第186話 F級の僕は、襲撃してきた連中に逆襲しようと思う


5月30日 土曜日12



銀色の穴の変化を、固唾かたずを飲んで見守っていたらしい仲間達が次々と騒ぎ出した。


「あれ、どこかしら?」

「誰かの部屋か?」

「なんか貧乏くさそうな感じの部屋ね」


最後の発言をした井上さん、それは思っていても口にしないのが礼儀だよ。


気を取り直した僕は、仲間達に呼びかけた。


「この穴、僕の部屋に繋がってるから急いで潜り抜けて。それで、均衡調整課への連絡もお願い出来るかな」


僕の言葉に、井上さんが驚いたような顔になった。


「繋がってるって……もしかして、さっきの秘密道具の効果がようやく発揮されたって事?」

「そうみたいだ」


関谷さんの表情が険しくなった。


「均衡調整課への連絡もお願いって、まさか中村君、ここに残るつもり? そんなのダメよ!」

「大丈夫! 僕が最後に潜らないと障壁シールド消えちゃうでしょ? それに、実はもう障壁シールド、もたないんだ。とにかく急いで潜り抜けて。」


半分本当で、半分嘘。

このままなら1分程で障壁シールドは消失する。

だけど女神の雫は、まだ5本残ってる。

MP全快効果のあるカロンの小瓶もまだ使っていない。

それらを使用しながら『エレンの腕輪』にMP充填し続ければ、まだ数分はもつはず。

それに一人になれば、戦略の幅も広がる。

ティーナさんが協力してくれるなら、あの男含めて、この広間にいる桧山の仲間達を一網打尽にするのも可能だろう。


関谷さんが真剣な表情で訴えてきた。


「私達に続いて必ず中村君もここから脱出するって約束して」

「そりゃ、こんな所で生活するつもり無いし、ちゃんと脱出するよ」

「茶化さないで!」

「しおりん!」


井上さんが関谷さんの手を取った。


「中村クン、キミが戻って来るまで、私達キミの部屋でくつろいでるから。あんまり遅くなるなら、家探やさがししちゃうよ? ヘンな物見つかってしおりんに幻滅される前に戻って来る事をお勧めするわ」

「ヘンな物なんか置いて無いし、そもそも勝手に家探ししないで」


井上さんは、関谷さんを急き立てるようにしてワームホールを潜り抜けて行った。

無事向こう側僕のアパートの部屋に辿り着いたらしい二人が、逆にこちらを覗き込んできている。

関谷さんの口が何かを叫んでいるような動きを見せているけれど、僕の方には声までは聞こえてこない。


「中村君、この恩は決して忘れない」


続いて茨木さんもワームホールを潜り抜けて行った。

仲間達全員の僕のアパートの部屋への移動を確認した後、僕はティーナさんに声を掛けた。


「ワームホール、一旦、消して下さい」

「いいんですか? この場は、私一人でもなんとかなりますよ?」

「元々僕等と言うか、僕の問題です。僕が桧山と言う男を……」

「その辺の事情は知っていますよ」


そうか、彼女は手の平を合わせる事で、相手の記憶を覗く能力を持っている。

僕、或いは均衡調整課の誰かとの“握手”で情報収集したのだろう。


「とにかく、あんな危険な奴らを野放しにしておけば、また関谷さんや茨木さんが酷い目に合わされかねません。今、確実にここであいつらを捕らえるか倒さないと」

「分かりました」


ゆらめく透明な人型としか認識できないティーナさんの見えざる顔に笑みが浮かんでいる気がした。

次の瞬間、ふいにワームホールが溶けるように消え去った。

同時に、すぅっとティーナさんの輪郭が明確になっていく。

ティーナさんは、銀色を基調とした不思議なデザインの衣装を身にまとっていた。


「これ、ERENとアメリカ軍共同開発の戦闘服なんですよ。防御力高いですし、光学迷彩ほどこされているので、戦う時には愛用させてもらってます」


なるほど、さっきの揺らめく透明な姿は、個人的なスキルや魔法では無く、“アメリカの科学”の力によるものだったらしい。


「今から彼等を倒すか捕縛するんですよね? 私もお手伝いします」

「ありがとうございます」

「お礼はいらないです。これはわたしにとってもchanceですから」

「チャンス?」

私達の政府アメリカがテロ組織に指定しているQi Zong Zui、通称QZZの首魁、HaoRan Sunが、もしかしたらこの場にいるかもしれませんから」


チーツォンツイ?

ハオラン=スン?

そう言えば、さっきのヘビメタファッションの男が、スンさんが云々と言ってたような。


もっと詳しい話を聞きたかったけれど、いよいよ障壁シールド維持のMPが足りなくなってきた。


「ティーナさん、5分だけこの場をお任せしても良いですか?」

「どうしました?」

「ちょっとこの場を離れます。僕がいなくなるとこの障壁シールド消えますけど、大丈夫ですか?」

「あの程度の雷撃、重力場に干渉して時空間捻じ曲げれば、十分防げますが……どこに行くのですか?」


ティーナさんが探るような視線を向けて来た。


それにしても時空間捻じ曲げるって……さすがはS級といったところだろうか?

それはともかく、もう時間が無い。


「それは企業秘密で」


それだけ口にすると、僕はスキルを発動した。


「【異世界転移】……」



深夜の『暴れる巨人亭』は、静穏そのものの雰囲気に包まれていた。

暗がりの中、無事2階の自分の部屋に【異世界転移】出来た事を確認した僕は、展開していた障壁シールドを消すとエレンに念話で呼びかけた。


『エレン……』


すぐに念話が返ってきた。


『タカシ。こんな遅くにどうしたの?』

『もしかして起こしたのならごめん。急いで来てもらえたらありがたいんだけど』


ふいに目の前にエレンが現れた。

いつもの黒地に赤の刺繍が施された衣装を身に纏っている。


「大丈夫。魔族はそれほど睡眠を必要としない」

「そうなんだ」


魔族って、色々便利だな……


一瞬、場違いな感慨に浸りそうになったけれど、ティーナさんを待たせている。


きゅうでごめんなんだけど、これ、MP充填してもらっても良いかな?」


僕は右腕に装着していた『エレンの腕輪』を外して差し出した。

それを受け取ったエレンの顔色が変わった。


「残量23……。向こう地球で激しい戦闘に巻き込まれたの?」

「巻き込まれたというか、現在継続中というか」

「分かった」


エレンの手の中の腕輪が一瞬強く輝いた。


「充填した。でも、あまり無茶はしないで」


さすがはエレン。

あの一瞬で、MP1,000まで充填してくれたらしい。


「ありがとう。それじゃ、僕は戻るね」

「気をつけて。あなたに何かあったら、私は生きてはいけない」


エレンの瞳に浮かぶ、真摯な情愛の念に少し気圧されながら、僕はすぐさま障壁シールドを展開した。

視界の左隅の数値は、[1,000/1,000]から1秒間に1ずつゆっくりと減少していく。


「解決したら、出来るだけ早く知らせに戻るよ」


僕は再び【異世界転移】のスキルを発動した。



田町第十最奥の広間に戻って来るまで、時間にしてほんの2、3分だったはず。

しかし、戻って来た時、当然吹き荒れていると想定していたあの雷撃の嵐はすっかり消え去っていた。

いぶかしみながら障壁シールドの展開を停止した僕の方に、ティーナさんが近付いて来た。


「おかえりなさい」

「お待たせしました。あの雷撃の嵐はどうなったのでしょうか?」


ティーナさんが、視線を自分の後ろに向けた。

そこには、あのサラリーマン風の男が、拘束着で簀巻すまきにされて転がっていた。

あのS級の攻撃と思われる雷撃の嵐は、この男が引き起こしていたはず。

それを僕が【異世界転移】している短時間の内に制圧してしまうとは……

ティーナさんは、S級の中でも突出した実力の持ち主なのかもしれない。


僕が驚いていると、ティーナさんが残念そうな顔になった。


「あの雷撃の嵐、間違いなくHaoRan Sunの能力によるものだったはずですが、どうやら、ここには本人はいなかったようです」


僕はティーナさんの言葉にひっかかるものを感じた。


「雷撃の嵐、そこの拘束されている男の攻撃じゃ無かったんですか?」

「この男は、HaoRan Sunではありません。恐らく彼のAvatarの一人に過ぎないと思われます」

「アバター?」

「私達は、Avatarと呼んでいますが、puppet、marionette……日本語だと、操り人形という単語が最もしっくりくるかもです」


操り人形?


僕はこの男の第一印象を思い出した。

生気の無い能面のような……

あれは、自分の意思を持たず、操られていたからなのだろうか?


「HaoRan Sunについては、他者をAvatarとして操る能力を持っている事が判明しています。操られているAvatarの頭蓋内には、例外なくmicrochipが埋め込まれています。この男も頭蓋内をscanすれば、microtipが見つかるはずです」


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