第182話 F級の僕は、『エレンの腕輪』にMPを充填する


5月30日 土曜日8



井上さんの灰色のゴーレムは光の粒子となって消え去ったけれど、当然ながら経験値獲得を告げるポップアップアップは立ち上がらない。

僕は隣でやや呆然としている井上さんに話しかけた。


「ねえ、井上さんのエグイ攻撃、そろそろ見せてくれないかな?」


井上さんはあの桧山と同じA級だ。

この程度が全力とは思えない。

先程までの攻撃は、僕に致命傷を与えまいと少々手を抜いていた可能性が高い。

彼女は灰色のゴーレムを呼び出して戦わせる以外にも、スキルや魔法を持ってるはず。

それらをちゃんと駆使した彼女の全力に僕の障壁シールドが耐えようとした時、MPをどれ位消費するものなのか、知っておきたい。


井上さんが、不敵な笑みを浮かべた。


「言ってくれるわね? 分かったわ。私の全力、見せてあげる。今夜の相手はA級複数の可能性大だもんね。私の全力程度は防いでもらわないと、キミの障壁シールドに安心して護ってもらえないし」


何だろう?

もしかして、意外と負けず嫌い?

ともかく、ようやく本気を出してくれるようだ。


一旦僕は、僕と井上さんを包み込んでいた障壁シールドの展開を停止した。

僕から少し距離を取った井上さんが、声を掛けて来た。


「行くよ? 死なない程度に防ぎきってね!」


井上さんが右手を高々と掲げて詠唱を開始した。

彼女の周りに次々と魔法陣が展開されて行く。

そして、先程呼び出した灰色のゴーレムとは明らかに異なる、白く空中に浮遊する上半身だけのゴーレムが3体出現した。

3体とも、吹き荒れる氷雪がその身にまとわりついている。

と、3体がその巨体からは信じられない速度で僕に迫ってきた。

吹き荒れる氷雪の暴風により、周囲が一瞬にして氷の世界へと変貌を遂げる中、全ての攻撃が、僕一点へと収束してきた。


―――ゴオオオォォォ……


A級の全力攻撃。

氷雪の暴風が奏でる凶悪なメロディーと共に、全てを凍てつかせ、粉砕する攻撃。

しかし、その全ての攻撃は、僕には届かなかった。

僕は井上さんが詠唱を開始した瞬間に障壁シールドを発生させていた。

確実に氷点下まで気温が下がっているであろう周囲の状況とは異なり、障壁シールド内部は、温かく平穏な環境が保たれていた。

ただし、視界の左側隅に浮かんでいる[ ]角カッコ内の数字が、勢いよく減少していく。


……

…………

[0986/1,000]

[0985/1,000]

[0984/1,000]

[0983/1,000]

…………

……


約1分後、数字が[0800/1,000]に差し掛かった辺りで、障壁シールドの外で吹き荒れていた氷雪の暴風が突如収まった。

井上さんが肩で息をしながら、僕が上げた女神の雫のアンプルを折り、その中身を一気に飲み干すのが見えた。

どうやら、井上さんの全力を防ぎ切ったようだ。

概算だと、1分間でMP180程度消費しただろうか?

僕は障壁シールドの発動を停止すると、井上さんの方に歩み寄った。


「凄いね。さすがA級。あんなの食らったら、耐性無さそうなモンスターなんか一撃じゃ無いの?」

アレ白いゴーレム、結構私の奥の手の一つなんだけどね。MP消費度外視して全力でぶつけたのに、見事に凌ぎ切られるとは……」


井上さんは話しながら、自分の右手をじっと見つめた。


「ねえ」


井上さんが、探るような視線を向けて来た。


「女神の雫ってのが入っていた容器、私の見間違いじゃ無かったら、飲み終わった瞬間、死んだモンスターみたいに光の粒子になって消滅したように見えたんだけど」


イスディフイ産のポーションは、仕組み不明にそういう仕様だ。


「でもMP全快したでしょ?」


僕の言葉に、井上さんが何かに意識を集中するような仕草を見せた。


「体感的には全快してるね」

「じゃあそろそろ田町第十、向かおうか」


田町第十は、車ならここから10分かからない。

そろそろ時刻も頃合いのはず。


「話らした!」

「逸らして無いって。今夜の最大の目的は、関谷さん達の救出でしょ?」

「まあそうだけど……」


まだ何か言いたげな井上さんを急かすようにして僕等はダンジョンの外に出た。

僕は井上さんの車の助手席に乗り込みながら、右腕の『エレンの腕輪』にそっと左手で触れてみた。


内蔵MPの残量、800切ってるはず。

充填、どうしよう?

どこかコンビニに寄って、トイレとか借りて、こっそり【異世界転移】して急いでエレンに補充をお願い……いや、そんな事してる時間的余裕は無い。

仕方ない、僕のMPから補充してみよう。


「じゃあ、行こうか」


緊張感からであろう。

すっかり口数の少なくなってしまった井上さんの運転で、僕等を乗せた車は、一路、田町第十目指して走り出した。

僕はやや強張った表情の井上さんの横顔にチラッと視線を向けた後、再び『エレンの腕輪』に左手を添えてみた。

そして、MPを込めるイメージを心の中に描いてみた。

と……



―――ピロン♪



『エレンの腕輪』にMPを充填しますか?

▷YES

 NO

現在の充填率[0787/1,000]……



いきなりポップアップが立ち上がった。


「うわっ!」

「ど、どうしたの!?」


予期していなかったポップアップに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった僕に、ただでも緊張していたらしい井上さんが、上ずった声で問いかけて来た。


「ごめん。何でもない」

「ちょっと! 勘弁してよ?」

「ホント、ごめん」


僕は井上さんの様子を観察してみたけれど、僕の目の前のポップアップは見えていないようだ。

それはともかく、今のうちにMP充填しておこう。


僕は自分のステータスウインドウも呼び出した。



―――ピロン♪



Lv.105

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+104、+52)

知恵 1 (+104、+52)

耐久 1 (+104、+52)

魔防 0 (+104、+52)

会心 0 (+104、+52)

回避 0 (+104、+52)

HP 10 (+1040、+520)

MP 0 (+104、+52、+10)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】

装備 ヴェノムの小剣 (攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

   エレンの腕輪 (防御+15)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   ステータス常に50%上昇 (エレンの祝福)

   即死無効 (エレンの祝福)

   MP10%上昇 (月の指輪)



僕の今のMPは166。

『エレンのバンダナ』の効果で、MP166使い果たしても、166秒後、2分46秒でMP全快する計算だ。


僕は、もう一つのポップアップに目を移した。



『エレンの腕輪』にMPを充填しますか?

▷YES

 NO

現在の充填率[0787/1,000]……



▷YESを選択すると、僕の視界の左の隅に、ちょうど障壁シールドを展開していた時に現れていたのと同じ数字が表示された。



[0787/1,000]



試しに僕は自分のMP150を充填するよう念じてみた。

ステータスウインドウの中に表示されている僕のMPが、150減少するのと同時に、視界の中の数字が増加した。



[0937/1,000]



要領を掴んだ僕が、『エレンの腕輪』のMP充填率を100%にするのと同じ位に、僕等は田町第十の駐車場に到着した。



深夜の田町第十ダンジョン傍の駐車場には、車はおろか、人影一つ見当たらなかった。

田町第一と同程度の広さの駐車場は、2本の街灯に寂しく照らし出されている。


「誰も……いない?」


井上さんが不思議そうに呟きながら辺りを見渡した。


「誰かいないのか!?」


しかし、僕の呼びかけは、深夜の駐車場に空しく響くだけ。


「とにかく、田町第十に入ってみよう」


僕の提案に、井上さんが頷いた。

僕等は、僕等の世界と田町第十とを隔てる空間の歪みを相次いで潜り抜けた。

ダンジョンに入ってすぐの場所に、一人の人物が立っていた。

その男性は、場違いな事に、ダンジョンの中であるにもかかわらず、出勤途中のサラリーマンのようにネクタイを締めた背広姿だった。

僕等より一世代上に見える彼は、無表情のまま呼びかけて来た。


「案内するからついて来い」


そう口にすると、その男性は、奥に向かって歩き出そうとした。


「待て!」


僕はその男性の右肩を掴んだ。


「お前が『佐藤博人』の名前で、僕にメッセージを送って来たのか? 関谷さん達はどうした?」


彼がゆっくりと振り返ってきた。

その能面のような顔には、およそ生気と言うものが感じられなかった。



―――ゾクリ……



背筋が粟立あわだつ不思議な感覚に捕らわれた僕は、思わず、彼の肩を掴んでいた手を離した。


「ついて来れば会わせてやる」


男性はそう口にすると、奥に向かってスタスタと歩き始めた。


「あいつは一体……」


少しその場で固まってしまっていた僕に、井上さんが囁いてきた。


「とにかく、ついて行ってみよう」

「うん」


僕と井上さんは、彼のあとを慌てて追いかけて歩き始めた。


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