第193話 F級の僕は、クラン同士の諍いを目の当たりにする


5月31日 日曜日4



今日、92層のゲートキーパー、バティンの元に向かうのは、S級の伝田さんと彼が率いるクラン『白き邦アルビオン』所属のA級10人、同じくS級の田中さんと彼が率いるクラン『百人隊ケントゥリア』所属のA級が10人、それに僕等均衡調整課から派遣されたポーター荷物持ちが4人の合計24人。

92層はまだゲートキーパーが倒されていないので、富士第一1層目の転移ゲートエレベーターで直接向かう事は出来ない。

そこで僕等はまず転移ゲートエレベーターで91層に向かい、そのまま91層を進み、91層の元ゲートキーパーの間に存在する91層と92層とを繋ぐ転移ゲートを通過して、92層のゲートキーパーの間に向かう予定になっていた。

鬱蒼と生い茂る91層の森を大勢と一緒に歩いていくと、自然と、前回僕が初めてこの場所を歩いた時の事が思い出された。

あの時は、まだレベル84だった。

91層の元ゲートキーパーの間でのティーナさんの“特殊な実験”をきっかけに、500年前のイスディフイを訪れる事になり、図らずも大冒険を体験する事になってしまった。

そして今日、レベル105になった僕は、寝不足でだるい身体のまま、再び同じ道を歩いている……


そんな事を考えていると、前方からモンスターの咆哮が響いてきた。

現れたのは、地上性のドラゴン種のようなモンスター2頭。

さっそく二つのクランのS級やA級達がモンスター達に襲い掛かっていく。

特に山場も無く、10分程で2頭は光の粒子となって消えていった。

そして僕等ポーター荷物持ちがSランクの魔石を回収していく。

その後も何度かモンスターが現れてはS級とA級達に倒され、その度に僕等の背負う荷物の重さが増えていった。


彼等の戦い方を観察していて、前回は気付かなかった点に気が付いた。

S級、A級共に、よく言えば慎重、悪く言えば全力を出してるようには感じられない。

魔法も小出し、近接職の攻撃も、モンスターの隙を見ながら、そして全員攻撃よりも回避優先と言った具合だ。

神樹に一緒に登った異世界イスディフイの冒険者達は、もっと“積極的”に戦っていた。

出し惜しみする事無く、強力な魔法を使用し、近接職もスキルをバンバン使っていた。

彼等と比べると、地球のS級やA級達の戦いぶりは、僕にとっては少々もどかしいものがあった。


まあ、理由はある程度推測できるけれど……


僕等の世界、イスディフイと違って、HPもMPもすぐに回復してくれるポーションはまだ開発されていない。

もちろん、HPもMPも個人差はあるけれど、大体、1~10分に1程度自然回復していく。

しかしそれ以外の回復手段としては、HPはヒーラー頼み、MPに至っては、相手のMPを奪うスキルを持つ者以外は、自然回復以外に回復させる手段が無いのが現状だ。

そのためであろう。

戦いが終わると、彼等は真っ先に、お互いのHPやMPの残量を気にしあっていた。

もっとも、ここ地球では、僕を除いては、ステータスウインドウを呼び出して直接確認する事は不可能だ。

だからHPやMPの残量も、それぞれの“体感”での確認と言う事になる。


この感じだと、92層のゲートキーパー戦でも、恐らく彼等は全力を出さないだろう。

92層のゲートキーパーを無事倒せたとしても、少なくとも、92層と1層とを結ぶ転移ゲートエレベーターまで、モンスターを排除しながら戻らなければならない。

全力を出せないからこそ、クラン同士合同で、荷物持ちは均衡調整課に任せて、という今日の編成になったのだろう。


僕の心の中に、素朴な疑問が沸き上がってきた。


僕等の世界では、ゲートキーパー含めて、モンスターを倒しても――僕が倒した場合を除いて――魔石以外は手に入らない。

だとすれば、S級とクランは、なぜ富士第一に潜り、ゲートキーパーを倒すのだろうか?

回復手段も限られ、レアなアイテムが手に入るわけでも無く、危険ばかりで割りに合わなさそうだけど……


僕は隣を歩くF県の均衡調整課から派遣されてきた米田さんにそっと話しかけた。


「すみません、物凄く頭の悪い質問しても良いですか?」


米田さんが苦笑した。


「別に構わないよ。中村君、確かN県の新人さんだよね? 頭の悪い質問するのは、新人の特権だ」


なかなか気さくな人だ。


「今日のゲートキーパー戦、S級やクランにとっては、何か得になる事あるんですか?」

「得?」

「はい。ゲートキーパー倒しても、Sランクの魔石しか手に入らないんですよね?」

「そうだね。ゲートキーパーもそれ以外のモンスターも、92層ではSランクの魔石を残す」

「だったら、危険なゲートキーパー倒しに行くより、それ以外のS級モンスターと戦ってる方が、楽なんじゃ無いかな~と」


Sランクの魔石、確か、均衡調整課では1個10億円で買い取ってくれる。


「それはもう、高い志を持つS級の皆様だから、凡人の我々では対処できない危険に率先して立ち向かって下さってるんだよ」


米田さんの目が笑ってる。


「で、本当の所は?」

「本当の所は、お金と見栄だよ」

「お金と見栄?」

「まずゲートキーパーを倒せば、得られる魔石の10倍の報奨金が約束されている。つまり、92層ではSランクの魔石が手に入るから、ゲートキーパー倒せば100億円もらえるってわけだ」


なるほど。

確かにお金は、人を動かす大きな原動力になる。


「あと、ゲートキーパーを倒せば、単純に名声が手に入る」

「名声、ですか?」

「つまり、S級の皆様は、皆、見栄っ張りなのさ。他の誰でも無く、自分が何層のゲートキーパーを倒したって大きな声で自慢したいというわけだ」



やがて昼過ぎ、僕等は91層の元ゲートキーパーの間、白く輝くドーム状の構造物へと辿り着いた。

そこで簡単にお昼を済ませた僕等は、いよいよ92層へと突入した。


92層は、切り立った峡谷の底をそこまで幅の広くない通路が縫うように走る空間になっていた。

ここでも何度かモンスターと遭遇し、そのたびにS級やA級達が倒していく。

それが3度ほど続いた後、前方から言い争うような大きな声が聞こえて来た。


「……なんだと? お前の支援魔法がショボすぎるからだろうがよ!」

「へ~、総裁が脳筋なら、手下も脳筋になるんだな」

「貴様!」


どうやら、先程の戦闘での支援魔法の使い所を巡って、口論になっているようであった。

騒ぎは周りを巻き込んで、見る見る内に大きくなっていく。


「まずいですね……」


米田さんが顔をしかめた。


「クラン『白き邦アルビオン』とクラン『百人隊ケントゥリア』、別々のクラン所属のA級達の間で揉めてますね」


今回参加している均衡調整課では、最年長の米田さんが、揉めている集団に近付いた。


「皆さん落ち着いて下さい」

「うるせえ! 均衡調整課は引っ込んでろ!」

「静かにしろ!」


一際大きな声が辺りに響いた。

皆の視線が集まる中、伝田さんが静かに、しかし明らかに怒気を孕んだ表情で、揉めている集団を睨みつけていた。


「ここはダンジョンの中だ。協力できなければお互い共倒れになる。そんな事も理解できないのかい?」


と、やや出遅れた感の田中さんが口を開いた。


「おい、伝田! そもそもこの騒ぎ、お前んとこの吉田が、ウチの榎木に因縁付けて来たからじゃねぇかよ!」


伝田さんは、田中さんに冷ややかな視線を向けた。


「君も君だ。仮にもクランを率いる総裁だろ? 経緯がどうあれ、今、クラン同士でいさかい起こしてる場合じゃ無いって分からないのかい?」

「お前こそ、その上から目線、前から気に入らなかったんだよ!」


この騒ぎのきっかけは分からないけれど、今の所、一番まともな事を言ってるのは、伝田さんだ。

その伝田さんが、嘆息した。


「……これじゃあ、らちが明かないね。田中君、君はどうしたいんだい?」

「どうしたいって……じゃあ、謝れよ!」

「事情もよく分らない状況で、僕に謝罪を要求するという事は、それなりの覚悟をしてるって受け取っても良いんだね?」

「てめぇ、喧嘩売ってんのか!?」

「喧嘩売ってるのは、どっちなんだって話は置いといて……分かった。こうしよう」


伝田さんが、前方を指差した。


「あそこで道が二股に分かれている。地図によれば、両方とも距離に多少差はあるけれど、結局、ゲートキーパーの間に繋がっている。あそこで二手に別れよう。ここの“雑魚”モンスター程度が相手なら、別行動しても、お互い危険も無くゲートキーパーの間に辿り着けると思うんだけど」


田中さんは、少し口をパクパクさせた後、ようやく答えた。


「いいだろう。その代わり、お前等が遅れたら、俺等だけでバティンゲートキーパー倒しちまうかもしれねぇからな!」

「僕としては、次に合流するまでに、なんとか頭冷やしといてもらいたいんだけど」



こうして僕等は二手に別れてゲートキーパーの間を目指す事になった。


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