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第191話 F級の僕は、井上さんのお陰で少し冷静さを取り戻す
第191話 F級の僕は、井上さんのお陰で少し冷静さを取り戻す
5月31日 日曜日2
僕が寝ぼけ
「中村クン!」
慌てて立ち上がった僕に気付いたらしい井上さんが、いち早く駆け寄ってきた。
「あいつらは?」
僕は同じく駆け寄ってきた真田さん達に、少し向こうに転がっている拘束された孫浩然 (ハオラン=スン)の
「それで、他にも7人、奥で拘束しています」
孫浩然 (ハオラン=スン)の
ここへ駆けつけてくれた人々は、合計10人。
四方木さんと更科さんの姿は無いけれど、井上さん以外の9人は、真田さんはじめ、全員、均衡調整課の職員達……ってあれ?
1人、職員では無いけれど、見覚えのあるエキセントリックな柄のローブを羽織った人物が混ざっている。
この人、確か……
僕の視線に気付いた真田さんが説明してくれた。
「A級の安藤洋二さんですよ。ほら、スタンピード起こしかかっていた黒田第八の時に来てもらってた」
完全に思い出した。
黒田第八、僕がアンデッドセンチピードと死闘を演じた場所だ。
アンデッドセンチピードの落とした
あの時、いざ本当にスタンピードが発生した時の保険として呼ばれていたのが、N県唯一のA級である安藤さんだった。
「四方木が間に合いませんでしたからね。代わりに無理言って、同行して頂いたんですよ」
どうやら四方木さんはこの時間、さすがに家で寝ていたようだ。
それにしても安藤さん、こんな明け方の均衡調整課の要請にすぐ応じてくれるなんて、格好はともかく、意外と良い人なのかもしれない。
彼等を案内した先の広間の奥の状況には、特に変化は無かった。
つまり僕が最後に見た時と同じく、EREN製の拘束着で拘束された『七宗罪』 (QZZ)の構成員達7人が床に転がっている。
状況を確認した真田さんが、感心したように僕に話しかけて来た。
「ご苦労様でした。今回の中村さんの働き、表彰モノですので、期待して待っていて下さい」
そんな事より、僕は気になる事をたずねてみた。
「それで……今日の富士第一、どうなりそうですか?」
真田さんの表情が曇った。
「一応、クラン『
やはり、総裁であるS級様方の御都合次第って事のようだ。
こんなに酷い目に合って、望んでもいない徹夜をさせられて眠いのに、さらに荷物持ちさせられるなんて、世の中理不尽過ぎる。
均衡調整課に属している“フリ”をしても、やはりこういう事態は避けられない。
S級様のクランがそんなにエラいのか?
僕だってステータス値だけ見れば、S級のはず。
だったら、自分でクラン作って、他の誰からも文句を言わせないように……
睡眠不足でイライラが募ってきたせいか、思考が若干、
「中村クン、今日、富士第一で荷物持ちするってホント?」
その話を関谷さんと茨木さんに伝えた時、井上さんは既に均衡調整課と一緒にここ、田町第十最奥の広間を目指していたはず。
真田さんあたりに聞いたのだろうか?
「そうなりそうなんだよね……」
「それってちょっと理不尽過ぎない?」
うん。
井上さん良い人だ。
初めて会った時には正直微妙な第一印象だったけど。
「ホント、そう思うんだけど」
「私達のためにこんなに一生懸命戦ってくれた中村クンは、今日は一日ゆっくり休むべきよ」
「僕もそうしたいんだけどね」
「分かった。私に任せて」
井上さんが、真田さんに向き直った。
「私からクラン『
そういや井上さん、田中さんから毎日のようにクランへの勧誘メッセージが届いてるって話してたっけ?
「いえ、そういう訳には……」
「どうして? 何か言って来るなら、私の名前を出しても構わないし」
「すみません、私の一存では何とも……」
井上さんと真田さんのやり取りを眺めている内に、逆に少し冷めて来た。
真田さんも悪意があって僕を富士第一に送り込みたいわけでは無いはずだ。
逆にB級の真田さん、こんな真夜中に、クランの事務局と色々折衝してくれたのかもしれないのに、年下でA級の井上さんに責め立てられているのは、これはこれで理不尽だ。
僕は井上さんに声を掛けた。
「大丈夫だよ。まあ、行きのヘリコプターの中で少しは寝られるだろうし」
「でも!」
「それにこういうのって、本当に真田さんの一存だけでは決められないだろうし」
僕は真田さんの方を見た。
「真田さん、とりあえず、僕は均衡調整課に向かうって事で良かったですか?」
「すみません。そうして頂けますと、助かります」
「中村クン!」
なぜか井上さんが猛烈に怒った顔になっている。
「眠いんでしょ? 理不尽だと思うんでしょ? だったら、もっとちゃんと自分の
あれだ。
井上さんも眠いんだ。
眠い中、田町第十入り口と最奥のこの広間との間、片道1~2時間を1往復半。
やはり十分な睡眠は、心の健康にも不可欠って事で……
「井上さん、ありがとう。とりあえず均衡調整課に行ってから考えるよ」
「……分かった。私も一緒に行く」
「えっ?」
「だ・か・ら、私も一緒に富士第一行くわ。行って、田中に直談判してあげる!」
「いやそれは……」
井上さん、君こそ今日は一日ゆっくり休むべきだ。
徹夜で頭に血が
それから少しの押し問答の後、僕はどうにか井上さんを
改めて、真田さんが申し訳無さそうな顔のまま、僕に話しかけて来た。
「中村さん、ダンジョンを出たら
「分かりました」
時刻は午前5時半前。
今の所、僕の事前のシミュレーション通りにスケジュールが動いている。
「入り口まで、誰かに送らせましょうか?」
「大丈夫です」
今の僕のレベルは105。
ステータスもS級並みだ。
ここ
護衛ならいらないし、田町第十の地図は持っているから、道案内も不要だ。
まだ現場に残り、作業に当たる均衡調整課の職員達と井上さん達に手を振って、僕は一人、入り口に向かって歩き出した。
広間を出てしばらく歩いた僕は、周囲に人の目が無い事を確認すると、インベントリを呼び出した。
ここから入り口まで小走りで移動しても1時間半はかかるだろう。
いい加減、徹夜の戦闘で疲れてるのに、これ以上歩きたくない。
というわけで、僕はインベントリから『オロバスのメダル』を取り出した。
そして、メダルを握りしめると、心の中でオロバスの召喚を念じた。
―――ヒヒヒーン!
手の中のメダルが消滅し、燃えるように赤い六本脚の巨馬、オロバスが出現した。
と、隣の誰もいないはずの場所から声がした。
「凄いですね。召喚獣ですか?」
「うわっ!?」
誰もいないと思っていた場所からのふいの呼びかけに、僕は思わず
「そんなに驚かなくても」
よく見ると、僕のすぐ隣に、ティーナさんと思われる透明な人型が、ゆらゆら揺らめいていた。
「いたんですね」
「はい。ちょっと離れた所から、成り行きを見学させて貰ってました」
そういや、僕が束の間寝落ちする前に、そんな事を話していた。
「え~と、聞いてたなら分かると思うんですが、後は僕、均衡調整課に行くだけなんですよ」
「また富士第一に行かれるんですね」
「はい」
「私もついて行きましょうか?」
「なんでそうなるんですか?」
「私の未来のpartnerの
「それは丁重にお断りさせて下さい」
「じゃあ、先に富士第一にワームホール開いて、待ってましょうか?」
「ですから、今日はこの辺で勘弁して下さい」
ティーナさんがくすりと笑う気配がした。
「では最後にその馬に一緒に乗せて下さい」
「まあそれ位なら……」
こうして僕は、ゆらゆら揺らめく半透明のティーナさんを後ろに乗せて、オロバスを一路、ダンジョン入り口へと向かわせた。
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