第207話 F級の僕は、ようやく自分のアパートに戻って来る


6月1日 月曜日6



報告会が終了し、皆が三々五々立ち上がり始めた。

僕の右隣に座っていた四方木さんが、僕と僕の左隣に座っていた更科さんに声を掛けてきた。


「さ、我々も行きましょうか」


促されて一緒に廊下に出た所で、後ろから声を掛けられた。


「中村君」

「米田さん?」


米田さんは、僕が振り返ると、頭を下げてきた。


「昨日は守ってくれて本当にありがとう。君がいなければ、俺も生きて帰れたかどうか……」

「米田さん、頭を上げて下さい。別に大した事してないですよ。それに、“誰か”がイレギュラーなモンスター呼んだりしなかったら、そもそも僕が障壁シールド張る事態も発生しなかったはずですし」

「F県に来る事あれば、是非均衡調整課にも寄ってくれ。中洲に絶品のラーメン屋あるから、案内するよ」

「ありがとうございます」


米田さんは、四方木さんや更科さんとも軽く会話を交わした後、僕等とは反対側へと歩き去って行った。

その後ろ姿を見ながら、四方木さんがそっと囁いてきた。


「中村さん、これであなたの存在は、桂木長官を含め、均衡調整課内で広く知られる事になりました。どうです? これを機に、正式にウチ均衡調整課に就職しては?」

「ですが、まだ大学生ですし……」

「中村さん」


四方木さんが少し改まった表情になった。


「あなた程の能力者であれば、相当な地位を約束してもらえると思いますよ。言い方悪いですが、大学をあと2年掛けて卒業して、普通の会社に就職するのとは、比較にならない素晴らしい未来が待っています」


今の僕等の世界では、学歴よりも、ステータスに基づいた等級の方が遥かに重要視されている。

頂点に立つS級ともなれば、もはや何者も――他のS級達を除いて――その行動に制約を加える事は出来ない。

そのS級二人――田中さんと伝田さん――を大勢の前で圧倒して見せた僕が望めば、四方木さんの言葉通り、均衡調整課内で相応の地位権力を得ることが出来るだろう。


しかし……


現状、僕はどこかの組織で成り上がりたいとかそんな“野心”は持っていない。

向こうの世界イスディフイで色々やる事がある僕にとっては、こちらの世界地球では、平穏な大学生活を送ることが出来ればそれで満足だ。


「とりあえず、帰りませんか?」


僕の返事にもなっていない言葉を聞いた四方木さんが苦笑した。


「欲の無い人だ」


欲はある。

平穏無事に大学生活を送りたいという欲。


「ま、とにかくN市に帰りましょう。荷物纏めたら、ヘリポートまで来て下さい」

「分かりました」


荷物を取りに仮眠室に向かおうとした僕を、四方木さんが呼び止めた。


「そうそう、中村さん、一昨日の件についてなんですがね」

「一昨日?」


口にしてから思い出した。

一昨日の日曜日。

僕は田町第十最奥の広間で、襲撃してきた『七宗罪QZZ』の構成員達を返り討ちにした。


「田町第十の件ですよ。申し訳ないんですが、あっちN市に戻ったら、夕方にでもお話、お聞かせ頂いても良いですか?」


…………

……


午後2時過ぎ、僕はようやく自分のアパートの部屋に戻って来た。

荷物を片付けて軽くシャワーを浴びた僕は、二日ぶりに部屋の万年床に横たわった。

見慣れたアパートの天井に視線を向けていると、ようやく人心地ひとこごちつけた気分になった。

思い返せば、嵐のような週末だった。

土曜日は、QZZ七宗罪絡みの騒ぎに巻き込まれて、結局ほぼ徹夜。

日曜日は、そのまま荷物持ちとして参加した富士第一92層で、伝田さんが起こした (と僕は確信しているけれど)事件に巻き込まれて、結構大変だった。

そう言えば、関谷さんや井上さん、それに茨木さん達は、週末、どうしてたのだろうか?

帰りのヘリコプターの中で聞いた話では、既に関谷さん達からの“事情聴取”は終了しているみたいだけど。

同じく、帰りのヘリコプターの中で、四方木さんから午後5時に均衡調整課に再度来て欲しいと言われている。

約束の時間まで3時間程あるし、関谷さん辺りからどんな話を聞かれたか、情報収集しておこうかな。


僕は、充電器に繋ぎっぱなしのスマホに手を伸ばした。

スマホを立ち上げてみると、関谷さんと井上さんから、それぞれチャットアプリの方にメッセージが届いていた。

いずれも、徹夜で富士第一に向かう事になった僕への感謝といたわりの気持ちが込められたメッセージ。

僕は、関谷さんに電話をしてみる事にした。


―――プルルル……


数回の呼び出し音の後、電話の向こうから、関谷さんの声が聞こえて来た。


『もしもし。中村君?』

「関谷さん、突然電話してごめん。今、大丈夫かな?」

『全然大丈夫。もしかして、今日帰って来たの?』

「今日と言うか、ついさっき帰ってきた所」

『お疲れ様。それでどうだったの? 富士第一』

「それがあっちでも色々あってね……」


少し迷ったけれど、富士第一で僕が体験した事の概略を説明した。

四方木さんからも口止めされてなかったし、僕自身、S級伝田さんの身勝手さに少し腹が立っていたので、この気持ちを誰かと共有したいって言うのもあったためだ。

僕の話を聞き終えた関谷さんは、電話の向こうで少し憤慨している感じになった。


『それ、ちょっとひどいね』

「でしょ? さすがに僕も少し腹が立って」

『でも中村君、大丈夫?』

「大丈夫って?」

『伝田さんと田中さんをやり込めたんでしょ? 話を聞く限りは、伝田さんって随分身勝手な感じだし、逆恨みして何かしてきたりしないかな』


う~ん、言われてみれば確かに。

でも、力の差は見せつけたつもりだし、早々何か仕掛けては来ないんじゃないかな。

いや、仕掛けてこないといいな。


少し不安になってきた僕の様子に気付いたらしい関谷さんが、慌てた感じで声を掛けて来た。


『あ、でも伝田さんは孫浩然スンハオランじゃ無いし、一昨日田町第十みたいな事にはならないんじゃないかな』


僕の推測が正しければ、伝田さん、田中さんのクラン『百人隊ケントゥリア』のA級2人をテイムしたモンスター使って殺してるんだよな……

それ考えたら、伝田さんも孫浩然ハオラン=スンも本質的には変わらないかも。

ってあれ?


「関谷さん、一昨日の事件、孫浩然ハオラン=スンの仲間が起こした事、知ってるの?」

『知ってると言うか……均衡調整課の真田さんが教えてくれたわ。中村君が捕まえた人の中に、その孫浩然スンハオランのアバターにされた人が混じってたって』


僕はあの、生気の感じられないサラリーマン風の男性の顔を思い出した。

同時に、アバターについてティーナさんが語っていた言葉も。



―――大抵の場合、Avatarにされた人間は、短期間で廃人と化してしまいます。



あの男性はどうなったのだろうか?

それはともかく、関谷さん達が一昨日の田町第十での事件、どんな風に均衡調整課に説明したのか聞かないと。


「実は今日の夕方、5時から改めて田町第十の話を聞きたいって、均衡調整課から言われてるんだ。関谷さん達はもう話聞かれたんでしょ? どんな風に話したのか、聞いても良いかな?」

『田町第十で起こった出来事、ほぼそのまま伝えたわ。ただし、美亜ちゃん井上美亜の提案で、中村君が黒い立方体使って私達を部屋に逃がしたってとこだけ、何か特殊なスキルを使ったって話に変えたけど』

「気を遣わせてしまったみたいでごめんね。でも、そういう話にしておいてもらえれば助かるよ」

『ねえ、均衡調整課の話終わったら、一緒に夕ご飯食べない?』

「えっ?」

『あ! もちろん、美亜ちゃんや茨木さんも誘って。他の皆も、中村君に改めてお礼を言いたいって言ってたし』

「そうだね。そうしようか」

『夕ご飯は私達が御馳走するわ。中村君は均衡調整課の用事が済んだら電話して』

「そんな、御馳走してもらうのは悪いよ」

『気にしないで。それだけ皆、中村君に感謝してるって事だから』


あんまり固辞するのもヘンかな?


「じゃあ、ありがたく御馳走になろうかな。時間、どうしよう? 一応、7時位にしとく?」

「分かったわ。それじゃあ、また後でね」


電話を切った僕は、改めて時刻を確認してみた。

まだ午後3時にもなっていない。

どうしようかな?


少し考えた後、僕はエレンにとりあえず、僕の無事を伝えに行く事にした。


「【異世界転移】……」


スキルを発動すると、周囲の情景は、地球のアパートの僕の部屋から、イスディフイの『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋へと切り替わった。



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