第187話 F級の僕は、僕等の世界の闇の一端を知る


5月30日 土曜日13



ハオラン=スン。

ティーナさんによれば、漢字名、スン浩然ハオランは、中国出身と思われる30代の男だそうだ。

この男については、不明な点が多い。

分かっている事は、この男が間違いなくS級の能力者である事。

アメリカはじめ、各国政府によりテロ組織に指定されている『チーツォンツイ』 (QZZ)の創設者である事。

『七宗罪』 (QZZ)には、手にした能力を自己の欲望を満たすためだけに使う事に無上の喜びを感じる世界中の犯罪者たちが参加している事。

桧山もどうやら『七宗罪』 (QZZ)の構成員の一人であった事。


「HaoRan Sunは、electron電子を操る能力を持っています」


ティーナさんが、孫浩然 (ハオラン=スン)について、現在までにEREN (国家緊急事態調整委員会)が得ている知見の一部を明かしてくれた。


「その能力を用いて通信やinternetの海を泳ぎ、fire wallを突破して機密情報を盗み出し、人間の脳波に干渉してAvatarに変え、自らは安全な場所から私達の文明社会に挑戦してきています」


どうやら、僕と井上さんの電話も“盗聴”されていたらしい。


「それで、この男もその『七宗罪』 (QZZ)の構成員なんでしょうか?」


僕はティーナさんの後ろで拘束され、転がっているサラリーマン風の男に視線を向けた。

気を失っているのだろうか?

生気の感じられない能面のような男の目は固く閉じられている。


「恐らく違うと思います。HaoRan Sunは、いつもQZZとは無関係の一般市民を拉致してAvatarにしてきましたから」

「では、この男性も?」

「断言は出来ませんが、99%、一般の日本人男性だと思われます。HaoRan Sunは、日本で活動するに当たって、Avatarが日本語話者である事が、何かと都合が良いと考えたのでしょう。彼自身が日本語を解さなくても、Avatarが日本語話者であれば、Avatarを通じて日本語で発声させ、日本語の意味を読み取る事が可能になるようですから」

「では、あの凄まじい雷撃は、どうやって発生させていたのでしょうか?」


僕は先程まで吹き荒れていた無限に続くかと思われた雷撃の嵐の事を思い浮かべた。


「HaoRan Sunは、Avatarを介して自身の能力を発動する場合、どうやら自身のMP消費を最小限にする事が出来る様なのです。代わりに消費されるのは、Avatarの生命力です」

「生命力? HPの事ですか?」

「正確には違います。生命体を維持するのに必要なエネルギーそのものを無理矢理MPに返還させて使用しているようです」

「そんな事したら……」


ティーナさんの顔が悲し気に歪んだ。


「はい。大抵の場合、Avatarにされた人間は、短期間で廃人と化してしまいます。今まで救出され、microchipの除去手術を受けた人々も、全員極度に衰弱したまま、すぐに死亡してしまいました」

「なっ……」


僕は絶句した。

この男性の生気の感じられない能面のような表情は、ただ操られていたからだけでは無く、命のともしびそのものを無理矢理燃焼させられた結果だったのだ。


「HaoRan SunがAvatarに埋め込んでいるmicrochipは、実は中国政府と緊密な関係にある華夏電気集団 (華集HuaJi)の製品が元になっています」

「それは……」


華夏電気集団 (華集)が、孫浩然 (ハオラン=スン)のバックにいるという事だろうか?


「もちろん、中国政府、華集HuaJiともに、QZZに関しては、自分達も被害者である、と主張しています。つまり、HaoRan Sunが華集HuaJiの製品情報を盗み出し、改良を加えてAvatarに埋め込んでいるのだ、と。中国政府もQZZを恐るべき terroristの集団として公然と非難しています。しかし……」


ティーナさんは、少し言葉を切った。


「なぜQZZは、世界中から敵視されながら、高度な技術と生産設備を必要とするはずのmicrochipを易々と入手し、闇の世界で暗躍し続ける事が出来るのでしょうか? 強大な国家或いはそうした背景がQZZを支援しているのでは? と考えるのは間違っているでしょうか?」


どうやらティーナさん、或いはアメリカ政府は、QZZの背後にアジアの大国が絡んでいるのでは? と疑っているようだ。

その真偽は、僕には分からないけれど。


話が一段落した所で、僕は大事な事を思い出した。


「ティーナさん、この広間の奥に、『七宗罪』 (QZZ)の構成員達がまだ数名潜んでいるはずです。そいつらも捕らえたいので、ご協力願えますか?」

「喜んでお手伝いさせて下さい」


ティーナさんの姿が、すぅっと空間に溶けるように透明になっていった。

そしてあの、揺らめく透明な人型としか表現できない姿になった。

着用中の銀色の戦闘服に搭載されている光学迷彩の機能を使用したようだ。


「私がここに居る事は、他の人には内密にお願いします。前にもお話した通り、wormholeを介して、全世界にteleportation可能という私のこの能力、私達の政府アメリカ政府にすら伝えていませんから」

「安心して下さい。誰にも口外しませんよ」


ティーナさんが駆け付けてくれた事で、僕は仲間達を安全な場所僕のアパートに逃がすことが出来た。

“恩人”の嫌がる事をわざわざするような趣味は無い。


「ふふふ、秘密の共有ってなんだかドキドキしますね」

「そうですか?」

「安心して下さい。私もあなたについての秘密、誰にも口外しませんから」

「秘密……」


まあ僕自身、ティーナさんに負けず劣らず“秘密”が多い自覚はある。


「例えば、さっき、いずこへ“転移”していたのか、とか」


―――ドクン!


一瞬、僕の心臓が大きく跳ね上がった。

慌てて何か言い訳をしようと口を開く前に、ティーナさんが言葉を続けた。


「そんな顔しないで下さい。ところでどうです? 私って、結構、役に立つと思いませんか?」


ティーナさんの方から話題を変えてくれた事で、少しほっとしながら言葉を返した。


「それはもう。今日は本当に助かりました。改めてお礼を言わせて下さい」

「お礼なんていらないですよ。それでどうです? 改めてお聞きしますが、私をあなたのpartnerにしてもらえませんか? 二人でpartyを組んで、この世界が直面している問題を一緒に解決しませんか?」


その件については、僕の中では既に結論が出ている。

向こうイスディフイでやる事が多過ぎる。

こっち地球では平穏な大学生を続けたい。

だけど今回、ティーナさんを一方的に呼びつけてしまったのも事実だ。


「今度、ティーナさんが何か手伝って欲しい事が出来た時、僕に出来る事があれば、お礼代わりにお手伝いさせてもらいますよ。それで勘弁して下さい」

「一歩前進ですね。この前はとりつくしまもありませんでしたから。予定が詰まっていた中、急いで駆け付けた甲斐がありました」


そうか、ティーナさん、やはり忙しかったようだ。

なのに何度も『ティーナの重力波発生装置』にMP込めてティーナさんを呼び出そうとしてしまった。


「すみません。ちょっと緊急事態だったもので」

「謝る必要は無いです。一度目の重力波を私が関知したのが、あちらカリフォルニア時間太平洋夏時間で土曜朝の9時半でした。いつも土曜は休みなのですが、今日は丁度朝から緊急の会議がありまして」


それは間が悪い事になってしまった。


「会議、どうされたんですか?」

「まあ元々あまり面白い議題でも無かったので、急な体調不良を理由に抜けさせてもらいました。それから準備して駆け付けたので、ちょっと遅くなってしまいました」

「重ね重ねすみません」


僕は何度目かになる謝罪の言葉を口にした。


「謝り過ぎるのは、日本人の悪い癖です。元々その装置、私がすぐ駆け付けるって話してお渡ししたわけですから」

「そう言ってもらえると助かります」



僕等は、広間の奥に向かって移動する事にした。

歩いていると、ティーナさんがそっと囁いてきた。


「今夜、私はここにはいなかった事にしておいて下さい。あくまでもTakashiさんが、仲間達を自分の部屋に逃がし、犯罪者達を捕縛した、と言う事にしておいて下さい」

「分かりました」


答えてから、少々問題点がある事に気が付いた。


「あいつらを捕縛した後、均衡調整課に引き渡すと思うのですが、“拘束具”、なんと説明しましょう?」

「そうですね……富士第一であなたを気に入った私が、ERENにあなたをscoutしようとして、EREN謹製の拘束具を10個程度presentしてくれていた。今夜、悪人共に呼び出されたので、使う機会もあるかと思って持ってきたって言うのはどうでしょう?」


なんか結構苦しい言い訳にも聞こえるけれど。


「大丈夫ですよ。多少怪しくても、均衡調整課は、実力者であり、悪人共を一網打尽にした“嘱託職員の”あなたを信じざるを得ないです。特にあのMr. Yomogiは、その辺の機微きびにはさとい人物です。後から問題になる事はないでしょう」


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