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第183話 F級の僕は、ダンジョン深部へと案内される
第183話 F級の僕は、ダンジョン深部へと案内される
5月30日 土曜日9
背広姿の男性は、ダンジョンの奥に向かって、黙々と歩いていく。
その後ろ姿に目をやりながら、僕は井上さんに囁いた。
「ねえ、ゾンビとかっているのかな?」
井上さんの顔が引きつった。
「止めてよ! 何それ?」
どうやらこの手の話は苦手らしい。
「いや、だってあいつ」
僕は視線をそっと、数m先を歩く男の背中に向けた。
「なんかおかしくない?」
今の僕等からは背中しか見えないけれど、僕はあの男の生気の無い能面のような顔をまともに見てしまっている。
「アンデッドモンスターはいるけど、人間のゾンビなんて聞いた事無いんだけど」
「じゃあ、あいつもその……佐藤か桧山の仲間の普通の人間って事かな?」
「そうに決まってるじゃない!」
そうじゃ無いと失神しそうな勢いで井上さんが言葉を返してきた。
それっきり僕等の会話は途絶えてしまった。
ただ黙々と歩いていくうちに、少し奇妙な事に気が付いた。
モンスターが出現しない……
この前の佐藤と桧山が起こした事件の日、このダンジョン内部は、C級モンスターのコボルト達が巣食っていたはず。
しかし今夜は、現時点で1時間近く歩いているけれど、モンスターの気配すら感じられない。
何か理由があって、僕等の前に姿を見せない?
それとも、何者かが
さらに歩く事1時間。
そろそろ足が痛くなってきた頃、僕等はあの大広間――僕が桧山と死闘を演じた場所――に到着した。
男は、さらに奥、この前、コボルトキングが出現した方向へと歩みを進めていく。
「おい、どこまで行くんだ?」
しかし男からの返事は無い。
仕方なくそのままついていくと、前方に複数の人影が現れた。
彼等の方も僕等に気付いたようで、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
男4人と女2人。
よく見ると、外国人のような顔立ちの者も混じっている。
ダンジョンの暗がりの中、燐光に照らし出された彼等の雰囲気から、いずれも“まともな”人間では無い事が感じ取れた。
彼等の内の一人、髪を金色に染めたヘビメタファッションの男が、下卑た笑みを浮かべながら、両手を
「俺らのパーティー会場へようこそ!」
周りの連中もニタニタ気持ち悪い笑みを浮かべている。
僕は、井上さんを
「関谷さんと茨木さんはどこだ?」
「まあ、そう
男が仲間達に何かの合図を送った。
と、少し向こうから、さらに3人の人影が現れた。
タンクトップのような防具を身に付けた、体格の良いスキンヘッドの男と、拘束された男女2名……
「関谷さん!」
思わず駈け出そうとした僕を制するかの如く、スキンヘッドの男が、手に
「おっと、そこからこっちは立ち入り禁止だ。目の前で自分のオンナの首が飛ぶの、見たくねぇだろ?」
スキンヘッドの男が残忍な笑みを浮かべて僕に呼びかけて来た。
関谷さんと茨木さんは、均衡調整課が使用している物とよく似た拘束具で自由を奪われているようであった。
そしてさらにロープで縛られ、その端をスキンヘッドの男が握っている。
確か、あの手の拘束具は、スキルや魔法を抑制すると同時に、発声も不可能にするはず。
「何が目的だ?」
僕の問い掛けに、最初のヘビメタファッションの男が口を開いた。
「だからパーティーだって」
「こんなダンジョンの奥に呼び出しておいて何がパーティーだ」
「まあまあ、お前達には仲間の桧山が随分世話になっただろ? だから今夜は俺らがもてなしてやろうって話じゃねえか」
「桧山の敵討ちか? なら、関谷さんや茨木さんは関係ない。二人をすぐに解放しろ」
「へ~。って事は、
スンさん?
こいつらの仲間の一人だろうか?
「そうだ。僕一人であいつを殺した。他の皆は関係ない」
僕の言葉を聞いたヘビメタファッションの男が、僕に舐め回すような気持ちの悪い視線を向けて来た。
「けど妙だな。お前、その程度で本当に桧山を
「その程度って……」
言いかけて僕は気が付いた。
もしかすると、こいつも相手の発するオーラを見て、能力を推し量れるのではないだろうか?
僕は今、エレンがくれた『欺瞞のネックレス』を首にかけている。
エレンは確か、『欺瞞の首輪』――恐らく、目立たないように、エレンがネックレスに加工してくれた?――を身に付ければ、レベル105の僕は、レベル10程度にしか見えなくなるはず、と話していた。
こいつが僕を弱いと誤認してくれているなら、
隙を見て奇襲を掛けて……
ダメだ、関谷さんと茨木さんを危険に
「まあ安心しろ。別に桧山の敵討ちしたいわけじゃねぇ。お前みたいなのに返り討ちされたあいつが弱かったってだけだ」
「桧山の敵討ちじゃ無かったら、なんでこんな事するんだ?」
「決まってるじゃねぇか」
ヘビメタファッションの男がさもおかしそうにくくっと笑った。
「パーティーさ。桧山がぶっ殺されたよ記念パーティー! 主賓はお前ら。俺らが丹精込めてお前らを嬲り殺しにしてやるよ!」
何が面白いのかさっぱり理解できなかったけれど、周囲の奴らも皆、ゲタゲタ下品な声で笑い出した。
やっぱりクズの仲間だけある。
僕だけ、或いは僕と井上さんだけなら、こいつらの仲間にS級でも混ざってない限り、容易にこの場を切り抜けられるだろう。
だけど、
僕の考えを見透かしたかのように、ヘビメタファッションの男が話を続けた。
「俺らは優しいからな。お前らにもチャンスをやるよ」
「何がチャンスだ。人質取らないと、僕程度の相手も出来ないくせに」
「そうイキがるなって。俺らと戦って、お前らが勝てば、愛しの彼女とオッサンは解放してやるよ」
さっきから関谷さんを、どうやら僕の彼女だと勘違いしてるらしいのは置いといて……
本気だろうか?
僕を弱いと見て、事実上、A級の井上さんだけ相手にすれば良いと思って、なめた条件出してきてる?
と、じっと周囲の様子を窺っていた井上さんが、背後からそっと囁きかけてきた。
「あいつら、どのみち私達を生きて返すつもりは無いはずよ。だって全員、素顔
言われてみればそうだ。
どうあっても僕等をここで嬲り殺しにするつもりなのだろう。
僕は閃いた事を直ちに試す事にした。
背後の井上さんにそっと囁いた。
「僕があいつらに『いいだろう。かかってこい』って言ったら、関谷さん達目掛けて一目散に駆け寄って」
「私にしおりん達を救出しろって事? この距離じゃ、私がしおりん達に駆け寄る前に、ハゲがしおりんの首
「大丈夫! 僕を信じて」
と、僕等の会話に気付いたらしいヘビメタファッションの男が、呼びかけて来た。
「なんだ? 作戦会議か? いいぞ。心行くまでやってくれ」
再びやつらの下品な笑い声が辺りに響き渡る。
その様子を苦々し気に
「……ちゃんと勝算ある作戦なんでしょうね? しおりんに何かあったら、承知しないからね」
「井上さんこそ、何が起こっても途中で立ち止まらず、全力疾走してね」
「分かったわ」
ヘビメタファッションの男との距離は約5m。
スキンヘッドの男に拘束された関谷さんと茨木さん達までの距離は、約10m。
そういや、僕等をここまで案内した気味の悪いサラリーマン風の男の姿が見当たらないけれど……
素早く周囲の状況を確認した僕は、意を決して、ヘビメタファッションの男に呼びかけた。
「いいだろう。かかってこい」
それを合図に井上さんが、関谷さん達目掛けて全力で走り出した。
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