第192話 F級の僕は、再度富士山頂に立つ


5月31日 日曜日3



僕とティーナさんを乗せたオロバスは、ごつごつした岩肌が剥き出しの田町第十の中を疾風の様に駆け抜けた。

そして歩きなら1~2時間はかかるところを、10分足らずでダンジョン入り口まで戻って来る事に成功した。


「Summoned monster which we can ride……」


オロバスの背中からふわりと地面に舞い降りたティーナさんが、感心したように英語で何かを呟いた。

ちなみにティーナさん、今は光学迷彩を解いているので普通に見えている。


「何か言いました?」


僕はオロバスをメダルに戻しながら、ティーナさんに聞いてみた。


「いえ、乗る事の出来る召喚獣は珍しいので感心しただけです」

「そうなんですね」

「それに……」


ティーナさんの視線が、『オロバスのメダル』を握り込んでいる僕の右手に向けられた。


「召喚獣は、魔法陣を展開して召喚するものです。少なくともここ、地球では。もし魔法陣無しで召喚出来る道具があるとすれば……」


少なくとも?

地球では?

僕の鼓動が跳ね上がった。


ティーナさんは、以前、僕等の世界地球をこんな風に変えた“何者か”が存在すると言っていた。

そいつは、ティーナさん達が『ブレーン1649c』と呼ぶ“別の世界”の存在だ、とも話していた。

それは僕の知識と照らし合わせれば、異世界イスディフイのエレシュキガルが、何らかの意図――彼女が簒奪者と呼ぶイシュタルからイスディフイを“取り戻す”一助になる?――をもって、地球にモンスターとダンジョンを配置した、と解釈できるのだが……


気付かなかったとはいえ、ティーナさんの前でオロバスを召喚したのは、少しまずかったかもしれない。

いやこの際、異世界イスディフイの話をティーナさんに伝えてみようか?

しかし僕はまだ、そこまでティーナさんを信用しきれていない。


「ふふふ、そんな顔しないで下さい。大丈夫ですよ。“今は”詮索しないであげます」

「そうしてもらえると助かります」


少しほっとしながら僕はインベントリを呼び出した。

そしてティーナさんの気が変わる前に、と『オロバスのメダル』を素早くその中に放り込んだ。


「それじゃあ、今夜はありがとうございました」


ティーナさんにそう別れを告げて、僕は陽炎のように揺らめく田町第十の出口に向かおうとした。

その背に、ティーナさんが声を掛けてきた。


「お渡ししている重力波発生装置、もし気が向いたら“転移先”でも使ってみて下さい。私自身、そこにworm hallを開く事が出来るのか、非常に関心があります」


僕は言葉を返す事無く、そのまま田町第十の外に出た。



田町第十に入る前、真っ暗だった空は、今やすっかり明るくなっていた。

外に出た途端、僕の方に均衡調整課の制服を着た中年男性が駆け寄ってきた。

顔だけは、均衡調整課で見たことがある。


「中村さん!」

「おはようございます。山崎さんですか?」

「はい。お待ちしていました」


見ると、田町第十前の駐車場には、数台の車と、大きな黒い護送車が停まっていた。

均衡調整課の職員達であろうか、駐車場の隅で2人程煙草をふかしているのも見えた。


「こちらにどうぞ」


山崎さんは、僕を均衡調整課のロゴが入った一台の車へと案内してくれた。

運転席には、こちらも顔だけは知っている、均衡調整課の女性職員が座っていた。

彼女は、僕の顔を見ると会釈してきた。


「それにしても、随分と早かったですね。予定では中村さんが戻って来るのは、7時前になるんじゃないかって聞いていたのですが」

「今、何時ですか?」

「ちょうど6時です」


山崎さんは、少し試すような視線を向けて来た。


「もしかして、高速移動できるスキルか何かお使いになりました?」

「まあそんな感じです」


適当に言葉を返しながら、僕は後部座席に乗り込んだ。

僕がシートベルトを締めるのを確認した女性職員は、車を発進させた。

シートにもたれると、本格的に睡魔が襲ってきた。

眠気と戦いながら、僕は今からの予定を再検討してみた。


今6時と言う事は、均衡調整課に直行すれば6時半までには到着するだろう。

富士第一に8時半位にヘリコプターで到着するには、均衡調整課を7時前に出れば間に合う計算だ。

僕の家に寄ってもらっても、十分間に合いそうだな……


「すみません、一度僕のアパートに寄ってもらっても良いですか?」



アパートで軽くシャワーを浴びて準備を整えた僕は、再び女性職員の運転する車に乗り込んだ。

そして6時50分には均衡調整課に到着した。

均衡調整課では、四方木さんと更科さんが僕を迎えてくれた。


「中村さん、大変でしたね~」


僕は一応、聞いてみた。


「ところで、今日の富士第一って……」

「中村さん、申し訳ない!」


……どうやら、予想通りのようだ。


向こうクランの事務局にも色々掛け合ったんですけどね~。急いで来い、の一点張りでして」

「つまり、予定通りって事でしょうか?」

「そうなんですよ。今から向かえば……」


四方木さんが、今の時刻を確認しながら言葉を続けた。


「なんとか8時半には向こうに到着出来そうです」

「……分かりました」


仕方ない、前向きに考えよう。

元々この話、僕にとっても悪い話では無かった。

神樹と富士第一との相似性から考えて、今日の富士第一92層攻略は、将来的な神樹第92層攻略の“予習”となるはずだ。

加えて、上手くすれば、S級達の本気を間近で目に出来る良い機会にもなるはずだ。

問題は、徹夜明けで富士第一92層S級ダンジョンで荷物持ちしなければいけないって事の一点だけ。


僕の束の間の考察を、僕が富士第一行きを渋ってると勘違いしたのか、四方木さんが申し訳無さそうな顔で話しかけて来た。


「中村さん、何でしたら、特別手当の増額か、ノルマ魔石7個/週の免除期間延長、上に掛け合いましょうか?」


それはそれで助かる話だ。


「お願いします。それと……」


僕は、今最も切実な願望について口にした。


「ヘリコプターの中で横になって寝たりって無理ですかね?」



僕等を乗せたヘリコプターは、ちょうど朝の7時に総合庁舎屋上のヘリポートから発進した。

この前と違い、今日乗り込んでいる“乗客”は、僕と連絡係として同乗した更科さんだけ。

僕は、本来なら救急患者搬送に使用するストレッチャーを特別に用意してもらって、その上に横になっている。

ヘリの振動が、少し硬い背板を通して伝わって来るのが逆に心地よく、僕はすぐに眠ってしまった。


次に僕が目を覚ました時には、ヘリコプターは既に富士第一のヘリポートに着陸していた。

充分とまでは言えないものの、とにかく眠れたことは、僕を少し安心させてくれた。

この前同様、魔石を使用した酸素マスクで口を覆った僕は、そのまま富士山頂をすっぽり覆う富士ドームの中へと案内された。


時刻は8時半過ぎ。

今日の富士第一92層の攻略隊であろうか?

ドームの内部には、既に多くの人々が集まっていた。

更科さんが、やはり僕と同じく均衡調整課から派遣され、今日荷物持ちをする事になっている3人を僕に引き合わせてくれた。


「初めまして。N県の均衡調整課から来ました、中村隆です」


僕の自己紹介に対して、3人もそれぞれ自己紹介してくれた。


最初は、40代前半っぽい少し体格の良い男性。


「初めまして。F県の米田昌平です。B級です。今日は宜しく」


次は、20代後半の眼鏡をかけた真面目そうな男性。


「僕はG県のB級。安田芳樹です」


最後は、長い髪を後ろでポニーテールのように縛っている僕と同世代に見える女性。


「おはようございます。私は大藤千絵。I県のB級です」


彼等と少し話をしていると、向こうから伝田さんと田中さんがこちらに近付いて来た。


「おはようございます。今日は宜しくお願いします」


均衡調整課の職員達が、一斉に二人に頭を下げるのに倣って、僕も慌てて頭を下げた。

そんな僕等に、伝田さんが、笑顔で声を掛けて来た。


「おはよう。そう固くならなくて良いよ。支援要請出したのは、僕等の方だし」


話しながら、伝田さんが、すっと僕に近付いて来た。


「君は確か……」

「中村隆です」

「そうそう、そうだった」


なんだか、少し芝居がかった話し方だ。


「昨夜は大変だったんだって?」


僕は更科さんにちらっと視線を向けてから言葉を返した。


「はい。ちょっと事件に巻き込まれてしまいまして」

「ふ~ん……」


伝田さんが、なぜか値踏みをするような視線を向けて来た。


「なんか雰囲気変わった?」

「雰囲気? ですか?」

「……まあいいや、どうせ後で確認できるだろうし」


伝田さんは、僕との会話を勝手に切り上げると、田中さんを促して、またクランのメンバー達の方へと歩み去って行った。



午前9時ちょうど。

均衡調整課の支援の下、S級の伝田さん率いるクラン『白き邦アルビオン』と同じくS級の田中さん率いるクラン『百人隊ケントゥリア』合同での富士第一92層攻略が開始された。


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