MPの続く限り、自動的に相手の攻撃を防御してくれる『エレンの腕輪』もあるし、一人で戦っても、危なくなったら、【異世界転移】してこっちイスディフイで物資やMP補充すれば何とかなるとおもうんだけど。


「ゲートキーパー達と一人で戦うのは賛成出来ない」


エレンが珍しく、僕の意見にやや強硬に反対した。


「例えば、虚を突かれて行動の自由を奪われたらどうするの?」

「でも、『エレンの祝福』で即死無効だし、そんなに危険な事にはならないんじゃないかな」


エレンが凄く不安そうな表情になった。


「お願い……私があなたを助ける事の出来ない状況下で、危険な事をしないで。あなたにもしもの事が有ったら、私は……」


心なしか、涙ぐんでしまったエレンに、僕は少し慌ててしまった。


「あ、別に一人で戦うつもりじゃ無いよ。あっち地球にも手助けしてくれる人いるし」

「助けてくれる人って?」

「え~と……ほら、あのティーナって人、覚えてる?」


ティーナさん、ごめん。

とりあえず勝手にあなたの名前を使わせてもらってます。


「ティーナ?」


エレンは、少し考える素振りを見せた後、ハッとしたような顔になった。


「もしかして、暗いどこかから、あなたが私を救い出してくれた時、あなたと一緒にいた女性?」

「そうそう、そのティーナさん」


エレンはなぜか少し複雑そうな表情になった。


「……もしかして、仲良いの?」

「仲は……」


ティーナさんとの関係性って何だろう?

友達? じゃ無いし、仲間? でも無いか……


「共闘する位には仲良いと思うよ。富士第一92層で、S級……こっちイスディフイ風の言い方だと、レベル100オーバー? かな? の2人と対決した時も、手伝ってくれたし」

「そう……」


何だろう?

エレンが猛烈にしょげ返っているんだけど。


「え~と、エレン?」

「何?」

「いや、なんか気を悪くするような事、僕言っちゃった?」

「そんな事無い。なぜそんな質問を?」

「いや、なんだかしょんぼりしてるように見えるから」

「しょんぼり……?」


エレンは少し小首を傾げる仕草をした後、今度は少し赤くなって俯いた。


「しょんぼりはしてない。ただ……」

「ただ?」

「そのティーナという女性が少し羨ましかっただけ」

「羨ましい? どうして?」

「それは、私が関わる事の出来ない世界で、あなたとの時間を共有しているから」


エレンが真っ直ぐに僕を見つめてきた。

心臓の鼓動が次第に速くなってくるのを感じた僕は、そっと視線を外してしまった。


「それじゃあ僕は一度向こう地球に帰るよ。今夜、時間あったらまた来るからさ。もし良かったら、久し振りに神樹に行こう」

「分かった。待ってる」


僕はエレンに見送られる形で、【異世界転移】のスキルを発動した。



再び地球のアパートの部屋に戻って来た時、時刻は午後4時を回っていた。


少し早いけど、そろそろ行こうかな。


準備を終えた僕は、均衡調整課に向かうため、アパートの部屋を出た。

そして駐輪場に向かおうとしたところで、足が止まってしまった。

駐輪場の脇に、知っている女性が立っていた。

彼女のすぐ後ろには、サングラスをかけた体格の良い男性が2人、微動だにせず立っている。

その女性は僕に気付くと、こちらに向かって笑顔で手を振ってきた。


「……斎原さん?」


呟いた僕の方に、彼女が、ゆっくりと近付いて来た。


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