第205話 F級の僕は、ティーナさんに色々からかわれる


6月1日 月曜日4



四方木さんが出て行った後、急いで着替えを始めようとした僕は、ふと、妙な気配を感じて手を止めた。


「【看破】……」


再びスキルを発動してみたけれど、見える範囲内に異変は感じられない。

今、僕がいる仮眠室は、布団が敷いてある四畳半の狭い部屋以外には、襖が閉まっている押し入れが一つ付いているだけ。


ん?

押し入れ?


僕はゆっくりと押し入れに近付くと、襖をそっと開けてみた。


「Hi!」


二段になった押し入れの下の段の所でニコニコしながら手を振るティーナさんが体育座りをしていた。


「え~と……何してるんですか?」

「座って待ってました。お話が終わるのを」

「……そうじゃ無くて、なんでこんな場所に?」

「それはですね……」


ティーナさんによると、丁度、僕と四方木さんが廊下で話している最中に、ここへ戻って来たらしい。

扉の向こうから聞こえてくる会話から状況を推察したティーナさんは、僕と四方木さんが部屋の中に戻って来るタイミングでワームホールを消去して、自分は慌てて押し入れの中に逃げ込んだ。

そのまま、押し入れの中で僕達の会話が終わるのをずっと待っていた……


「……それって、こっそり押し入れの中にワームホール開いて、自分の部屋カリフォルニアで待ってるってやり方も出来たんじゃ……」


僕の当然の問い掛けに、ティーナさんが、ハタと気付いたような表情になった。


「なるほど! さすがはTakashiさんです。頭良いですね」


……いやこれ、絶対確信犯的にここに居残って話聞いてたよね?


それ以上の追及を諦めた僕は、気を取り直してたずねてみた。


「それで、何か取りに行ってたんじゃ無いんですか?」


確かティーナさん、僕が急な予定変更を彼女に伝える通常の手段が無いと話したら、“ちょっと待っていて下さい”とワームホールを潜り抜けて自分の部屋に戻って行ったはず。


「そうでした。これを」


ティーナさんが、ポケットの中から、目立たない肌色をしたコードレスのイヤホンのような物を取り出した。

イヤホンのような本体に耳に引っ掛ける様な細いフックが付いている。


「これは?」

「魔石を組み込んだ、ERENの最新の通信装置です。通常とは異なる通信system使用しているので、HaoRan Sunに聞き耳立てられる恐れはありません」

「もしかして、念話で会話出来る、とかですか?」

「ネンワ……?」


ティーナさんが首を傾げた。

念話って、英語でなんて言うんだろう?


「テレパシーとか?」

「telepathy? ですか?」

「はい」


ティーナさんが、少し上目遣いになった。


「なるほど。telepathyを日本語では念話と呼ぶわけですね」

「そうです」

「それにしても、随分当たり前のように念話という単語を口にされましたが……もしかしてTakashiさん、念話で通じ合えるような道具に心当たりでもお持ちですか?」

「それは……」


アリアとペアで持っているイヤリング『二人の想い』とか。

しかしまだ僕は、異世界イスディフイの道具をティーナさんに見せるのには躊躇ちゅうちょがある。


「ティーナさんの所属するEREN (国家緊急事態調整委員会)なら、念話テレパシーで意思疎通図れるような道具をお持ちかな、と勝手に推測してしまいました」


ティーナさんはしばらく僕をじっと見つめた後微笑んだ。


「現状、そういった道具はまだどの国も機関も開発に成功していないはずです。少なくともここ、地球では」



ティーナさんが持ってきてくれた通信機は、至ってシンプルな物だった。

詳しい仕組みは機密事項だとかで教えてくれなかったけれど、耳に装着して囁けば、お互いに電話のように会話できるらしい。


「マイクってどこに付いてるんですか?」


この通信機、見た目は、耳に掛けるフックのような部分が付いているのみ。

マイクのような部分が見当たらない。


「耳に掛ける部分がマイクになっています。いわゆる骨伝導の仕組みを利用しています」


喉の声帯から発生した音声を表皮に密着したフックのような部分が直接拾い上げるのだそうだ。


「試しに一回付けてみて下さい」


僕は受け取った通信機を右耳に装着してみた。


「では私は一度、Californiaに戻るので、“念話telepathy”を送ってみて下さい」


ティーナさんは、若干おどけた感じでそう口にすると、ワームホールを生成した。

そして、“向こう側”、カリフォルニアの自分の部屋へとワームホールを潜り抜けて行った。

僕はそのまま囁いてみた。


「ティーナさん?」

『はい』

「おわっ!?」


まるで耳元で囁かれているかの如く明瞭に聞こえたティーナさんの返事の声に、僕は思わず素っ頓狂な声を出してってしまった。


『どうしました?』

「何でもないです。気にしないで下さい」


ティーナさんが再びワームホールを潜り抜けてこちらに戻って来た。


「とまあ、こんな感じで会話が出来ます。これ、私とあなただけのいわばhotlineです。無くさないで下さいね」

「分かりました」



さて、そろそろ朝ご飯に出向かないと、また四方木さんか更科さんが様子を見に戻って来るかもしれない。

僕は、インベントリを呼び出して、昨日、エンシャントドラゴン達がドロップした『ドラゴンの鱗』16枚を取り出した。


「これ、お約束していた『ドラゴンの鱗』です」


ティーナさんは、笑顔になった。


「どうせなら、私の部屋まで運んでもらえないですか?」

「部屋までって……」


僕はチラリとワームホールに目をやった。

魚眼レンズを通したような感じで、ティーナさんの部屋の情景が見えている。


「残念ながらパスポート持ってないんですよ、またの機会にお誘い下さい」

「本当に残念です。今なら、私の部屋をprivateに訪れる男性第1号になれるのに」


……うん。

やっぱり当分、ティーナさんの部屋を訪れるのは止めにしておこう。

なんだかなし崩し的に、ティーナさんのパートナーにされてしまいそうな予感がする。


「また連絡しますよ。そろそろ行かないと、誰かが様子を見に来るかもしれないので……」

「分かりました。それじゃあね、Takashiさん」


ティーナさんは、素早く僕に近付くと、頬に突然キスをしてきた。


「うわっ!?」


僕が仰け反るのを見たティーナさんが、クスクス笑った。


「そんなに驚かなくても。『ドラゴンの鱗』のお礼です。それにkissなんて挨拶みたいなものでしょ?」


完全にからかわれてるな……

僕はティーナさんを軽く睨みながら、『ドラゴンの鱗』を手渡した。


「ここは日本ですよ?」

「ですが、私はアメリカ人ですよ?」


ティーナさんらしい返答だ。


「本当にそろそろ行かないとまたややこしい事になってしまうんで……」

「それじゃあ本当にこの辺で。また連絡するね」


今度こそ本当にティーナさんは、ワームホールを潜って戻って行った。


ティーナさん、最後結構くだけた感じになっていたけれど、気にするのは止めておこう。


僕は急いで着替えを済ませると、職員食堂へと向かった。



「おはようございます」


僕が食堂に行くと、コーヒーを飲みながらくつろいでいたらしい四方木さんと更科さんが出迎えてくれた。


「中村さん、おはようございます。随分と遅かったですね?」

「すみません、ちょっと色々考えていたら、つい時間だけが過ぎてしまいまして」


僕が席に着くと、職員の一人が、朝ご飯を運んできてくれた。

トーストと目玉焼き、それにホットコーヒーが付いている、典型的なモーニングだ。

四方木さん達と話しながら食べ終わる頃には、9時40分を過ぎていた。


「報告会は、10時から3階の第一会議室で行われます。遅れずにちゃんと来て下さいね」

「分かりました」



一度部屋に戻り、身支度を整えた僕は、何とか10時前には第一会議室に到着する事が出来た。

大学の講義室位の広さの部屋の中には、正方形を形作るように机が置かれ、10名程の人々が既に席についていた。

扉を開けた僕に気付いた彼等の視線が、一斉に僕に向けられた。

少し戸惑っていると、立ち上がった四方木さんが、僕を手招いた。


「中村さん、こっちです」


僕の席は、四方木さんと更科さんの間であった。

席についた僕は、そっと出席者達に視線を向けた。

事前に見せてもらった出席者名簿に名前があった均衡調整課の桂木長官の姿が見えない。


「四方木さん、桂木長官って……」


僕が口を開くと同時に、扉が開かれ、誰かが会議室に入ってきた。


長身痩躯、短く刈り込んだヘアスタイルに、眼光鋭い表情。

紺色の背広を着たその人物は、席に着くと鷹揚に口を開いた。


「おはよう。そろそろ始めようか」


均衡調整課長官、桂木かつらぎ憲伸けんしんのその言葉と共に、報告会が始まった。


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