第200話 F級の僕は、ティーナさんの能力を利用させてもらう


5月31日 日曜日11



一方、僕等を取り囲むようにして立つA級達の間には、ざわめきが起こっていた。


「何だアレは?」

「気を付けろ! 何か仕掛けてくるつもりだぞ!」


周囲の伝田さんやA級達からは、ほとんど透明に近い多面体の障壁シールド越しに、突然僕の脇に銀色の空間の歪みのような物が出現したように見えているはずだ。

光学迷彩の機能をオンにしているティーナさんの姿は、意識的にスキルを使用しないと見えないはず。

つまり、ワームホールもティーナさんの能力も知らない目からは、奇妙な現象が発生しているようにしか感じられないはず。


それはともかく、僕の話を聞き終わったティーナさんが悪戯っぽい表情になった。


「それはとても面白そうですね」

「それで、一回まとめて何人くらいなら持ち上げたり落としたり出来ますか?」


ティーナさんは、障壁シールドの外で身構える伝田さんや田中さん、それにA級達に順番に視線を向けた。


「S級相手だと、一度につき1人ですね。A級なら、数人まとめて出来ますよ」

「了解です」


僕はインベントリを呼び出すと、いつもの装備品とカロンの小瓶――『賢者の小瓶』、『技能の小瓶』、『強壮の小瓶』――を取り出した。

周囲のA級達が再びどよめいた。


「あいつ……今、虚空から品物取り出さなかったか!?」

「まさか亜空間魔法が使える!?」

「皆落ち着け!」


動揺するA級達に伝田さんが叱咤するように声を掛けた。

伝田さんが、僕に声を掛けて来た。


「中村君、一体何を始めるつもりだい?」


僕はその言葉を無視して装備の変更を済ませると、カロンの小瓶を握り締めた。

立ちどころに空だった内部を溶液が満たしていく。

その様子を、ティーナさんは興味深げに眺めているものの、なぜか何もたずねてこない。

僕は、『技能の小瓶』と『強壮の小瓶』の中身を飲み干してから、ステータスウインドウを呼び出した。



―――ピロン♪



Lv.105

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+104、+52、+100)

知恵 1 (+104、+52、+100)

耐久 1 (+104、+52、+100)

魔防 0 (+104、+52、+100)

会心 0 (+104、+52、+100)

回避 0 (+104、+52、+100)

HP 10 (+1040、+520、+1560)

MP 0 (+104、+52、+10、+156)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】

装備 ヴェノムの小剣 (攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

   インベントリの指輪

   月の指輪

   欺瞞のネックレス

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   ステータス常に50%上昇 (エレンの祝福)

   即死無効 (エレンの祝福)

   MP10%上昇 (月の指輪)



よし、準備万端整った。

カロンの小瓶の効果で、僕のステータスは倍加している。


さらに僕は、首に掛けていた『欺瞞のネックレス』を外すとインベントリに収納した。

これでオーラが“視える”者達の目には、僕が凄まじい強者に映っているはずだ。


それまで無言で成り行きを見守っていたティーナさんが、驚いたような声を上げた。


「Takashiさん、今、何をしました?」

「何をって?」

「あなたの能力が突然倍加したように感じられます。完全に人類の限界を突破しているような……もしかして、先程の薬品の効果ですか?」


ティーナさんがオーラを“視る”事が出来るであろうことは、以前の会話第166話から想定済みだ。

ティーナさんクラスでこれ位驚いてくれるならまさに狙い通り。


「まあそんな所です」


話しながら、僕は伝田さんと田中さんに視線を向けた。

二人とも信じられないモノを見るような視線をこちらに向けてきている。

どうやら彼等もまた、オーラが“視えている”ようだ。

田中さんが上ずった声を上げた。


「お前、一体、何者だ!?」

「何者?」


僕は出来るだけ冷たく低い声で話しかけた。


「誰に向かって口を聞いているのか、教えてやろう」


僕はさっと手を上に振り上げた。

いきなり田中さんの身体が上空20m程の場所まで持ち上げられた。


「何しやがる!?」


田中さんは大声で叫んでいるが、上空でむなしく手足をジタバタ動かす事しか出来なくなってしまった。

その様子を見たA級達の顔が引きつっていく。


「お前達、よく見ておけ。僕はこういう事も出来る」


僕は手をさっと下に振り下ろした。

それに合わせて田中さんが地上に向かって文字通り真っ逆さまに、凄まじい勢いで落下した。


「総裁!」

「きゃああ!?」


周囲のA級達から悲鳴が上がる中、あわや地面に激突寸前、地上数cmのところで、田中さんは頭を真下に向けた逆さまの姿勢で停止した。

僕は再び手を上に振り上げた。

それに合わせて田中さんの身体も再び地上20m程の場所まで持ち上げられた。


「貴様! おちょくってるのか?」


田中さんが、上空で顔を真っ赤にして叫んだ。


「許せねぇ!」



―――オオオン!



上空の田中さんが、ドラゴンのような咆哮を上げた。

それを耳にしたA級達、それに均衡調整課のポーター荷物持ち達が慌てて逃げ出した。


「まずい! ドラゴニックオーラだ!」

「早く離れろ! 巻き込まれるぞ!」


田中さんの全身を真っ赤なオーラが包み込んでいく。

翼を広げたドラゴンのようなオーラを身に纏った田中さんの全身から、凄まじい熱量を孕んだ猛炎が僕目掛けて放たれた。

しかし、その猛炎は、障壁シールドに阻まれ、内部の僕とティーナさんにはそよ風ほどの影響も与える事が出来ない。

ただし、僕の視界の左隅に表示された障壁シールドの維持に必要なMPの数字は、1秒間に10ずつ減少していく。


さすがはS級だ。

そしてこれがS級の田中さんの本当の意味での“全力”なのだろう。

田中さんのドラゴニックオーラによる攻撃を受け止める直前、MPの残量は900程度あった。

このままの割合でMPが減少していくなら、1分半程で障壁シールドは破られる計算になる。


MP切れ起こす前に【異世界転移】しないといけないかな……


しかし、猛炎による攻撃は10秒程で終了した。

見ると、上空の田中さんを包み込んでいた真っ赤なオーラは消え去っていた。

ドラゴニックオーラ、継続使用時間に制限が有るのか、もしくはドラゴニックオーラを維持するのに必要なMPが心許こころもとなくなったのか。

田中さんが肩で息をしながら、成り行きを見守っていたらしい伝田さんに向かって叫んだ。


「伝田! あいつをどうにかしろ!」


伝田さんは、僕に厳しい視線を向けながら呼びかけて来た。


「中村君。とりあえず田中を解放したまえ。話し合おうじゃないか」


……田中さんを上空に縫い留めているのは、正確には“僕じゃ無い”んだけど。


「話し合う?」


僕は出来るだけ尊大な雰囲気のまま言葉を続けた。


「この期に及んで何を話し合うんだ?」

「君をお嬢斎原の所に送り込む計画は無しにしようじゃないか。代わりに、君をVIP待遇でウチに迎え入れよう」


伝田さんの言葉を聞いた上空の田中さんが、驚いたように叫んだ。


「伝田! お前何言ってんだ!?」


伝田さんはそれに構わず、僕への言葉を続けた。


「君の実力はよく分った。お嬢斎原が君を欲しがるわけだ。君がお嬢斎原のクランに入らないのは、多分、君がお嬢斎原を好ましく思っていないか、加入条件が悪いんだろ? 僕なら君が満足する条件を提示出来る」


僕は内心、感心した。

伝田さんは、あくまでも、世界は自分を中心に回っていると信じ込めるタイプのようだ。


「面白い事を言うな。だけど、どこの世界に、自分より弱い奴に頭を下げて、“クランに入れて下さい”って頼む奴がいるんだ?」

「何!?」


伝田さんの顔に明らかな怒気が宿った。


「君、どうも思い違いをしているようだね?」


伝田さんが、何かの詠唱を開始した。

それを目にしたティーナさんが、そっと囁いてきた。


「恐らくtameしたmonsterを呼んでいます」

「テイム? モンスターを召喚しようとしているのでは無く?」

「はい。伝田さんは、周囲には隠しているようですが、monsterを召喚するだけでは無く、tameするskillも持っています」


ティーナさんは、手の平を合わせる事で、相手の記憶を読む能力を持っている。

大方、この前の富士第一調査の時にでも、伝田さんと“握手”したか何かでそれを知ったのだろう。


話していると、いきなり周囲に十数体の翼を広げたドラゴンが出現した。

ティーナさんが囁いた。


「Ancient Dragonですね。確か富士第一では、91層で出現するS級monsterのはずです」



―――オオオオン!



出現したエンシャントドラゴン達が上げる咆哮が、辺りの空気を震わせた。

伝田さんの顔が不敵に歪んだ。


「どうだい? これでも僕を弱者呼ばわりするつもりかい?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る