第206話 F級の僕は、桂木長官に自分の推論を伝える


6月1日 月曜日5



報告会の冒頭、米田さんがまず、昨日富士第一で起こった出来事を時系列に沿って説明し始めた。

感情や憶測を極力排除して、淡々と事実関係のみを語っていく米田さんの言葉に、皆静かに耳を傾けている。

その説明が終了した段階で、桂木長官が僕の方を見た。


「君が中村隆君だね」

「はい」

「米田君の話では、強力な魔法結界を展開できるとか。確か君は、F級だと報告を受けているのだが……」


桂木長官は、手元の資料に視線を落とした。

恐らくその資料に、僕に関する情報が記載されているのだろう。


「はい。均衡調整課で何度か測定して頂きましたが、いつも同じ結果でした」


【改竄】スキル使用の有無に関わらず、均衡調整課での測定結果は、いつもこんな感じだった。




名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1/100 腕力の強さ、物理的な攻撃力に関係

知恵 1/100 知力の高さ、魔法の攻撃力に関係

耐久 1/100 身体の耐久力、防御力に関係

魔防 0/100 魔法攻撃を軽減出来る確率

会心 0/100 相手の防御力を無視して攻撃出来る確率

回避 0/100 不意打ち以外を回避出来る確率

HP 10/999 文字通り体力。0になると死亡

MP 0/100 魔法の使用可能回数。強力な魔法は、一発使うのに、複数の回数を消費

…………

……




異世界イスディフイと関わるようになる前はともかく、その後経験値を獲得してステータスを成長させる事が出来るようになってからは、体感的にも、自分で呼び出せるステータスウインドウで確認できる数値も、もはやこんなに低くは無いはずなんだけど。

僕のステータスを正しく測定出来ないのは均衡調整課の測定装置の限界か、他に何か別の理由でもあるのか……


一方、桂木長官は、手元の資料を少し持ち上げながら、四方木さんに声を掛けた。


「彼に関する資料は、これで全部かね?」

「はい。お渡ししました資料に記されていない事柄に関しましては、中村に直接おたずね下さい」


桂木長官は、再び僕の方に視線を向けてきた。

彼と視線が交わった僕は、微かな違和感を抱いた。

まるで僕の心の中に、何者かが土足で踏み込もうとしているような……?



―――バチン!



何かが弾かれるような音と共に、頭の奥に軽い衝撃を感じた。



戸惑いながら、桂木長官の方に目を向けると、彼は額を押さえて少しよろめいていた。


「長官!?」


出席していた職員達が立ち上がり、桂木長官に駆け寄った。


「大丈夫だ。席に着きなさい」


桂木長官は、駆け寄ってきた職員達を手で制すると、僕の方に再び視線を向けて来た。


「……なるほど。確かに君はF級では無いようだ」


どういう事だろうか?

もしかしてさっきのは、桂木長官が僕に向かって何かのスキルを使用しようとした?

それを僕が“抵抗”した?


僕はまだ額を押さえながら苦笑いをしている桂木長官にたずねてみた。


「長官、今のはどういう事でしょうか?」

「少し君を試してみた。気を悪くしたのならすまなかった」


桂木長官は、僕の推測をあっさりと肯定して頭を下げて来た。


「改めて君からも、昨日富士第一で起こった事を話してくれないだろうか?」

「分かりました……」


僕は米田さんの話を補足する形で、昨日のリーサルラット出現時とファイアーエレメント出現時、それに、S級二人に絡まれ、彼等を圧倒するに至った経緯を説明した。

もちろん、ティーナさんの下りを省いて、だけど。


僕の説明を聞き終えた桂木長官は、感心したような表情になった。


「なるほど。素晴らしい能力だね」


半分は、ティーナさんの能力なんですが。


「それにしても君が均衡調整課の職員で本当に良かった」


すみません。

なんちゃって嘱託職員 (のフリをしているだけ)なんですが。


「ところで、クラン『白き邦アルビオン』の総裁、伝田圭太がモンスターをテイム出来るのでは、という君の説明、確かかね?」


そう改めて問われると、なかなか返答しにくい。

なにせその情報は、ティーナさん経由のものだ。

彼女は握手等、手の平を相手と合わせる事で、相手の記憶を読み取る能力を持っている。


「彼が“呼び出した”エンシャントドラゴンは、全てSランクの魔石を残しました。それらは、先程お話ししましたように、米田さん達と皆で拾い集めたので、間違いありません」

「なるほど。召喚されたモンスターは、倒されても魔石を残さない。少なくとも、伝田圭太は、倒されたら魔石を残すモンスター、しかも本来その階層で出現しないはずのモンスターを呼び出し使役した、と言う事か」

「はい」


僕はそこで、昨日の事件の真相では? と僕なりに疑っている内容について持ち出してみた。


「長官、昨日富士第一92層で出現したリーサルラットやファイアーエレメント。伝田さんがけしかけて来たモンスター達だったって可能性は無いですか?」



――ザワ……



その場の皆の雰囲気が明らかに変わった。

桂木長官の目が細くなった。


「なぜそう思うのかね?」

「まず、田中さんも話していましたが、出現したモンスター達は、統制が取れ過ぎていました。最初のリーサルラットの群れは、僕と米田さんを素通りして、前方でジャイアントマンティスと交戦していたクラン『百人隊ケントゥリア』のA級達に奇襲を仕掛けました。田中さんがモンスター達を火属性の攻撃で殲滅した後、今度は火属性の攻撃が無効なファイアーエレメント達が出現しました。しかもファイアーエレメントは、本来使用しないはずの強力な魔法結界で田中さんの攻撃を防御しました。それと、余りにも全てが、伝田さんに都合よく動いていました……」


僕は、あの時抱いた微かな違和感第196話を思い出しながら、話を続けた。


クラン同士の些細ないざこざがきっかけで別行動した途端、僕が同行した田中さん達だけが、階層違いのモンスター出現と言う異常事態に遭遇した。

階層違いとは言え、昨日出現したモンスターは、なぜかいずれも“92層より弱い”モンスター達。

今まで僕が経験した異常なモンスターの出現は、全てそこに本来存在しないはずの、“強い”モンスター達だった。

とは言え、イレギュラーな戦闘を強いられた田中さんのクラン『百人隊ケントゥリア』は、A級2人を失い、残りのA級達も疲弊した。

その後、颯爽と救援に現れた伝田さんは、一連の出来事を全て斎原さんの陰謀であると決めつけ、結果的にゲートキーパー戦の主導権を握る事に成功。

最後、僕が伝田さんの提案を拒否しさえしなければ、伝田さんのクラン『白き邦アルビオン』の名声は高まり、ついでに斎原さんのクラン『蜃気楼ミラージュ』を追い落とす算段を推し進める事が出来る態勢になっていた。

昨日の一連の出来事は、最後の僕との一件が無ければ、伝田さんが最大の受益者になっていたはず。

その伝田さんは、死んだら魔石を残すS級モンスターを16体も同時に使役して見せた。

ならば、A級モンスターリーサルラット56体を使役するのも容易なのでは無かろうか?


僕の憶測交じりの話を聞き終えた桂木長官はにやりと笑った。


「中村君の今の話、当たらずとも遠からずだろうね」

「と言う事は、田中さんのクラン『百人隊ケントゥリア』のA級2人は、伝田さんに殺されたと言う事になりますが……」


僕は話しながら、桂木長官の表情をうかがった。

均衡調整課は、ダンジョン絡みの犯罪行為に関する捜査権、逮捕権を持っている。


「中村君。君の言いたい事は分かるよ? 捜査してみて、君の推論が正しいと判明した場合、問題は、誰が伝田圭太を逮捕しに行くか、だ」


均衡調整課、EREN (国家緊急事態調整委員会)、各国の類似機関は、犯罪者の自由を制限できる拘束着を持っている。

ただし、基本的には拘束具で自由を奪えるのは、A級以下。

現在の所、S級の自由を奪える拘束着なり拘束具は存在しない

S級を拘束したり捕縛したり、とにかく自由を奪えるのは、同じS級のみ。

しかし均衡調整課の職員には、S級は存在しない……


ここまで考えが及んだ時、桂木長官が少し悪そうな笑みを浮かべて僕を見ている事に気が付いた。


「? 何でしょうか?」

「いや、S級の田中彰浩の自由を奪える人間が、うちで嘱託職員をしていた事を思い出してね」


……ですからそれ、正確にはティーナさんです。


「とにかく、話は分かった。この件に関しては、私に一任してもらいたい。良いかな?」


出席者達が頷くのを見た桂木長官は満足そうな顔になると立ち上がった。


「では散会としよう。小西君、報告書の方は、君に任せたよ」


出席者の一人にそう話しかけると、桂木長官は、ゆっくりと部屋を出て行った。


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