第199話 F級の僕は、伝田さんの言動に段々と腹が立ってくる


5月31日 日曜日10



「お待ち下さい! 中村が今回の件に関与しているとは、一体、どういう意味でしょうか?」


唐突な言いがかりに反応が遅れてしまった僕の代わりに、米田さんが口を開いた。

その米田さんを、伝田さんがじろりと睨んだ。


「米田。君も疑い掛けられてるんだよ?」

「私がですか!?」


米田さんの声音に動揺の色が混ざる。


「私も中村も、今回の件には無関係のはずですが」


伝田さんが、米田さんに試すような視線を向けた。


「最初のリーサルラットの襲撃、君が最初に気付いたんだってね?」


米田さんは、チラッと僕の方に視線を向けた後、言葉を返した。


「はい」

「リーサルラットは、後方から襲撃してきた。そうだよね?」

「はい……」

「じゃあ、A級達よりもモンスターに近い位置に居たはずの君と中村は、なんで生きてるの? 真っ先に襲われるはずだよね?」

「それは、二人で急いで岩陰に……」

「岩陰に隠れて震えてたって説明したみたいだけど、おかしいよね? 襲撃してきたのはA級モンスターのリーサルラット50体以上。岩陰でやり過ごせる相手だと思うかい?」

「それは……」


米田さんが言い淀んだ。

どうやら僕の能力について、S級達に説明するのを逡巡しているらしい様子が見て取れた。

だけど、僕の事で米田さんが責め立てられるのをこれ以上は黙って見ていられない。


「待って下さい。僕が障壁シールドを展開して米田さんを護りました」

「へぇ~」


伝田さんの目が細くなった。


「もしかして、その“障壁シールド”で田中のドラゴニックオーラも耐え切ったのかい?」


僕は黙って頷いた。


「君のその“障壁シールド”、随分と頑丈みたいだね?」

「短時間でしたし、距離もありましたし」

「とにかくS級の攻撃に耐えられる魔法結界を君は張れる。なぜ最初、君達は岩陰に隠れてたとか嘘ついてたんだい?」


それは米田さんなりに、僕の能力をS級達に知られまい、とかばってくれた結果だろう。


「説明がややこしくなるのを避けるためです」

「ややこしくなる? 違うな。君がこの件に関与している事を隠すためだ」


伝田さんは、僕の反応を確認するかのように一度言葉を切った。


「ファイアーエレメントは魔法結界を張っていた。通常のファイアーエレメントには無い能力だ」

「それは、イレギュラーな形で出現したモンスターだったので、イレギュラーな能力を持っていたからなのでは?」


他ならぬ伝田さん自身がそう話していたはずだ。


「僕も最初はそう思ったさ。だけど、田中やクラン『百人隊ケントゥリア』のA級達の話を聞く内に思い違いをしていたのに気が付いた」

「思い違い?」

「君は、S級の攻撃に耐え得る魔法結界を展開できる。リーサルラットは、君と米田を襲わなかった。ファイア―エレメントは、田中の攻撃を魔法結界で防御した……。点と点とを結んだら、一本、明確な線が見えてくると思わないかい?」


これは、本当に僕に嫌疑をかけている?

それとも、事前に伝田さんの話していたシナリオ通り、僕を斎原さんの元にスパイとして送り込むため、勝手に芝居を始めている?


考えている内に、さすがの僕も段々と腹が立ってきた。

嫌疑をかけてきているのなら見当違いだし、僕の了承も得ずに勝手に芝居を始めているのなら論外だ。


僕の気持ちに関係なく、伝田さんが話を続けた。


「おかしいと思ったんだよ。君、僕達と話したいから時間くれってこっそり頼みに来ただろ? だから、バティン討伐前の忙しい時だったけれど、話を聞いてあげたじゃないか。そしたらどうだい? 理由不明に、お嬢斎原は今回の件に無関係だって強硬に抗弁し始めてさ」


それこそおかしな話だ。

バテイン討伐直前に僕を呼んだのは、伝田さんと田中さんの方だった。

しかし、伝田さんの話を聞いた米田さんが顔を引きつらせた。


「中村君、本当か? 今の話」

「本当も何も……」


僕は伝田さんを睨みつけた。


「あれはあなたが僕に、斎原さんのクランに潜入して、斎原さんが今回の件に絡んでいる証拠を手に入れて来いって話を持ちかけて来ただけでしょ?」


僕の言葉に、米田さんが、これ以上無い位目を見開いた。


「伝田様、今の話は……?」


伝田さんは、やれやれといった表情になった。


「とうとう馬脚を現したね? やっぱり君、お嬢斎原と繋がってたんだ」


僕に本気で嫌疑をかけているにせよ、芝居をしているにせよ、伝田さんは、どうあっても自分の思惑通りに事を運びたいようだという事だけは伝わってきた。

伝田さんが、僕に歩み寄ってきた。


「どうせお嬢斎原に強要されたんだろうけれど、君のせいでA級が2人死んでるんだよ?」


周囲のA級達、特にクラン『百人隊ケントゥリア』のA級達の間に不穏な空気が広がっていくのが、肌で感じ取れた。

伝田さんは、そのまま僕の傍まで来ると、耳元でささやいた。


「ほら、ここで“僕はそんな事に関与してない”って叫んで、荷物を放り出して逃げるんだ。そこの転移ゲートエレベーターに乗れば、すぐ1層に転移出来るように細工しておいた」


やっぱり、僕の意思とは無関係に“潜入捜査スパイ大作戦”させる気で芝居を演じていたらしい。

久し振りに本気で頭に血がのぼってきた。

しかし、わずかに残っていた理性が、ここでS級2人とA級18人を相手に大立ち回りを演じれば、収拾がつかなくなると警告を発してくれた。


死力を尽くして殺し合うのではなく、効果的に、伝田さん達に僕と関わるのを諦めさせるには……


あっ!

ある。

この方法を使えば、死傷者を出さずに、僕を得体の知れない相手だと確実に誤認させる事が出来る。

ただし問題は、また“彼女”に借りを作ってしまう事だけど……


とにかく、僕は背負った荷物を下ろすフリをしてしゃがみながらインベントリを呼び出した。

そして、皆の死角になる位置で、『ティーナの重力波発生装置』を取り出した。


今、日本は夜だから……

カリフォルニアは何時頃だろう?

昨日の夜中に呼び出したら、カリフォルニアは朝だったらしい。

と言う事は、今は、もしかして真夜中か、下手すると明け方かも。

まあ、呼び出せなかったら、他の手を考えよう。


僕は形も大きさもルービックキューブと同じ位の大きさの黒い立方体を握りしめ、MPを10込めてみた。

黒い立方体が僅かに発光した。

これでティーナさんだけが感知できると言う重力波が発生したはず。

僕の手元の僅かな輝きに目ざとく気付いたらしい伝田さんが、背後から声を掛けて来た。


「何してるんだい?」

「気にしないで下さい」


僕はゆっくりと立ち上がった。


「最初に断っておきますが、僕はあなたに協力するつもりは無いです」

「何を言って……」


怪訝そうな表情の伝田さんが最後まで言い終える前に、僕は障壁シールドを展開した。

僕の傍に立っていた伝田さんは、その障壁シールドに弾き飛ばされた。

それを目にした他のA級達が、一斉に戦闘態勢に入った。


さて……

ティーナさんがやって来るまでの時間稼ぎ、どうしよう?

とりあえず、5分程このまま障壁シールドで耐えて、MP切れそうになったら【異世界転移】しよう。

昨夜、エレンに『エレンの腕輪』のMPを補充してもらった時、ひどく心配してくれていた。

どのみち、ティーナさんがやって来るまでに少し時間かかるだろうし、今のうちに先にエレンに会いに行くのもありかな。


そんな事を考えていると、僕のすぐ脇、障壁シールド内の何もない空間が渦を巻きながら歪みだした。

そして、唐突に銀色に輝くワームホールが出現した。

ティーナさんだろうか?

だとしたら、想定以上の早さだ。


「【看破】……」


僕は心の中でスキルを発動した。


銀色に輝いていたワームホールの向こう側に、ティーナさんの部屋と思われる場所が魚眼レンズを通すように“見えて”来た。

どうやらこの前もそうだったけれど、銀色に輝いているのは、光学迷彩かスキルで向こう側の景色が覆い隠されているせいだったようだ。

そしてワームホールを通過して、光学迷彩の機能がついた銀色の戦闘服を身に付けたティーナさんが、こちら側の地面に足を下ろすのも“見えた”。

ティーナさんは地面に降り立つと微笑んだ。


「就寝中のladyにささやきかけて来るなんて、情熱的な方ですね」


やはりティーナさん、寝ていたようだ。

なのに、こんなに早く駆け付けてくれるとは。

少し感動してしまったけれど、僕はすぐに彼女に囁いた。


「すみません。緊急にお手伝いしてもらいたい状況になりまして……」


僕はティーナさんに今の状況と、これを切り抜ける僕なりのプランについて、簡単に説明し始めた。


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